023
部下を一人も伴わずに、泰原が議事堂正面玄関から姿を現した。見張りに就いていた近衛兵に何事かを囁いて、彼らを建物の中に下がらせた彼は、周囲を取り囲んでいる守備隊将兵をゆっくりと見渡した。そして、口を開く。
「自分は、近衛第三中隊長の泰原であります! 我々を包囲中の、守備隊指揮官殿に申し上げる! 抵抗の意思はない! 人質を解放し、投降する! 代わりに、自分の部下の生命及び、身体の安全を約束されたい!」
張りのある大声に応じるように、守備隊側から一人の将校が進み出た。
「帝都守備隊第五中隊長、邑楽ミツル大尉です。全て了解しました。武装を解き、抵抗しない限りにおいて、貴官と貴官の部下の安全は確約します」
応じつつ、ミツルは泰原へと近づいた。どちらともなく、軽く頭を下げ合う。
「ご恩情に感謝します」
「こちらこそ」
互いに向き合った二人の大尉は、丁寧に敬礼を送り合った。
「立場上、健闘を称え合うことはできませんが。残念ですとだけ、申し上げておきます」
腕を下げたミツルが、溜息を吐くように言った。
「ご迷惑をおかけした」
泰原は微笑みながらそれに答えた。
「しかし、同志を見捨てることだけはどうしてもできなかった」
「それが、貴方が叛乱に加わった本当の理由ですね」
ミツルが鋭い声で尋ねた。泰原は「さて、どうでしょうか」と肩を竦めた。
「では」
ミツルに促されて、泰原は頷いた。
彼が正面玄関の扉を開けると、そこにはカヤがいた。少し頼りない足取りで議事堂の外へ出た彼女は、そこにいたミツルの顔を見るなり、驚いたように両の眉を持ち上げた。ミツルのほうはと言えば、何食わぬ顔で会釈を返しただけだった。
カヤに続いて、泰原の号令の下、武装を解いた近衛兵たちが続々と外へ出て来た。議事堂前に整列した彼らへ、守備隊の将兵が駆け寄り身体検査を行う。監督していた中尉が、何も問題が無かったことをミツルへ報告した。
「最後は貴方です、大尉」
泰原へと向き直ったミツルは、彼に片手を差し出すと言った。
「拳銃と軍刀をこちらへ」
それに、泰原はゆっくりと首を振った。
「いえ。自分のことはどうか、お気になさらずに」
ミツルが怪訝そうな顔をした。次の瞬間、泰原は懐から拳銃を抜き放った。
「中隊長!!」
彼らの背後で、守備隊の兵たちが警告の叫びをあげた。
「中隊長殿!!」
同時に、近衛兵たちも同じ言葉を、まったく違う意味で叫んだ。
それらをかき消すように、泰原が大音声を張り上げる。
「近衛第三中隊の諸君!! 諸君らの故郷を救済するという約束を果たせず、まことに申し訳ない!」
「待て! 泰原大尉!!」
ミツルが慌てたように彼に駆け寄った。彼は淡い微笑みを口元に浮かべながら、こめかみへ拳銃の銃口を押し付けた。
「帝国万歳! 帝主陛下、万歳! どうかこの国の未来に、幸多からんことを!!」
乾いた破裂音が、帝国議会議事堂の荘厳な石造りの建物に反響した。ミツルの伸ばした手の先で、泰原の頭部が弾ける。意匠を凝らして作られた議事堂の壁に、鮮血が散った。
支えを失った肉体が、どたりと議事堂正面玄関の前に倒れた。一筋の赤い液体が、石段を伝って流れ出す。
ミツルは無言で、泰原の遺体へと近づいた。
「馬鹿」
空虚な声がその喉から漏れた。
「馬鹿野郎」
呟いて、ミツルは空を仰いだ。空は夕暮れの赤に染まっていた。
「畜生。戦争は終わったってのに、何だってこんなことをしなくちゃいけないんだ」




