ゲーム
「勝った。私の勝ちっ」
「うん、よくできました」
「……ちょっとは悔しがってくれないと、勝ったのに私が悔しくなるんだけど」
そしてリベンジマッチを誓ったその次のデートにて、見事勝利したエリーゼだったが、ハインツが普通に褒めてくれたのでなんだか馬鹿馬鹿しくなってしまった。
今日はどちらの家でもなく、ハインツの行きつけのお店だ。隠れ家的喫茶店のようなもので、ちょっとした個室になっていて言えば様々なボードゲームを貸してくれるのだ。
ハインツも持っていたのはベーシックなカードだけだが、愛好家の間では色々なものが出回っているらしい。そのハインツもしたことのない新しい物なら条件は同等ということで、ここで二人でルールを確認しながら遊んだのだ。
それもあって勝てたのだけど、少しくらい悔しがってくれないと張り合いがない。
「でもこれ面白かったね。もっと他のもやりましょうよ」
「そうだな。次は、マンカラはどうだ」
「なにそれ」
「俺も名前くらいしか聞いたことがないんだが、最近他の国から入ってきた遊びらしい」
ルールを確認して、手探りにプレイしていく二人。自分の持ち場にいかに石を集められるかを競う遊びだ。
「じゃあこのマスを、あ、待って。やっぱりこっちにさせて」
「手を付ける前だから許してやる。こっちな」
最初は普通に自分の分は自分で移動させようとしたのだけど、石を途中でこぼしてしまってからハインツが全部動かしてくれている。
「よっし! 俺の勝ちだな」
「うー、悔しい。二つ差なんて。でも、これでコツがわかったわ。次は負けないから」
「俺だってわかったから、次は大差で勝つな」
「大きな口がきけるのは今だけよ」
単純なだけに妙にはまってしまった。お互いに初見からで実力が拮抗しているからか、ハインツもしっかりノリノリになっていたので、全力で楽しんでしまった。
「やった! これで私の勝ち越しね」
「く。もう一回だ」
「いいよ。何回だって相手を」
こほん、と咳払いがされた。はっとして振り向くと、エリーゼの侍女が涼しい顔をしながらも口を開く。
「大変お楽しみのところ、申し訳ございません。ですがエリーゼ様はそろそろお時間になりますので」
「申し訳ございません。つい熱中してしまいまして」
言われて窓の外を見ると、思ったより時間がたっていて、すでに日がずいぶん傾いていた。
今までもいつも使用人たちは控えていたのだけど、ある程度は距離を空けるのが普通だ。だが今回部屋が狭く、複数人が控えると圧迫感があるので、エリーゼの身の潔白の為にエリーゼ側の侍女一人だけが控える形になっていた。
だがいつものように存在を忘れていたのだけど、改めて振り向くと思ったより近くて、会話が全て聞こえていたのだと思うと、何だか少し恥ずかしい気がしてきた。
「ではお開きにしましょうか」
「うーん、なんだか、まだ消化不良ね。名残惜しい。もっとハインツ様と……」
もっとハインツ様といたかった。と言いそうになってしまってエリーゼは口をつぐんだ。なんだそのセリフは。言葉だけ聞けばまるで乙女ではないか。ただエリーゼはもっと遊びたいだけなのに。
「もっと、何だ?」
「な、なんでもないわ。それより、次はどうするか考えているの? 私はまたこのお店でもいいけど」
「そうだな。それもいいが、そろそろ外に出てお日様の光をあびたいんじゃないか?」
「ん! そうね。それもいいよね」
「じゃあまた詳細は手紙を出すから」
「はーい。了解。今日もありがとう。楽しかったわ」
「……おう」
次は外、何て意味深に言うのだ。きっと狩りか、それに類似した外遊びなのだろう。楽しみでわくわくしてくる。
家に帰ってから、ハインツが手紙をくれると言っていたが自分も色々思いついたりしたので、手紙を書くことにした。あくまで提案なのでそれはまた今度にしてもいいし、送るだけならいいだろう。
「それにしてもエリーゼ様、ハインツ様にずいぶん心を許しておられるのですね」
「え、どうして?」
「あのようにはしゃいで、素を見せられてるではないですか。サラ様相手にもあのように感情をあらわにされるのは珍しいでしょう?」
「そう……言われたらそうかも知れないけれど。サラとは勝負をしないし」
「よかったですね」
「ん……」
言われてみて、エリーゼは確かに、おかしな話だと思った。まさかこんなに楽しく過ごすようになるなんて、お見合いをすることになった時はもちろん、カールハインツと出会った時も全く想像もしていなかった。
お見合いをして結婚をすれば、こんな自由に好きなことをして体を動かしたり勝負したりなんてのは、もうできなくなるのだと思っていた。
だけどハインツがエリーゼに本気ではないとは言っても、全く貴族女性としてはらしくないエリーゼの性格を見せても引かずに友人付き合いとして一緒に遊んでくれるのだ。
とても楽しいし、だからやっぱりハインツがいいと言ってくれる間だけでも、こうして遊んでいたい。
こうして考えると、ハインツはまるで理想のお見合い相手だ。結婚相手もこんな風に一緒に楽しく過ごせる相手なら、こんな風に楽しく過ごせるのだろうか。
そんな風に、思わなくはない。だけどそんな甘い話はないだろう。今みたいにエリーゼが素を出して、男性と張り合おうなんて風にみせれば、結婚相手とは受け入れてくれないだろう。
