これが最後か……
狩りを終えてからも、一緒に街に戻るわけにはいかないので現地解散だ。なので時間があるので、そのまま一本の木を的にして、弓の練習を見てもらうことにした。
「ずいぶん上達したなぁ」
「えへへ! まあね! 僕にかかればこんなものだよ!」
ハインツにもらった弓でたくさん特訓したので、もう狙った的に当てるくらいなら百発百中と言ってもいいだろう。ハインツのようにすぱすぱ射ったりはできないし、まだまだだけど、ついこの間まで弓を持ったことがない人間にしたら上出来だろう。
さっき調子に乗っていたと反省したエリーゼではあるが、こうして自分で自分を褒めることもモチベーション維持のために必要なのだと自己弁護しながら自画自賛するエリーゼに、ハインツは苦笑する。
「頑張ったな」
「うん!」
「……」
笑顔でハインツを振り向く。すると何故か目が合ったハインツは頬をひきつらせた。
もしや顔になにかついているのか? とさすってみても何もない。エリーゼは首をかしげながら、どうも今日のハインツは様子がおかしいが体調には問題ないらしいのでスルーすることにした。
本当に困っているならむこうから相談してくるだろう。無理に問いただそうとしたって迷惑なだけだ。友人だと思っているからこそ、無暗に暴き立てるのはよくない。
「そろそろ疲れたから一度休憩しない? お茶でもいれるよ」
「あ、ああ。そうだな」
先ほど作った簡易キッチンの場所に戻り、火をつけなおしてお湯を沸かす。そうしてアツアツのお茶が入る。入れ物まで火傷しそうなほど熱くなってしまったので、しばし放置する。
「……なあ、エリック。ちょっと突っ込んだことを聞いてもいいか?」
「ん? いいけど何?」
次はもう少し早く安定して射れるようにならないと、そのためには腕の筋力トレーニングを増やした方がいいのかな。と考えているとハインツが声をかけてきた。なにやら顔は真剣そうだ。
もしか相談か? とピンと来たエリーゼは隣り合って座っている簡易チェアの上で姿勢を正した。
「あー、のさ、お前も貴族ではないにしろいいとこのお坊ちゃんなわけで、結婚とか、どう考えてんだ?」
「そのお坊ちゃんっていうのやめてくれない? 貴族に言われても微妙な気分になるんだけど」
「いや、いっそ貴族より精神的には甘やかされていると思うが、まあそれはともかく、どうなんだ。お見合いとか、どう思ってるんだ?」
「えー、なにそれ。急だなぁ。でもまあ、甘やかされているのは自覚はしてるよ。親も、僕が好きな人なら相手は誰でもいいって感じだし」
「は? そんなわけないだろ?」
「え? なんでさ」
「いや、貴族ではないとしても、だ。長年仕えていて、お前もその子供もずっと仕えていくなら、相手だって信用のおける同じような立場の家系がいいに決まってるだろ?」
「えー、そんな真面目な」
今まで考えたこともなかったけれど、使用人たちも信頼できる人間でないといけないので、そう言うこともあるのかもしれない。
エリーゼはエリックの設定をよくよく考えてみる。たしかにエリックは代々仕えているそれなりのお家の設定なのだから、後継者問題もちゃんと考えていてしかるべきなのかもしれない。
となると、エリックも案外エリーゼと同じような立場でお見合いをする可能性があるのか。となるとそれを踏まえて、エリーゼを参考に話せばいい。
それに急にこんな話を真顔でふってきたのだ。きっとハインツなりにお見合いそのものに思うところがあったのだろう。ならここは素直に思うところを答えてあげよう。
「えーっとね、僕はまだ成人していないから、お見合いとかしていないけど、確かにこのまま誰も恋人を作らなければそう言う話も来るかもしれないかな。でもね、本当に僕の家はゆるいから、本当に好きになった人ならいいと言ってくれる感じだよ。まあ、と言っても、今のところ誰かを好きになったことはないし、そんな自分も想像できないしお見合いするのかも知れないけど」
「……したとして、どうなると思う?」
何か聞きたいのだろうけど、あやふやな質問だ。その割に目つきは鋭いし。何が聞きたいんだろう。ハインツも本気で将来のことを考えだしているのだろうか。
