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「それから、もう一つ。これは新しい報告です」
しばし、故人への感傷に浸っていたソウジへ杉山の報告は続いていた。
「これは昨日、発覚した事実なのですが。近衛に占拠されていた主要施設の他に、陸軍の造兵廠が一つ襲撃を受けていました。襲われたのは、中央造兵廠です。……と言っても、人員の被害は皆無だったのですが、保管されていた兵器の一部が持ち去られていたとのことで。内訳は小銃が五十挺。その内、二十三挺が最新の自動連発式です。加えて、計迫撃砲が七門と、その弾薬。叛乱に用いるために奪ったと思われますが、結局、使われることはなかったようですね」
その報告に、ソウジの顔が訝しげに歪んだ。
「それは……妙だな」
「妙。とは?」
聞き返す杉山に、ソウジは考え込むように顎に手を当ててから口を開いた。
「いや。迫撃砲を奪っていたのなら、どうして使わなかったのだ?」
それは当然の疑問だった。
部隊の戦闘力とは結局のところ、火力の投射量に比例する。小銃よりも機関銃。機関銃よりも大砲。つまりは撃ち出すことのできる鉄火の質と量が、戦場における勝敗を決定するのだ。兵力はその下支えに過ぎない。
議事堂に立て籠もっていた近衛第三中隊は機関銃を装備していたが、迫撃砲があったのならばそれを使わない手は無かったはずだ。軽迫撃砲とは言え、砲は砲。ただ見せつけるだけでも、十分な抑止力になっただろう。
叛乱に参加した近衛兵の多くが新兵であったことを考えれば、練度の低さを火力で補うことのできる機会をみすみす手放したというのは、なおさら疑問だった。
そう考えるソウジに、杉山があっさりと答えた。
「使わなかったのではなく、使えなかったのでは?」
大した問題でもないというように、彼は言った。
「結局のところ、彼らの計画はほとんどが我々に筒抜けだったわけですし。かつ、我々の対応は迅速でしたからね。迫撃砲を奪った者たちが、他の部隊と合流するよりも先に包囲されてしまったと考えれば、不思議はありません」
その意見に、ソウジは納得してしまった。後に、この時の事を死ぬほど後悔することになるのだが、この時点で杉山の言葉は、何らの論理性も欠いていなかったのだから仕方がないのかもしれない。
「ただ、奪われた兵器がまだ発見できていません。恐らくは、帝都のどこかに隠してあるのでしょうが……どうにも、首魁を除く近衛将校たちは計画の全容を知らされていなかったらしく、このことについて聞いても首を傾げるばかりで」
ま、根気よく探すしかありませんねと、杉山は報告を切り上げるように言った。
「この度の不祥事件により、近衛は軍籍を剥奪された上で解体、帝宮警備隊として再編されたのち、今後は純粋な帝宮の警備のみが任務となるようです。また、近衛へ転属していた者は全員、陸軍へと復帰。近衛兵の多くも、陸軍に移ることが決定しています。この人員異動に伴って、陸軍内に近衛を称する部隊の新設が決定されたとか。ただし、近衛にいた一部の下士官兵たちが退役を願い出ており、陸軍省はこれを受理しました」
「素晴らしいね」
ソウジは疲れた溜息とともに、そう呟いた。
「まさに陸軍。この世の春じゃないか」
その創設以来、帝主直轄の戦力と位置付けられてきた近衛は軍事、政治の両面において陸軍の宿敵であったと言っても過言ではない。それが今や、近衛は解体され、彼らが果たしてきた任務は陸軍が引き継ぐこととなった。
これによって、陸軍は帝国の軍事と政治のほぼすべてを掌握したことになる。
なるほど。最初から、こうなることがあの狸ジジイの狙いだったわけだ。
全てが終わった後に、ようやくその姿を見せた陸軍参謀総長、荒笠マレミツの皺ひとつない丸顔を思い浮かべながら、ソウジは思った。
そして、その裏には間違いなく帝国現首相の影がある。あの狸も所詮は、傀儡に過ぎないから。
しかし。何よりも気に入らないのは、図らずもこの状況を作り出すことに最も寄与したのが自分たちの行動だったという事実だった。
帝主か。サクヤか。
恐らく、マレミツたちは後者をそこまで重要なものとして考えていなかっただろうが、そのどちらかが近衛の手に落ちていたならば。この事件の結末はまったく違うものになっただろう。
その時。この国は今よりも、少しはマシになったのだろうか。
そう問えば、それは断じて否であると断言できる。
彼らの志は純粋だったかもしれないが、過去の栄光を取り戻すということは、過去の過ちを繰り返すことと同義であるからだ。
だが。ならば、誰ならば。この国をまともにできると言うのか。
その自問に、ソウジは自信を持って答えることができなかった。




