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近衛による叛乱事件の発生と、その速やかな解決から数日後。
事件の現場となった場所が限定されていたことと、守備隊の出動から解決までが迅速であったこともあり、帝都の街はすっかり日常の落ち着きを取り戻しつつあった。
もっとも、事件に巻き込まれた帝都市民はほとんどおらず、その後の数日間、街を警邏する兵隊の姿が多く見られたこと以外、とりとめて彼らの生活に変化というものは見られなかったのだが。
それよりも、事件によって延期されていた祝賀式典が今月末に改めて執り行われるということに市民たちの関心は集まっていた。
祝賀式典の開催日が正式に決定するとともに、本事件の捜査全般の指揮を執っていたソウジの下には、その打ち切りを命じる命令が届けられた。
事件から未だ数日、関与したと思われる者への十分な聞き取りも終わっていないにも関わらず捜査が打ち切られた理由は、祝典の際、祝賀御列を行うはずだった近衛に代わり、帝都守備隊がその任を与えられたからだった。
「上は今回の事件を、近衛不祥事件と呼ぶことに決めたそうです」
捜査の打ち切りから、取り急ぎ報告書を纏めねばならなくなったソウジの前で、彼の副官である杉山大尉が持ってきた書類を手渡しながら口を開いた。
「祝典準備のために捜査は打ち切ると言っておきながら、事件の名称を決めている時間はあるんですねぇ」
杉山は陸軍の制服をかっちりと着込んだ、真面目一辺倒に見える面立ちの青年である。が、そこはソウジの副官を務めているだけはあり、その口調には皮肉そうな響きがたっぷりと含まれていた。
「何より、事件における責任を近衛にのみ押し付けているところがなんとも悪辣というべきか、なんというか……」
「無駄話は良いから。さっさと終わらせてくれ」
ソウジは手渡された書類を興味もなさげに一瞥した後で、机の上に放り出すと言った。その声と表情には、幾らか疲労が滲んでいる。
「俺の仕事が増えたことは知っているだろうが」
「ええ、まぁ」
ぶすりと言うソウジに、杉山は肩を竦めた。
「もっとも。閣下の仕事が増えるということは、もれなく自分の仕事も増えるわけなのですが」
そう返した彼を、ソウジは口の減らないヤツだと言うように睨みつけた。
「先に断っておきますが、当然、調べは不十分です。叛乱に直接参加した者以外にも、裏で関与していたとみられる人物を幾人か取り調べましたが、全員とはとても呼べません」
杉山はそう前置きをしたところで、本当にこれで良いのかと問いたげな視線をソウジへ向けた。それに彼の上官はむっつりと黙り込んでいた。
もちろん、ソウジだってこの捜査打ち切りに納得しているわけではない。事件から捜査の打ち切り決定まで、実際的な日数は十日と無く、満足に調べられているはずもなかった。
そのことを態度で表す上官に、杉山はまぁ仕方ないかと報告を始めた。
「本事件における逮捕者の数はまず、叛乱部隊を直接指揮していた近衛将校が二十八名。それに加え、裏で事件に加担していたとみられる十四名の、計四十二名です。また、叛乱の首魁であったとみられる四名の近衛大尉ですが、これは全員、死亡が確認されています」
彼は一枚目の書類を捲ると、先を続けた。
「本施設を占拠していた部隊の指揮官、磯崎大尉。同様に、議事堂を占拠していた泰原大尉の両名は、投降と同時に自決。叛乱部隊の参謀的な立場であったとみられる砂霧大尉はしばらく行方が分からなくなっていましたが、一昨日の早朝に、帝都郊外で自刃しているのが見つかりました。傍らには、血でしたためたらしい遺書が」
言って、彼は一枚の封書を取り上げるとソウジへ手渡した。
ソウジは封筒から中身を取り出すと、さっと目を通した。そこには、掠れた血文字が並んでいた。内容は概ね、事件の際に近衛が主張していたことの踏襲であったが、その最後には帝主へと向けた、痛烈な批判の言葉が付け加えられていた。
「……なるほどな。それで?」
砂霧の遺書を読み終えたソウジは、それを封筒の中に戻すと先を促した。
「はい。最後に、真辺大尉ですが」
「あの、真っ先に投降した大尉か」
「そうです。連行中に、何者かの襲撃を受けて殺害されました。その際、彼を護送していた守備隊の兵士が三名、殉職しています。犯人は目下、捜索中でしたが……」
「それも打ち切られると」
ソウジはバッサリとした声で、杉山の言葉を引き継いだ。杉山は顔中を渋くして頷いた。
「上は、叛乱に参加していた連中の仕業だと思っているようです。どうやら、この真辺大尉は一連の事件における中心人物であったようですから。そんな人物が、閣下も仰ったように真っ先に投降しましたからね。恨まれても仕方がないと」
「どうにも、それだけが解せないな」
背もたれに背中を押し付けて伸びをしながら、ソウジが言う。
「あの程度の男が、叛乱計画の中心だったとは」
「恐らくですが、扇動者として使われていただけは?」
彼の疑問に、杉山がさっと答えた。
「聞き込みによると、真辺大尉はたいそう口が巧かったそうです」
まぁ、これは閣下と同じですねと彼は軽口を挟んだ。
「それに、逮捕した近衛将校たちは、計画の立案については砂霧大尉が行っていたと供述していますし。むしろ、この事件の本当の首謀者は彼だったのでは。自分としては、計画の指導者に据えるのであれば、最後まで抵抗を続けた泰原大尉のほうが適任だと感じましたが」
その言葉に、ソウジは曖昧な頷きを返した。
杉山の気持ちも分かるからだった。あの状況下で、最後まで部隊を統率し続けた手腕は見事というほかない。それに、彼の言葉は人質だったカヤを通じて聞いていた。
現在の、主要都市の復興のみに重きを置いた復興計画に異を唱え、切り捨てられる地方の叫びを体現するために自らを捨て石とする。その志し自体は立派だと思う。
だからこそ、叛乱などというものに参加してしまった彼の結末をソウジは惜しんでいた。
もっと、他に幾らでもやりようがあっただろうにと。そう考えてしまうのだ。
いや。この考えは俺の傲慢かな。
心の中でそっと、ソウジは反省するように思った。
誰も彼もが彼ほど、政治的才能に溢れているわけでもないのだ。