だとしたらここでの会話によって、エリーゼとのお見合いごっこも終わる可能性が? しかし、そうだとしても、それがハインツの為になるなら背中を押してあげるべきだろう。
どんな答えを求めているかはどちらにせよわからないのだから、素直に一例として話してあげるのがいいだろう。
「もちろん、お見合い相手と恋に落ちるのが一番綺麗で、幸せだろうね。でもお見合いしている時点で結婚に支障はないんだから、一緒にいて楽しいとか、人として信頼とか尊敬とか、そう言う相手なら結婚してもいいと思ってるよ。僕が恋に落ちるのを待ってたらいつになるかわからないし、結婚してから好きになるかもしれないし、ならないようなら一生恋愛感情がわからないのかもしれないんだから」
「……そう、か。まあそうだな。俺も、そう思うぞ」
「あ、そう。ハインツもじゃあ、そろそろ本腰入れてお見合いするんだ。そっか。じゃあ、会えなくなるね」
「あ!? なんでだよ」
「え?」
エリーゼとしても会えなくなるのはこの際どうでもいいとして、エリックとしてもエリーゼの件で相談する体もなくなりまだ見ぬ新たなお見合い相手を優先するなら、こうして遊ぶ時間も減るだろう、と言うごく当たり前の話だ。
なのに何故かキレ気味に聞き返された。
「だって、今より忙しくなるなら、僕みたいな同性の友達とだべってる暇はなくなるだろ? ていうか何回か言ってるけど、僕だって忙しいからな? 相談でもないなら、狩りもしたし、これから僕も忙しくなるし」
それにハインツから断られるなら、それこそエリーゼだって新しい相手とお見合いすることになる。もしその人が問題なければ結婚に向けて動き出し忙しくなるだろう。
あまり考えたくはないが、だが前向きに、もしかしたら次にお見合いする相手はすごく素敵で一目で恋に落ちるかもしれないし、剣より弓より夢中になるような人かもしれないと考えよう。
「結婚したらあんまり連絡できなくなるけど、お互い幸せになれるよう祈っておくよ」
だから僕にそんな気をつかわなくていいから、と予防線を張っておく。変にエリックとの友情を優先して、次のお見合い相手との予定がないがしろにされたとかこじれても困る。
「……ちょっと、雉を撃ってくる」
「ん、いってらー」
真面目な顔のままトイレ宣言された。合わせてこちらも真面目に話したのに、単にトイレ我慢していただけか? と思わなくもないが軽く見送った。
ハインツと会う機会が減るなら、弓の目標とそこまでの道筋は今のうちにはっきりさせておいた方がいい。
実際に狩れるようになればいちばんいいが、おそらくそれは無理だろう。ハインツがいなけらばなおさらだ。ならここはおとなしく、的の中心を狙え、競技としての一定水準を狙うくらいが無難だろう。
競技としてあることは知っているが、それがどのような基準でどのようなレベルが普通なのか、エリーゼは全然知らない。そのあたりを教えてもらおう。
と考えながら、冷めたお茶を飲んでいるとハインツが戻ってきた。
「おかえりー」
「おう」
戻ってきたハインツはなんだか少しさっきまでと表情が違う。そんなに大きなものを我慢していたのだろう。可愛そうなのでそこには突っ込みをいれずに、弓の話をした。
そして散々話して具体的な目標をたててから、また一通り練習をして、自主練方法も実践付きで教わってその日は解散になった。
「じゃあまたな、エリック」
「うん。でも別に無理しなくていいよ? 忙しいならちゃんと将来を優先してくれよ?」
「おう、大丈夫だ。そんなすぐ忙しくなるもんでもないし、俺の将来設計は完璧だ。安心しろ」
「えぇ……まあ、うん」
何をそう自信満々なのかはわからないけれど、とりあえず頷いておく。まあ本人がいいなら、エリーゼだって可能な限りは遊んでいたいのでいい。
そして家に帰って汗を流してから、エリーゼはベッドに転がって体を休めながら自分のことを考える。
近いうちにハインツから断りの手紙がくるだろう。そうなれば新しいお見合い相手がやってくる。
