007
「あの街には監督者の非道な仕打ちから逃れて、私の下へ来た幼い姉弟がいます。開拓民としてやってきた子の多くは、半ば養育を放棄される形で送り込まれてきました。中には監督権を売買されていたところを私が見つけて、保護した子供もいます。もちろん、その監督者には代金を支払って。街に駐屯する開拓部隊の指揮官を頼ってきた者もたくさんいます。彼らは軍隊以外での生き方を一切知りません。そんな彼らに生きるための術を授けずして、何を残すと言うのでしょうか」
静かに、しかし痛烈に、ヒスイは帝国の現状を批判した。それは未だに良心を残している者にとっては、致命的な言葉だった。幾人か、制服を着ていない議員たちが、その顔を苦悶に歪めている。議長席に座るカヤもその一人だった。
「貴方がたは良いでしょう。貴方がたがこの世を去るまでは、この国も保つでしょうから。けれど、その先にいったい何が――」
ヒスイがさらに続けた時だった。
「何たる侮辱だ!!」
議席から突然、激高した叫びがあがった。
「栄えある帝国議会の議員たる我らを愚弄するか、小娘!」
一人に続いて、あちこちから同様の怒鳴り声が連呼される。それは瞬く間に、ヒスイを罵倒する大合唱へと転じた。
「静粛に!!」
一喝とともに、カヤが小槌を打ちつけた。
退役して久しいとはいえ、初の帝国陸軍女性将校として陸軍少将まで勤め上げた女傑である。その声は、未だに張りを失ってはいない。
しかし、頭に血の上った議員たちの前では彼女の声も無力だった。
ともすれば、幼児のほうがマシと思えるほどの勢いで、ヒスイへの罵詈雑言を喚きたてている。
彼らが静まるまで、カヤは腕が痛くなるほど小槌を振り続けなければならなかった。今ほど、銃が恋しいと思ったのは初めてだった。
「神聖なる帝国議会の議場で、品位を失うとは何事ですか!」
ようやく落ち着きを取り戻した議場に、カヤの叱責が響いた。
「織館さんも口を慎みなさい。この場を何と心得ているのですか」
「申し訳ありませんでした」
素直に頭を下げたヒスイとは対照的に、議員の中には反抗的な目をカヤへ向けている者が少なくない。カヤは小さく嘆息した。
「議長」
その中から自分を呼ぶ声が響いて、彼女は顔を上げた。その顔が警戒するように顰められる。
発言したのは、妖怪のような老人だった。ゆったりとした黒い羽織から伸びる細い首の上に、剥き出しになった脳みそのように皺だらけの頭部が乗っている。
「なんでしょうか」
カヤは努めて冷静な声音で、その老人に応じた。
「どうも。冷静な議論とはかけ離れた空気じゃなぁ」
老人は皺だらけの顔を議場に巡らせてから、そこに笑みのようなものを滲ませて言った。
「どうですかな。ここはひとつ、本日はここまでと言うことで。みな、頭を冷やす必要がありそうじゃしのう」
決して大きな声ではないが、奇妙に甲高い老人の声は議場によく響いた。
気付けば、議員たちは息を殺すように静まり返っている。盗み見るように議席へ振り返ったヒスイは、妖怪染みた老人を目にするなり議員たちが黙り込んでいる理由を悟った。
清華院ホウショウ。
七閥の筆頭である清華院公爵家の当主にして、先々帝の代より元老としてこの国の政治舞台に君臨し続けてきた人物である。とはいえ、精力的に活動していたのは随分と昔のことだ。それでも、今もなお帝主を凌ぐ権力を持った政治的怪物として恐れられている。
そんな彼に反論する気概のある者など、どうやらこの場には皆無であるようだった。
「……異論のある方は、いらっしゃらないようですね」
議場をさっと見渡したカヤが、さもあろうという声で言った。
「織館さんは宿も取っておられんでしょう。どうですかな。今晩は、議事堂に一泊されては。職員用の仮眠室ならば、空いておるでしょう」
あくまでも好々爺然とした声で、ホウショウがそう提案した。
「お気遣い、有難く」
彼に向き直り、ヒスイは頭を下げた。いや、自然にそうなったといった方が正しいかもしれない。それほどまでに、果たしてどれほどの年月を経て来たのか見当もつかない老人から発せられる雰囲気は尋常ではなかった。
「なに、なに」
ほっほっと笑いながら、彼は議席に立てかけてあった杖を掴んだ。難儀そうに立ち上がると、すかさず議場の隅に控えていた男たちが駆け寄って、その身体を支える。
「それでは。諸君、頭を冷やせよ」
そう言い残して、老人は議場を出ていった。
樫で出来た、分厚い両開きの扉がばたりと音を立てて閉まるなり、あちこちで議員たちが長い息を吐きだした。




