019
帝都を占拠した近衛部隊の行動が迅速であったと評するのであれば、相霞台練兵場から出撃した帝都守備隊の素早さは疾風迅雷と言って良かった。
彼らはまず、帝都内湾の埠頭から東宮通りへと部隊を押し進めた海軍陸戦隊と協働し、近衛部隊へ挟撃を仕掛ける形で西宮通りから帝都へと入り、占領されていた陸軍参謀本部を解放した。
大きな抵抗は無かった。むしろ、伝声機を通して伝えられた近衛を討伐せよとの命令を耳にしていた近衛兵の多くは戦意を失っており、守備隊の到着とともに投降する者が相次いでいた。
彼らは、自分たちを討伐しにやってくるのが誰なのかを知っていたからだった。
正規の指揮系統を取り戻した守備隊は、不在であった参謀総長に代わり、次長である御代ソウジ中将に鎮圧の総指揮を任せ、本格的な鎮圧作戦を開始する。
これに対して、近衛は部隊を集結させ持久戦への移行を図ったが無意味だった。
新兵ばかりの近衛では、実戦で叩きあげられてきた守備隊将兵に太刀打ちすることなどできるわけもない。
結果は、まさに鎧袖一触。
首相官邸、陸軍省庁舎と、占拠されていた要所を難なく解放し、守備隊は遂に帝宮の奪還へと乗り出した。
帝宮を取り囲んでいるのは、二個中隊規模の近衛部隊だった。もっとも強硬な抵抗を受けることを予想して、ソウジはその場に一個大隊規模の守備隊を差し向けたのだが、彼の心配は杞憂に終わることとなる。
守備隊が帝宮へ辿り着くなり、近衛部隊の指揮官が投降したからである。
この予想外の、近衛にとっては裏切りともいえる、その大尉の投降を決定打として、守備隊の出動からわずか二時間後には、近衛部隊の組織的な抵抗はほぼ壊滅していた。
それでもなお、抵抗を続けている者が残っていた。
帝国議会議事堂に立て籠もった、泰原大尉率いる近衛第三中隊がそれであった。
「さてさて。どうしたもんかな」
議事堂前の噴水のある広場で、邑楽ミツル大尉は困ったように声を吐き出した。
「何とかして来いと言われてもなぁ……」
そう漏らした彼の視線の先、帝国議会議事堂の正面玄関には、二挺の機関銃が据えられている。射線を交差できるように設置された機関銃座にはそれぞれ、近衛兵が二人ずつ付いており、ミツルを油断のない目で見つめていた。
「中隊長、危ないから下がってくださいって!」
広場のど真ん中で、機関銃の射線に堂々と身を晒しているミツルの下へ、一人の伍長が近づいてきた。
「上には連中の狙撃手もいるんですよ。撃たれたらどうするんですか」
彼は機関銃を気にする素振りを見せながら、咎めるように言った。しかし、当のミツルはどこ吹く風だった。
「そう言うのはな、撃たれてから気にすればいいのだ」
「あのね、中隊長……」
あまりにも他人事過ぎる上官の言葉を聞いて、伍長は肩を落とした。
そう言えば、戦場ではこういう人だったなと思い出している。でなければ、歩く軍神などという渾名は付かない。
「それよりも、あちらさんから何か反応はないのか? この睨み合いが始まってから、かれこれ二時間になるぞ」
「駄目ですね。あちらから返答があったのは、我々がここへ到着した際の一度だけです」
上官からの命令に、伍長は肩を竦めた。
「帝主陛下をこの場にお呼びされたし、か」
ミツルは呻くように言って、頭を抱えた。
「そりゃ無理だと分かるだろうに……」
「かと言って、中に人質がいる以上、突っ込むわけにもいきませんからね」
伍長は慰めるように応じた。
「まぁ、建物は完全に包囲しています。あちらも逃げだせない。時間はかかりますが、問題はそれだけとも言えます」
彼の言葉に、ミツルが面倒そうに頷いた時だった。
背後から馬の駆ける音が響き、彼らは振り向いた。ちょうど、一台の馬車が議事堂前の道に止まったところだった。
「なんだ、あれは?」
馬車から降りてきたのは、ソウジが守備隊の中から臨時で編成した憲兵隊の将兵だった。彼らは一人の近衛将校を連れていた。
両手を縄で縛られ、項垂れているその近衛大尉にミツルは見覚えがあった。
「あいつは……さっき帝宮で投降してきた、この騒ぎの主犯じゃないか」
「どうやら、中にいる近衛の指揮官を説得させようと連れてきたようです」
さっと憲兵たちに駆け寄って事情を聞いてきた伍長がそう答えた。
「ふぅん」
ミツルは考え込むように鼻を鳴らした。彼の前を、近衛大尉が憲兵たちに引きずられてゆく。育ちの良さそうな顔だなと思った。
それから、ミツルは正面玄関に立つ近衛兵たちに目を向けた。
「……ま、いいか。それで説得されてくれれば、こちらとしてはありがたい」
彼の呟きは、無神論者の語り口に酷似していた。




