031
幸いなことに、他の客が入ってくる気配はなかったため、二人は随分ゆっくりと風呂に浸かることができた。
「そう言えば……」
しばらく、ぼうっとしながら天井のあたりを対流する湯気を見つめていたコトネが抑えた声を出した。
「帝都は大変だったそうね」
余計な言葉は使わなかった。それに、サクヤは意味もなくお湯を両手で掬いあげながら頷く。
「うん。ちょっとね」
「大丈夫だった?」
何気ない口調。けれど、労わるような響きのあるその声に。
「このとおりよ」
サクヤは浴槽の中で足を伸ばすと、水面を蹴り上げた。
ぱしゃりと波が立ち、水音が浴場に木霊する。その音に掻き消されるようなか細さで、彼女は小さく、小さく付け加えた。
「……何も、無かったわ」
事件の詳細は、関係者以外の者には伏せられている。だから、近衛が帝都を占拠したその日、そこで何があったのか。詳しいことをコトネは知らない。けれど、サクヤの顔を見れば何かがあったのだろうとは容易に想像がついた。
それでも。
「それに、事件はあっという間に守備隊が解決しちゃったしね。私の出る幕なんて、何処にもなかったわ」
あくまでも少女は、何でもないように嘯いていた。
「そっか」
コトネはそれ以上、何も聞かなかった。
近衛が何を想い。何を求めて叛乱などを起こしたのか。彼女には興味が無い。
ただサクヤが無事だったのならば、それで十分だった。
この子はもう、二度と戦わなくていい。
戦争はもう終わったのだ。
それに、この子の身は、この国で最強の男どもが守っている。彼らの目が黒いうちは、そう易々と彼女に手出しできる者などいないだろう。
その程度の信頼と確信はある。
だと言うのに。
どうして、こう、胸の奥がざわつくのだろうか。




