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桜花舞う!!  作者: 高嶺の悪魔
第二章 夏(後) 近衛叛乱
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028

 八月末。

 晩夏の陽光が煌く快晴の下、戦勝と今上帝主の即位二周年を祝った式典は盛大に執り行われた。

 今回、初めて公の場に姿を見せるという少年帝の姿を一目でも目に焼き付けようと、帝都の大通りには人が詰めかけており、沿道という沿道を埋め尽くしていた。

 そこへ、近衛に代わり祝典に参加することとなった、帝都守備隊による祝賀御列の行進が始まる。約三千名からなる帝都守備隊の一挙手一投足は、まさに帝国陸軍最強戦力という名に恥じぬものだった。

 軍楽隊の奏でる華々しい行進曲に合わせ、軍靴の足音が通りに響く。揃えられた銃剣先が陽光を浴びて輝くその様は、普段から軍隊に親しみの無いものでも思わず高ぶらずにはいられない光景であった。

 その勇壮な兵士の連なりを前に、この祝典に題された戦勝という言葉に対して疑いを抱く者でさえ、その疑問を忘れていた。


 祝典は進み、遂に帝主を乗せた神輿が帝宮から姿を現した。

 民の反応は、大きく二つあった。

 人生の長い部分をこの国の臣民として過ごしてきた者たちは、神輿が自らの眼前に差し掛かるなりその場で膝をつき、祈るように首を垂れていた。中には落涙している者までいる。

 反対に、若い者たちの反応は淡泊であった。

 知識として知ってはいても、今一つ、帝主という存在の意味を捉えかねている。そんな表情の者が多い。彼らにとっては帝主の登場というこの一幕も、祭りの中で供される出し物の一つでしかなかった。

 それはある意味で、二つの時代を対比するかのような光景であった。


「――やれやれ。帝主が影武者とも知らず、暢気なものですね」

 千年桜の丘に立った、典雅な面立ちの少年が、久しく失われていた活気に満ちる帝都の街を見下ろしながら、冷めた声で呟いた。

 まるで弥勒に救いを求める衆生のように、帝主の乗った神輿へ群がる民衆たちを眺めるその瞳には、悟りを開いたかのような光がある。

「でもまぁ、式典には影武者を出すなんていう我儘が通るくらいには、まだ帝室も尊崇されているということでしょうか?」

「誰に聞いているんだ、誰に」

 肩を竦めた少年の隣で咎めるような声を出したのは、識防シュンだった。いつも着ている漆黒の陸軍正装ではなく、今は何処にでもありそうな平服に身を包んでいる。

「答えた途端に不敬罪で捕まりそうな質問をするのはやめてくれないか」

 面倒そうに応じた彼に、少年は詰まらなそうな顔を向けると言った。

「そういう中佐殿こそ、いったい何をしにきたんですか? こんな場所に、わざわざそんなものまで持ち出して」

 そんなもの、と彼が示したのは、シュンの手に握られている双眼鏡だった。

「そんなに式典が見たいなら、直接行けばいいのに」

「あんな人込みに紛れるのは、任務でもない限りごめんだね。誰に見られているか、分かったものじゃない」

 答えつつ、シュンは双眼鏡を覗き込んだ。

「君こそ、今日は祭りに参加するのだと張り切っていたじゃないか」

 熱心に双眼鏡を覗き込みつつ言ったシュンへ、少年は品の良い眉をわずかに顰めると言った。

「そりゃ、中佐殿が突然、奇行に走り出したら嫌でも気になるじゃないですか。……それに、少し考えたいことがあるんです」

「近衛の件か?」

 彼の考えを読んだかのように、シュンが返した。

「それもあります」

 少年は頷いた。

「でも、それ以上に。真実を知りたいんです」

「真実?」

 シュンが馬鹿にするような声を出した。少年はむっとした顔になる。

「中佐殿が言っていたんじゃないですか。この件に関しては、不可解な点が多すぎるって。何故彼らが、よりにもよってこんな時期に行動を起こしたのか。木花少佐を捕えるべきだと助言したのはいったい、どこの誰なのか。それに消えた武器のことも。てっきり、今日はそれについて調べに来たんだと思ったのに」

「今日は私用だと言っただろう」

 期待外れだと言わんばかりの彼に、特に気にした風もなく応じたシュンは一度双眼鏡から目を離した。

「それに」

 ぽつりと呟いて、空を見上げる。

 頭上ではゆっくりと雲が流れていた。帝都は常に、大洋に通じる内湾のある西から風が吹いている。雲の行き先は東だった。その先には、帝国本州のほぼ中央部から続く飛禅山脈の山並みがある。シュンの細い目つきが、眼鏡の奥でさらに細められた。

「それに?」

 黙り込んでしまった彼を促すように、少年が声を掛けた。

「いや。なんでもない」

 首を振って、シュンは視線を帝都へと戻した。


「とにかく。今日はその話は無しだ。少し放っておいてくれないか」

 迷惑そうに言って、彼は再び双眼鏡を覗き込んだ。

 帝主の影武者が乗った神輿はすでに街を一巡し、再び帝宮へ戻ろうとしているところだった。帝宮の正門に当たる南雀門が、神輿を迎え入れるために大きく開かれている。

 その道の両側には、この国の文武百冠が居並んでいた。いわゆる、来賓たちである。

 シュンの拡大された視界はしばらく、そのあたりを彷徨っていた。やがて、軍服姿の少女を見つけて、双眼鏡の動きがぴたりと止まる。

 少女が着ているのは、普段シュンが身に付けているものと同じ漆黒の陸軍正装だった。これは、陸軍正装が男女兼用であるからだろう。

 ふいに、シュンの頬がわずかに緩んだ。

 言うまでもなく、彼が見ている少女とはサクヤだった。どうやら、隣にいる者からしきりに話しかけれらているらしく、困ったような表情を浮かべている。それ以外、報告にあったとおり傷一つないサクヤの姿を見て、彼は安堵したように息を漏らしていた。

 そんな、双眼鏡を覗き込みながら微笑みだしたシュンへ。

「……あの。本当に、何を見てるんですか?」

 少年が、気の引けた声で尋ねた。



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