021
「やっぱりな」
説得が失敗したのを見て、ミツルが当然のように肩を竦めた。
「残念でしたね。これで楽ができるかと思ったのですが」
隣では伍長が肩を落としていた。
「甘いな、荻野伍長。この状況でも士気を保っている部隊の指揮官だぞ。あんな説得に応じるような男だと思うか」
だからこそ面倒なのだが。そうぼやきつつ、ミツルは真辺が連行されてゆくのを見て、言った。
「それにしても、あんな戦争と物見遊山の区別もつかないような奴が本当にこの騒動の首謀者だったのか?」
本気で不思議そうに尋ねた上官へ、伍長は「知りませんよ」と軽く応じた。
議事堂内へ戻った泰原は、その足で二階へと駆けあがった。
窓から外の様子を窺うと、彼の説得に失敗した真辺が馬車の中へ押し込められているところだった。それが走り去ってゆくのを目で追いながら、さて、と考える。
意思を貫徹するとは言ったが、どうしたものか。
議事堂の正面広場は守備隊で埋め尽くされている。流石、戦地帰りの兵ばかりが集められているだけあり、その包囲には一部の隙も見当たらない。
「いけませんね。中隊長殿。建物ごと囲まれていて、ネズミ一匹逃げられそうにありません」
周囲の様子を見に行かせていた部下の曹長が戻ってきて、そう報告した。泰原は無言で彼に頷いた。
窓に向けた目が、ふと正面広場に立っている一人の陸軍将校を捉える。
機関銃で火制下に置いている広場を、恐れることなくゆったりとした足取りで歩くその将校を、泰原は知っていた。
「邑楽大尉か。道理で。あの軍神が相手とは」
己の不幸もここまで極まったかという声で、彼は呻いた。
「大戦の英雄ですね……。噂には聞いておりましたが、機関銃を前に、よくもあそこまで堂々とできるものです。恐ろしくはないのでしょうか」
横で同じものを見ていた曹長が、感に堪えぬといった声を漏らす。
「敵にして見事というほかないな。あそこまで指揮官が堂々としていれば、従う兵も迷いがなくなるというものだ」
泰原も素直に称賛した。そこで、曹長が酷く現実的な提案を口にした。
「射撃に巧い者を上に上げて、狙撃してみますか」
思いがけない好意に満ちたその言葉に、泰原は酷く驚いたように目を見開いた。それから、柔らかく微笑む。
「ありがとう、曹長」
彼は礼を言った。
事ここに至っても、まだ自分に付き従ってくれる部下たちに対する、精一杯の感謝と詫びを込めた言葉だった。
「田舎から徴兵されて、ただ戦場に送られるだけだったはずの自分らを救ってくださったのは貴方です」
曹長は照れくさそうにそっぽを向きながら彼に答えた。
「第三中隊は、中隊長殿にどこまでもお供いたします。たとえ、行き先が地獄であっても」
泰原はそれに頷いた。
同時に決心が固まっていた。
やはり、こんなことにこれ以上、彼らを付き合わせるわけにはいかない。
真辺は投降し、砂霧は行方が分からない。どこかで捕まったのか、自決したのか。或いは抵抗を試みて殺されたのか。磯崎は捕縛される寸前に自決したらしい。
占拠していた重要施設も、この場所を除き、守備隊によって制圧されている。そして、東からは海軍陸戦隊が迫っている。
もはやここまでだった。
「曹長」
彼は決断したように言った。
「一階に中隊全員を集めろ。僕は議場に行く」
「中隊長殿」
すべてを察した曹長が、感情の消え失せた顔を泰原へ向けた。それに彼は微笑んで見せた。
良いんだよ、と心の中で思う
分かっている。いや、分かっていた。この蹶起は失敗するだろうと。
砂霧は木花サクヤ少佐の身柄さえ確保できれば、成功する見込みはあると考えていたようだが。この状況を見るに、どうやらそれも失敗したようだ。
ならば、最後に残された自分はこの後始末をせねばならない。
泰原は立ち上がると、足早に階下へ急いだ。
その背中からは、誰一人自分の横には立たせまいとする、強い意志が見て取れた。




