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桜花舞う!!  作者: 高嶺の悪魔
第三章 秋(前) 決別
125/205

011

 死を待つだけの、永遠のような刹那。

 しかし、いつまで経ってもその時が訪れない。或いは、これが死なのだろうか。

 そう疑問を抱いたヒスイがゆっくりと瞼を持ち上げると。


「やれやれ、まったく。危ないところでしたね、織館さん」

 七倉ヤトの聞きなれた声がその耳に届いて、彼女は目を見開いた。

「七倉、大尉……?」

 茫然とした声でその名を呼ぶ。彼はいつの間にか開け放たれた扉の先に立っていた。

 時折見せる、締まりのない笑みを浮かべながら。硝煙の立ち昇る拳銃を片手にしているその足元には、狛尻の身体がうつ伏せに倒れている。その後頭部からは赤黒い液体が溢れ出て、床を汚していた。

 次第に広がってゆく血溜まりから逃れようと後退ったヒスイは、そこにあった寝台の上に崩れ落ちた。

「どうして、ここに」

 死体から目を逸らしつつ、喘ぐようにヤトへ尋ねる。

「貴女が帝都に着いてからずっと、万一に備えていたもので」

 彼は拳銃を腰に収めながら答えた。

「まぁ。まさかここまでの強硬策を打ってくるとは思いませんでしたが」

 へらへらと笑いながら、彼は足元に転がっている狛尻の死体に近づいた。その肩を乱暴に蹴り上げて、仰向けにさせる。後頭部から銃弾を撃ち込まれた衝撃からか、狛尻の両目は驚愕したように見開かれていた。

「やあ、やっぱり、君か」

 その顔を確かめたヤトが、酷く親しげな様子で死体に声を掛けた。

「同期の中じゃ、一番の射撃上手だったものな。前から常々思っていたのだが、君は将校ではなく、兵になった方がよかったんじゃないか?」

 もっとも、今さらかと呟きながら、その頬をつま先でつつく。

「……お知り合いだったんですか」

 目の前の光景から目を逸らしつつ、ヒスイが訊いた。

「ええ。士官学校の同期でした」

 なんでもないような口調でヤトは応じた。

「上に媚びるのが巧くて、頭が悪い。犬のような奴だと思っていましたが……どうやら、心の底から犬に成り下がったようですね。さて」

 自ら手を下した同期生から目を離した彼は、寝台の上にへたり込んでいるヒスイへと手を差し出した。

「立てますか、織館さん。申し訳ないが、あまりのんびりともしていられません」

「え、えぇ……」 

 彼の手をとったヒスイが、震える膝を押さえつけるようにしてどうにか立ち上がる。そこへ、廊下から誰かの足音が響いた。

「ご心配なく」

 身を硬くした彼女に、ヤトが言った。

「しばらくは、敵も来ません」

 敵が誰なのかは知らないが、彼の言う通り、やってきたのは味方だった。

「大尉殿」

 そうヤトを呼んだのは駒塚だった。もう一人、兵を連れている。どちらも小銃を手にしていた。

「ご命令通り、退路は確保してあります。馬車も一台、押さえました。もっとも、尻の痛くなりそうな乗り心地ですが」

「ご苦労」

 報告した彼に、ヤトは頷いた。

「では、逃げるとしようか。死体を片付ける暇はない。外で待機している連中も撤退させろ」

「は」

「織館さん、こちらです」

 短いやり取りの後、ヤトに促されてヒスイは部屋の外へ出た。銃声の響いた直後だと言うのに、廊下には誰もいない。

「ご心配なく。先ほどの銃声は、誰にも聞こえていないことになっているのです」

 周囲を怪しむように見回していたヒスイへ、ヤトがそう声を掛けた。

「それは……そう、ですか」

 言葉の意味を悟ったヒスイの肩が、力無く落ちる。もはや、この状況で説明はいらなかった。

「まぁ。ともかくも、お父上のように狙撃ではなくて助かりました」

 部屋を離れる間際、暗澹たる想いに囚われている彼女へヤトがそっと呟く。

 それにヒスイはハッとして顔を上げた。最後にもう一度、室内へ目を向ける。床に転がっている狛尻の死体を見下ろした。

「……もしかして、彼が」

「分かりません」

 何かを言いかけた彼女を、ヤトがやんわりとした声で遮った。

「真実がどうだったにせよ、彼はもう死んだ。それで終わりです」

 彼が口にしたのは、戦場の論理だった。

 そして、ヒスイは反論する言葉を見つけられなかった。

 議論の場であると信じていた此処は、暴力によって事態を解決する場へと変貌していたからだった。それはもはや、戦場と何が違うのか。

 彼女はただただ、現実を前に項垂れることしかできなかった。


 ヤトに連れられて外へ出たヒスイは、用意されていた馬車へと乗り込んだ。そのまま、夜の闇に紛れて帝都を後にする。

 きっともう、帝都ここには返ってこられないのでしょうね。

 そんな予感を抱きながら、街を振り返る。

 か細い街の灯りが次第に遠ざかり、彼女を乗せた馬車は何処までも暗い道を進んで行く。

 まるで、この国の行く末を暗示させるようなその状況に、ヒスイは大きく息を吐きだすと両手の中に顔を埋めた。

 彼女は知ってしまった。彼女の信じていた国は、もう何処にもないのだと。

 恐らく、いや、確実に。もはや話し合いによる解決は望むべくもないだろう。

 今やこの国は、戦争の遺児とも言うべき者たちによって支配されている。鉄火と暴力の信奉者たち。そして、ヒスイの対面にはその支配者の一人が座っている。

 彼は馬車の外から覗く暗闇を、酷く楽しそうに見つめていた。


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