009
控えめに扉の叩かれる音が響き、ヒスイは慌てて上体を起こした。
どうやら、いつの間にか眠ってしまったらしい。部屋の中は真っ暗だった。
「あ、ど、どうぞ……」
少し乱れていた髪を手櫛でさっと整えてから、ヒスイは扉の向こうへ呼びかけた。
「失礼します」
男の声とともに扉が開き、廊下の灯りが室内に飛び込んだ。暗い部屋の中に、男の片手が差し込まれる。しばらく壁をまさぐり、やがて、ぱちりという音とともに室内灯が灯った。
すっかり電気のない生活に慣れていたヒスイは、突然の明るさに目を瞬いた。
そういえば、ここは帝都だったという当たり前のことを思い出す。
やってきた男は、見張りの兵ではなく大尉の階級章をつけた人物だった。
「どうかなさいましたか? ……ええと」
「狛尻です」
問いかけたヒスイに大尉が名乗った。
それは額のやけに広い、自尊心の強そうな面立ちをした若者だった。
「あまりにも静かなので、気になったものですから」
年頃はちょうど、七倉ヤトと同じくらいだろうと推察している彼女に狛尻は言った。
「すみません。いつの間にか、眠ってしまっていたみたいで」
ヒスイは寝台から立ち上がりつつ答えた。室内に踏み込んだ狛尻の背後で、扉がかちゃりと音を立てて閉まる。そのまま、彼は部屋の中を探るように見回した。
「あの。大尉?」
何の用かと尋ねようとしたところで、ヒスイのお腹が小さく鳴いた。
女性として当然の恥じらいに頬を染めながら、そっと狛尻の様子を窺う。どうやら、彼はその音に気付いていないらしい。
ほっと胸を撫でおろしたヒスイは、そういえば今は何時なのだろうと部屋を見回した。時計の類は置かれていないが、外を見れば分かるようにすっかり夜だ。朝、帝都についてから何も口にしていないことを思い出す。
「あの」
彼女は躊躇いがちに口を開いた。
「その、食事は用意していただけるのでしょうか?」
「ああ。それならば、ご心配なく」
それに狛尻が素気のない声を返す。
ということは、用意してもらえるのだろうかと、ヒスイがほっと息を吐いたところで。
「貴女にはもう、必要ありませんから」
彼の口から、そんな言葉が飛び出した。
「……それは、どういう意味でしょうか」
その発言に不穏なものを感じ取り、ヒスイは警戒の表情を浮かべて聞き返した。
「分かりませんか」
狛尻は薄い笑みを作ると、彼女に一歩近づいた。
「つまり。こういうことですよ」
次の瞬間。彼は片手をヒスイに向けて伸ばした。
その手には、抜き放たれた拳銃が握られていた。