ハインツは初対面が全く最悪で絶対に結婚なんてないだろうと思わせたから、こうして友人としての関係が築けているのだ。
「はぁ……憂鬱」
「えぇ? どうされたんですか、急に。さきほどまであんなに楽しそうでしたのに」
「うーん……まあ、ちょっと、このままハインツ様と過ごせたら楽しいのになって、思ってしまって」
「それは、とてもいいことだと思いますけど。お二人はとてもよい関係を築かれているようですし」
「まあ、いい関係は築けていると思うけど」
不思議そうなアンナに相槌をうちながら曖昧に答えを濁した。
この複雑な気持ちは、状況を全て説明したところで伝わらないだろう。なら無駄に説明してお説教を食らいたくない。ハインツとの友情はあの世まで持っていく。とエリーゼは口を閉ざすのだ。
「……エリーゼ様。私はいつでも、あなたの幸せを祈っておりますよ」
「え、急になに。それは私もだけど」
アンナはいつでもよく気が利きよく働いてくれるけれど、お小言が多く厳しいので、こんな風にストレートに優しくされると困惑してしまう。その慈愛の目もなれないので怖い。
引きながらも、何とか手紙は書き終えて、夕食後軽い訓練だけしてその日は就寝した。
○
数日後。お見合いが表面上うまくいっているからか、最近花嫁修業を改めてやらされているけれど、それを除けば家族の機嫌もよく穏やかな日々を送れている。
弓まで始めた時はさすがに母には引かれていたが、ちゃんと説明すればわかってもらえた。
そんなわけで日々快適に暮らしているのだけど、本日のエリーゼは憂鬱であった。
と言うのもまた、久しぶりの公の場に出席しなければならないことが分かったからだ。しかも今回はサラもいない。
一か月後に参加することが決まったのは、第二王子の婚約式だ。急きょ決まったので、参加人数がしぼられてはいるが、基本的に王都にいる家は強制参加だ。
なんでも熱烈な恋に落ちて紆余曲折会って何とか了承をもらえたので、気が変わる前に婚約したくてこうなった、と話を聞いているがどこまで本当なのだか。
「まあそう露骨に嫌そうな顔をしないの。お祝い事なのだから。それにあの第二王子よ? 一生結婚しないと思っていたけれど、決まって本当によかったじゃない。おめでたいことだわ」
「いや、お母様みたいにそこまで親身になれません。顔は覚えてますけど」
「王族の顔を覚えているなんて当たり前のことを言わないの」
昼食の席でサラからの手紙を受け取って不参加を知り、落ち込むエリーゼに、母、フローラはそう軽く慰めてくれるが、全く慰めにはなっていない。
「お母様とお父様が参加されるのですから、私はいなくても良いと思うのですが」
「何を甘いことを。あなたが結婚すれば、今後はあなたたちがこの家を盛り立てていくのよ? その為の他家との顔合わせは、何度していたって足りないくらいだわ」
「う……それはそうかもしれませんけど」
わかってはいる。実務的な仕事や領地経営にかかわる直接的なことは男性の仕事とはいえ、他家との交流はこの家を継ぐエリーゼが肝心になる。
もちろん付き合いのある家とは全て顔馴染みになってはいるけれど、だからと言って不義理をしていいものではなく、できるかぎり密な関係を築くにこしたことはない。
わかっていても面倒で不満気な声になるエリーゼに、フローラはふぅ、と子供に言い聞かせるように息をつく。
「それに、挨拶が終われば、ちゃんとカールハインツ君と合流させてあげますから。我儘を言わないの」
「ちゃんとって言われても」
「さすがにまだ婚約していないのに、エスコートで入場することはできないわよ。昔からの馴染みならともかく、お見合い相手でそれをしたらもう確実になってしまうわ。あら、もしかしてそれを狙っているのかしら?」
「ち、違います。変な勘繰りはやめてくださいっ」
ハインツとずっと一緒ではないから文句を言っているわけではない。ましてそんな目論見があろうはずもない!
思わず手を振って否定してしまうが、そのオーバーな動きにフローラは顔をしかめてすぐに扇子で顔を覆った。
「それも、外ではそのような動き、絶対しては駄目よ?」
「わかってます。家なんですからいいじゃないですか」
「普通なら、ね? だけどあなたに家と外できっぱり切り替えられるかしら。うっかりがでないよう、厳しくしているのよ」
「それもわかってますけどぉ」
「全く。いつまでも子供なんだから。とにかく、急な招集だからって我が家は以前と同じドレスと言うわけにはいかないのだから、手を加えておくように」
「予定はいれましたから大丈夫です」
「よろしい」
満足げに頷いたフローラはぱちんと扇子を閉じた。機嫌は直ったらしい。
確かに貴族社会において感情を顔に出すのは好ましくなく、感情表現はセンスの動きでするのがマナーだ。口元を隠すだけでも隠し方で意味がわかれている。
しかしフローラの場合、普通に表情を扇子で隠している時があるし、エリーゼにそんな大きなことは言えないと思うのだけど。
とエリーゼは思うが、多分そんなことを言ったらめちゃくちゃ怒られるし、本人できているつもりで、一応社交界でも問題がないので何も言えないのだった。
そして黙って食後のお茶を飲みながら、ハインツとのデートが先送りにされたことに落胆した気持ちを飲み込んだ。




