014
その日の午後一番に、サクヤは参謀本部へと呼び出された。
「第1151開拓村の地理について、今さら不安はあるまいな。少佐」
暗い顔をして出迎えたソウジに連れられて、参謀総長執務室へ入るなり、なんの前置きもなくマレミツが口を開いた。
「貴官には帝都守備隊から一個連隊を預ける。即応戦力である第二連隊だ。隷下には貴官も良く知る、邑楽大尉の第五中隊がある。戦力に不満はあるまい。作戦に必要と思われる装備、物資については、そこにいる幕僚長か、兵站本部へ直接申請せよ」
「あ、あの……」
矢継ぎ早に命じるマレミツを遮って、サクヤが戸惑ったように訊いた。
「あの、閣下、お話が見えないのですが……」
マレミツは彼女に面倒そうな顔を向けてから、その傍らに立つソウジを睨みつけた。
「御代次長、説明せよ」
「はい」
応じたソウジは、憔悴した顔をサクヤへ向けた。
「昨晩。ある事情から議会に呼び出されていた織館ヒスイさんが、議事堂から姿を消した。参謀本部は捜索の結果、これを同開拓村に駐屯している開拓部隊指揮官、七倉ヤト大尉による犯行であると断定した」
「犯行?」
詳細な情報をほとんど伏せたままの説明に、サクヤが訝しむように聞き返す。
「彼は織館さんを連れ去る際、彼女の護衛に就いていた陸軍大尉を射殺している」
射殺、という一言がソウジの口から出た瞬間。彼女の顔から血の気が引いた。それに気づきながらも、ソウジは何かを振り払うような口調で説明を続ける。
「議会はこれを、国家に対する叛逆行為であると見做し、七倉大尉の処断を決定した。彼の身柄拘束のため、軍には帝都守備隊を同開拓村へ派遣せよとの命令が下された。その指揮を、君に任せたいのだ。木花少佐」
「え……」
彼が言い終わるのと同時に、サクヤの口からは途方に暮れたような声が漏れた。
訳が分からないとうった顔をソウジに向ける。彼がその視線から逃れるように顔を背けると、サクヤの表情はますます途方に暮れてしまった。
「……待ってください」
しばしの無言の後。ようやく、状況を理解できたらしいサクヤが言葉を絞り出した。
「七倉大尉が犯人だという証拠はあるのでしょうか?」
「先ほど、これが参謀本部に届けられた」
サクヤの疑問に先回りするように、ソウジが一通の封書を彼女へ差し出した。
「同様のものが、議会にも届いたそうだ」
そう付け加えた彼からサクヤは恐る恐る封書を受け取ると、中身に目を通した。読み進めるごとに、その眉が顰められていく。
「待ってください。これって……」
そこには昨晩、織館ヒスイの身に起きたことが記されていた。
「奴が狛尻大尉を殺害したと自供する、決定的な証拠だ」
その内容を無視するように、マレミツが口を開いた。
「あの、そうではなくて……」
どうして言葉が通じないのだろうかという顔で、サクヤは目の前の老人を見た。
「これが事実であるならば、七倉大尉はむしろ、織館さんを救っただけなのでは……」
「だからどうした。理由はどうであれ、奴が現役の陸軍将校を殺害したというのは事実だ」
「狛尻大尉の行動については、無視すると言うのですか」
サクヤはわずかに語気を荒げて訊いた。返ってきたのは、信じがたい言葉だった。
「彼の行動は、若き愛国心の発露であろう。行いを褒めるわけにはいかないが、彼の純粋な志しまで否定することはない。議会もその点については一定の理解を示している」
答えたマレミツに、サクヤの双眸が正気を疑うように細められた。その瞳が傍らに立つソウジにも向く。彼は諦観そのものの表情で、小さく首を振っていた。
無駄だよ。そう言いたげな彼の態度に、サクヤはますます疑念を深めたようだった。
「もうよい」
そこへ、マレミツが切り上げるような声を出した。
「貴官の意見を聞くために呼び出したわけではない。すでに議会は軍の出動を決定した。我々はそれに従う義務がある」
今さら教えられるまでもない軍の原則を告げられて、サクヤが絶望的な表情を浮かべた。
それを横目で見つめていたソウジは、胸の中で盛大に溜息をついた。
ここまでくると、なぜ議会がこれほどまでに出兵を強行したいのか。ソウジにはおおよその見当がついていた。
つまるところ、これは見せしめなのだ。
自分たちの意に反し、逆らった者がどうなるのかを知らしめるための。
その生贄に織館ヒスイが選ばれることになった根拠が、今年の春にあの街を視察した自分たちの報告書なのだからやりきれない。彼女がどのような思惑で招集に応じたのかは知らないが、すでに議会は彼女の思っているような場所ではなくなっている。
夏に起きた近衛叛乱事件と、その後に起こった政変ともいえる大規模な議員の入れ替えによって、帝国議会はいまや暴力の信奉者たちが集う場と化してしまった。
彼らにとって、真実などどうでもよいのだろう。ただ、自分たちにとって目障りであるという事実さえあれば、他に理由など要らないのだ。
仮に織館ヒスイの暗殺が成功していたとしても、適当な理由をでっちあげてあの開拓村へ軍を派遣したはずだ。
帝室の権威が、万世一系の現人神たるをその根拠としているように。武力という後ろ盾が無ければ彼らの権力は維持できない。少なくとも、彼らはそう信じているから。
だからこそ、たかが開拓村一つに、大戦の英雄であるサクヤを出張らせたいのだ。この国における最強の戦力がいったい、誰に従っているのか。それをまずもって、自分たちで確認したいがためだけに。




