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桜花舞う!!  作者: 高嶺の悪魔
第三章 秋(前) 決別
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005

 冬の到来を目前に控え、晩秋のいささか頼りのない陽光が灰色の雲を透けて、ぼんやりと帝都の街を照らしている中。帝国議会議事堂には急遽、招集された議員たちが詰めかけていた。

 扇状に広がる議席に着いた彼らの視線は、議場中央に集中している。

 その先には、一人の若い女性の姿があった。

 議場中央に設けられた演壇の正面に立つ彼女へ議員たちが向ける表情は様々だ。見下すような顔の者。嘲笑するような笑みの者。忌々しげに睨んでいる者。或いは、憐れむように見つめている者。

 十人十色ではあるが、いずれも好意とはかけ離れた感情ばかり。

 そうした視線に晒されていることを自覚しているのか。女性は何かに祈るように、静かに首を垂れている。

 そこへ、演壇の向こう側にある議長席から声が掛かった。

「第1151開拓村責任者、織館ヒスイさん」

 帝国議会議長、野椎カヤの呼びかけに応じてその女性、織館ヒスイは面を上げた。

 艶やかな黒髪がはらりと零れ、楚々とした、けれど確かな意思の強さを感じさせる顔立ちが露わになる。

「本日は遠路はるばる、帝都までご足労頂き感謝いたします」

 カヤの労いの言葉に、ヒスイはいいえと小さく応じた。

「では、さっそく本題に入りたいと思うのですが。事前に、文書によって告知した通り、貴女が責任者を務める開拓村において、定められた法律を超えた、不適切な運営が行われているとの報告が議会に届けられています。よって、本日は特別議会を開催し、審議のほどを確かめたく思っています」

 何か疑問はありますかと尋ねたカヤに対して、ヒスイは無言で首を振った。

 穏やかでありながら、同時にどこまでも頑ななその態度に、カヤの口から嘆息のような吐息が漏れる。

「それでは」

 彼女が促すように口を開いたところで、議席から一人の男が立ち上がった。

「阿西くん」

 諦めるように頷いて、カヤはその男の名を呼んだ。


 発言の許しを得て演壇へと登った阿西という議員は、南洲犬のように両頬の肉が弛んでいる、初老の男だった。他の議員の多くがそうであるように、彼もまた陸軍の制服を着ており、その胸元には陸軍少将の地位を示す一つ星が光っている。

「まず、議員の皆様には当該開拓村について、ご説明せねばなりますまいな」

 壇上に立った彼は議場を睥睨しつつ、唸るように口火を切った。

「第1151開拓村は帝都より北西、飛禅連山の麓に位置する開拓村であります。当該開拓村は帝都周辺において最も大規模な開拓村であり、我が軍からは中隊規模の開拓部隊が駐屯しております。えー、当該開拓村は現在までに、開墾目標面積の七割を達成しており……」

 見かけを裏切らない、猛犬の唸り声のような阿西の説明が続く。

その内容は概ね、ヒスイの開拓村運営の手腕を評価する言葉で彩られていた。無論、それが彼の真意ではないことなど、その表情を見れば分かる。

「さて。このように開拓計画の進捗状況、また当計画におけるもう一つの重要な目的でもあります、戦災によって被害を受けた街の復興という観点から見ましても、当該開拓村は大いに成果を上げていると言って良いわけでありますが……」

 第1151開拓村についての説明を一通り終えたころで、阿西は含むように言葉を切った。

「ここで一つ、疑問があります」

 彼は手元から書類を一枚取り上げると、議席に向けて掲げるように持ち上げて言った。

「この資料は皆さまにもお配りしてあるものですが、これを見れば、事前に報告のあった作付面積から想定される収穫高に対し、実際に帝都へ納入された作物の量が少ないことが分かるかと思います」

 そして、阿西は演壇上から身を乗り出すようにしてヒスイに尋ねた。

「この点について、当該村責任者には納得のゆく説明をしていただきたいのですが」

 言葉遣いこそ議会の礼節に則ったものだが、その口調には脅すような響きがある。対するヒスイは、何処までも涼やかな顔で彼に応じた。

「説明と申されましても……帝都から要求のあった分については、確かに納めていますので」

「では、余った分はどうしたというのです」

 彼女の返答に、阿西がすかさず噛みついた。

「住民へ分配しました」

 太陽が東から昇る理由について説くように、ヒスイが答える。

「それはどのように」

「基本的な考え方は、配給と同じです。住民一人あたりの必要量を計算して、平等に配分する。なお余った分については、街で営業している飲食店などに卸しました」

「聞きましたか、みなさん」

 彼女が答え終わるのを待って、阿西は議場に向けて声を張り上げた。

「これは重大な問題ですぞ。開拓村で生産されたものが、帝都には届けられず現地で消費されていたとは。仮に、全ての開拓村が同じことをしてしまえばどうなりますか。帝都の、いや、御国の復興など出来なくなってしまう!」

 拳を振り上げて訴える彼に、議場のあちこちから賛同するような声が挙がった。

「それは、何故でしょうか」

 そこへ、ヒスイの静かな反論が響いた。

「ご説明した通り、帝都からの要求分は確かに納めています。余剰分を住民へ還元したからといって、どうして復興の障害となるのでしょうか」

「何を言うかと思えば……」

 その言葉に、阿西は小馬鹿にするように鼻を鳴らした。

「どうやら、貴女はこの開拓計画の真の目的を理解しておられないようだ」

「真の目的?」

 訝しむように聞き返したヒスイへ、彼は制服の襟を正してから答えた。

「そもそも。開拓事業とは、単に食糧の増産だけを目的としているわけではないのであります」

「はい?」

 あまりに突飛な発言に、思わず素の声を漏らした彼女を無視して阿西は続けた。

「国家復興、御国再興のため、帝主陛下のもと、国民全員が一致団結、滅私奉公する心構えがあるかどうか。それを国民に問うているわけであります」

 むしろ議場全体に向けて放たれた彼の言葉に、議員たちが拍手をもって応じる。

「……つまり、国家復興のためならば、個人の権利よりも全体の利益を重視すべきだと」

 その中で、ヒスイは一人、取り残されたように呟いた。

「帝国臣民ならば、当然そうあるべきだ」

 彼女がぽつりと漏らした言葉を耳聡く聞きつけた阿西が、当然のように首を縦に振った。その表情に疑問はない。恐らく、本気でそう信じているのだろう。

 なるほど。実に軍人らしいお言葉ね。

 口には出さず、ヒスイは呆れたようにそう思った。

 帝国軍人かくあるべし、か。なんて軽薄な言葉なのでしょう。

 そうまでして他人に献身を強いておきながら、自ら火中へ飛び込んだこともないのだから。

 阿西を見つめる彼女の瞳に宿るものは、呆れを通り越して諦観に近かった。

 けれど、そうであるからこそ、私にも反撃の機会があるわけだけれど。

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