024
近衛鎮圧作戦の総指揮を執っていた御代ソウジが議事堂へと到着した時。そこはすでに、全てが終わった後だった。
「邑楽大尉」
事後処理のために、忙しなく辺りを駆け巡っている守備隊将兵をかき分けつつ、彼は正面玄関付近に立っていたミツルの背中へ声を掛けた。
「そ……御代中将、どうなさいました。わざわざ、こんなところまで」
部下に何事かを指示していたらしい彼は、振り返るなり驚いた声を出した。
「鎮圧の総指揮を執っておられるはずでは?」
形だけの敬礼を送り合った後、ミツルが訊いた。
「さしあたって、必要な指示は出し終えたからな。後の面倒は副官に押し付けてきた。それにちょうど、雑用の手には困っていなくてね」
「はぁ」
含みのあるソウジの言い方に、ミツルはいまいち要領を得ない様子で相槌を打っていた。そこへ、彼らの横を白い布のかけられた担架が運ばれてゆく。布は人間の形に膨らんでいて、頭部とおもわしき部分には血が滲んでいた。
「……できれば、生きたまま確保したかったのだが」
運ばれてゆく担架を目で追いつつ、ソウジが惜しむように呟く。
「もし分けありません。油断しました」
ミツルが悔恨そのものの表情を浮かべながら頭を下げた。
ソウジはいいよ、と言うように手を振って応じた。議事堂前広場の一角に集められている、近衛兵たちの姿が目に入る。彼らは上官の遺体を乗せた担架が運ばれてゆくのを、直立不動の体勢で見送っていた。
事件を締めくくるような、短い葬列が終わったあと。ソウジはミツルを人気のない場所へ誘った。
「それで? 木花は?」
兵たちからすっかり離れたところで、将校としての演技を投げ捨てたソウジが噛みつくような勢いでミツルに迫った。
「無事だよ」
ミツルの口から出たその一言を聞いて、彼は安堵したように肺の中の空気を吐き出した。
「傷一つないそうだ。今は一応、サクヤが借りている下宿屋の周囲を一個分隊に見張らせているが、まぁ、そろそろ必要ないだろう」
「そうか」
その報告に肩から力を抜いたところで、ソウジは改めて広場を振り返った。ふと、そこにいるべき人物が一人欠けていることに気付く。
「ところで、コウはどうした?」
不思議そうに尋ねた彼へ、ミツルは眉間に皺を寄せて答える。
「あの馬鹿は練兵場に置いてきた」
「なにかあったのか?」
「後で報告するよ」
聞き返すソウジに、ミツルはこの話を切り上げるような口調で言った。
「まぁ。戦果は大なり、ってところだ」
「つまり、いつも通りというわけか」
呆れたような声で付け加えた彼に、ソウジは納得したように頷いていた。
それから。現場の状況を把握するため、ソウジはミツルに幾つかの質問をした。ミツルがそれに答えていると彼らの背後から突然、声がかかる。
「相変わらず、心配性のようね。ソウジ」
穏やかな老女の声だった。
ソウジとミツルは同時に振り返った。そこには、近衛に拘束されていた帝国議会議長、野椎カヤが立っていた。彼女の顔を見たソウジは、丁寧に腰を折った。
「先生、ご無事で何よりです」
「別に、私の安全を確認するためだけに、わざわざ参謀本部次長が現場へ出向いてきたわけではないでしょう?」
先生と呼びかけられたカヤは、からかうように笑いながら応じた。ああ、いやと口籠るソウジから目を離して、彼女はミツルにも笑みを向ける。
「それで、サクヤはどうしたの? 貴方たちのことだから、どうせあの子の安全だけは何が何でも確保しているのでしょう?」
何もかもを見通しているようなその声に、ミツルが頷いた。
「はい。無事です。今は、自分の部下に護衛させています」
「そう」
彼の返事を聞き、カヤは胸を撫でおろした。そして、何処か独白めいた口調で呟く。
「……あの子を、軍人になどさせるべきでは無かったですね」
それから、彼女は改めて顔を上げた。目の前に立つ、自らが院長を務めた軍の養護施設で育ち、そして軍人となった二人の教え子の顔を見つめて、口を開く。
「貴方たちも、きっと、私を恨んでいるでしょうに」
「そんなことはありません」
即答したのはソウジだった。
「俺たちは自分自身の意思で、軍人になったのです」
彼の返答を聞いて、カヤは表情を翳らせた。それは軍人を志す者が、士官学校でまず初めに叩き込まれる考えであるから。
「それに、先生は俺が木花の監督権を求めた時、随分と努力してくれたようですし」
「ばれていましたか」
そう付け加えたソウジに、カヤは悪戯の発覚した子供のような笑みを作った。
「そう……罪滅ぼしというわけではないけれど。そうね。昔の貴方たちを思い出して、思わず」
懐かしむように微笑んでから、彼女は「ああ、そうそう」と思い出したように言った。
「一年遅れてしまったけれど。お帰りなさい、二人とも。よく、無事で帰ってきましたね」
それに、二人は無言のまま頭を下げた。
「……それは、誰よりもまず、木花に言ってあげてください」
頭を下げたまま、ソウジは頼み込むようにそう言った。