ずっとそれを受け身で待っていたけれど、侍女とも話したけれど確かに会ってから全然気が合わないとなるよりは、ある程度相手の情報を見て条件を照らし合わせてからのほうが効率はいいだろう。
なら新しくお見合い相手を母が探す前に、ある程度具体的な希望を考えておいて、破談になったらすぐ母親に伝えておけばいいだろう。
ハインツと話したりしていると、何となく男性と家庭を過ごすのもそれはそれで楽しそうだと思える。それにいつかと思っていたとはいえ、子供を持って、と言うのも夢の一つではあるのだ。
刺繍の練習をしたのもあり、何となく女性的な気分が高まっているのかもしれない。そう自覚しながらも、エリーゼは条件を書き出していくことにした。
「エリーゼ様。夕食の時間になりましたよ」
「あ、アンナ、もうそんな時間なの」
「はい。またお手紙を書かれていたのですか?」
「あ、ううん。将来結婚する相手の希望をまとめておこうかと思って」
「……拝見させていただいても?」
「いいけど。あ、いや、その、……高望みとか言っては嫌だからね? あくまで要望として書いていっただけで、その、ね?」
部屋に入ってすぐ背後までやってきたアンナに言われるまま差し出したけれど、条件は何をかけばいいのか。とりあえずこうだったら嬉しいな、と言うのを書き連ね、だんだん調子に乗って次々に書き込んでいったので、冷静に考えれば条件をつけすぎた。
いくらなんでも高望みが過ぎるし、自分がどれだけ完璧なご令嬢だと思っているのだ、とか言われたらさすがに恥ずかしいのでそう言い訳をする。
本当にこれに書かれたとおりの人がいるとは思っていないし、どれか一つでもおおく当てはまっている人がいいな、と言うだけで。
しかしそんなエリーゼの態度は無視して、アンナは一通り目を通した。
「なるほど。理解しました」
「し、静かすぎても怖いんだけど。その、ほんとにこれだけの希望を通せって言っているわけじゃないのよ?」
「そんなに低姿勢になることはないでしょう。と言いますか、容姿の要望はひとつもありませんし、量が多いのも結局は優しく趣味を丸ごと受け入れてくれる人、でしかありませんよね」
「えぇ、そんなざっくり。それに体の要望もいれてるんだけど」
「体を動かすので鍛えている人、の項目ですか。これはある意味別と言いますか、基本的に貴族男性では護身術程度は最低限習うのが当然ですからね」
「でも体が生まれつき弱い人だっているわけだし」
「それは否定しませんが、この家の次期当主になられる前提なのですから、そのような方は初めから選ばれないかと」
「それは、確かに」
「そのほかも、大したものではありませんね」
「えぇ……」
普通に肯定されて、エリーゼの方がひいてしまう。理想もりもりにしたつもりが大したことない? アンナの中でエリーゼはどれだけ偉いのだろう。
「ええっと、じゃあ、今のカールハインツ様から断られて、次の方を探すときはこれを参考にしてもらえるよう、母に言ってもいいような内容だったりするの?」
「それは問題ありませんが、ちなみにお伺いしたいのですが、これにカールハインツ様はどの程度当てはまっているのでしょうか」
「え……いや、言われたらだいたい当てはまってるけど。でも多分断られると思う、から……」
「エリーゼ様。どうして断られる前からそのように弱気なのですか。カールハインツ様のような方が好みなら、カールハインツ様に好かれるよう努力されるべきではありませんか?」
「えぇ……あー、はい。ごめんなさい」
普通に怒られたし、よく考えたら正論ではある。ハインツだけはない、と思っているのはエリーゼがハインツを同性の友人だと思っているからで、そうでなければむしろ条件にあてはまりすぎているくらいなのだから、なぜもう次の人を考えるのか意味がわからないだろう。
エリーゼは素直にアンナのジト目と、後程報告を受けた母からの叱責を甘んじて受けることにした。
そして、確かにハインツは理想の旦那様かもしれない。でも、ハインツなんだよなぁ。と心の中で愚痴りながら、エリーゼはお小言を右から左に聞き流したのだった。




