就任であります
ここは評議会の会議場。今日は臨時議会が開催されている。
テーマは「大地竜からの守護神職申し入れについて」
タイトルが酷いことになっているのは、それだけ評議会も混乱しているということ。
まずは冒険者ギルドのテセウスが状況を評議員たちに説明する。西の丘陵で「怪物」として恐れられながらも、ここ数十年姿を現さなかった大地竜が、突如として姿を現したこと。そして彼は、数百年前の神魔戦争の際に魔王に制約をかけられ、丘陵を封鎖していたが、やっとその呪いから解放されたこと。さらに最近、新たな魔王が大陸の覇権を宣言したことに、彼自身が憤っていること。ついては、人間と平和協定を盟約として結び、この平和な土地を守護していこうというもの。
評議員たちは当然ながら、にわかにそんな話を信じることはできない。
テセウスは続ける。この場に大地竜が来ていることを。
騒然とする議会。
それに構わず、テセウスは控室に声をかける。すると盗賊ギルドマスターのバルティスが、何者かを連れてきた。
そこに現れたのは、金髪を5色のリボンで飾った、エメラルドグリーンの瞳と桜色の唇を持つ存在。
「おや、あれはエリスお嬢ちゃんじゃないかいの?」
フリントがその姿を見て驚く。
「いえ、エリスより背が高いですね。髪もショートにしていますよ。男の子かしら?」
マリアが素早く存在を分析する。
「皆、聞いてくれ、彼でもなく、彼女でもない存在、この方が大地竜だ」
続けて大地竜が会場内全員の意識に呼びかける。
「矮小なる人間どもよ、我は大地竜。このたびは我の申し出を受け入れたこと、礼を言う」
なし崩し的に盟約を結んだものとして、おごそかに話を進める大地竜。
ここまでシナリオばっちり。で、当然のことながら質疑応答が始まる。
皆の疑問は、本当に盟約は守られるのかどうかということ、そして大地竜は再び魔王の手先となる恐れがないのかということ。
ここでバルティスは主演男優賞モノの演技を披露した。
「皆の者よ、なぜ大地竜が皆の知る準会員エリスの姿をとっているかわかるか?」
黙り込む評議員たち。バルティスは悲しみを込めた声で朗々と続ける。
「エリスはこの盟約のため、そして大地竜が魔王からの制約を受けぬようにするため、その純潔を大地竜に捧げたのだ!」
騒然となる場内。あちこちで追加説明を求める声や、エリスを探す動き、彼女の不幸を嘆く声が聞こえる。そこでタイミングよく姿を現したのがエリス。場内のどよめきが一旦高まるも、バルティスの一喝で静まる。
神妙な顔でエリスは説明を開始した。純潔を捧げたというのは、竜との盟約の間、純潔を守りぬくことであり、決して大地竜の暴力にこの身を蹂躙されたわけではないこと。そしてこの盟約により、大地竜は他の盟約に囚われることがないということ。つまり大地竜はエリスとの盟約があるかぎり、魔王の制約を跳ね返すことができるということ。それを一角獣と乙女の童話を織り交ぜながら歌うように説明していく。
説明後に泣き崩れ、座り込むエリス。黙り込む議員たち。一部ではエリスの身の上を案じ、すすり泣きを始める者までいた。
そんなエリスの手を優しく取り、ゆっくりと立たせると、大地竜は再び言葉を評議員たちの意識に送る。
「我の力を見せよう。外に出るといい」
その言葉に逆らえるものは一人としていなかった。
ここは中央広場。評議員の他に、何事かと集まった一般民衆も集まっている。
そこに柵を掛けていく冒険者ギルドの男たち。その大きさ直径150ビートの円。これは予めテセウスから指示されたサイズ。中央にはテセウス、バルティス、エリス、そして金髪を5色のリボンで飾った大地竜。
「それでは、これから我の真の姿を披露する」
と、おもむろに大地竜は服を脱ぎだした。
突然のストリップに動揺する観客たち。これにはテセウスとバルティス、エリスですらびっくりした。が、ここで馴れ馴れしくらーちん呼ばわりしたら全てが元の黙阿弥である。彼らは動けない。
大地竜はシャツとズボン、下着を順番に脱ぎ、丁寧に折りたたむと、それをエリスに渡す。そしていらん説明を始めた。
「この体はエリスを模倣しているが、我は男でも女でもないゆえ、おっぱいもちんこもない。ちなみに尻の穴もない。見るか?」
一部マニアが一斉に全裸の大地竜の後方に回る。これはエリスが恥ずかしすぎる。ということで、ここで迫真の演技。
「大地竜さま、この身が持ちませぬ……」
と、倒れこんでみるエリス。慌ててそれを起こそうと近づいた大地竜にエリスは囁いた。
「いい加減にしないと、もう一回四肢砕いて凍らすぞ、この腐れらーちんが!」
ちょっとびびった大地竜は、慌てて中央に戻る。そしてすかさずエリスがリセットボディを小声で唱える。光とともに巨大化する大地竜。そこには、黄土色というにはあまりに高貴な淡い黄金の美しさを持つ鱗を持ち、巨大なトカゲを思われる体躯に5本の角。そのそれぞれにリボンを飾っている大きな竜が現れた。
まず持ち込まれたのは、フルプレートアーマー。それを大地竜は尾の一撃でベしゃんこにしてみせる。
次に現れたのは、バズさんとダグさん。手にはミノタウロスモール。そして2人は雄叫びをあげ、大地竜に殴りかかる。
ごいーん。ごいーん。
2人のミノタウロスモールは中央からくの字に折れた。が、大地竜は平気なもの。
「他に誰か試してみるか?」
大地竜が挑発するが、誰も手を挙げるわけがない。
「それじゃ、ラブリーな我の姿も見よ」
そう言うと、大地竜は10ビートほどのサイズに変化した。角のリボンは外れて落ちる。そこにいるのはラブリー?なトカゲ。再び元のサイズに戻る大地竜。そこにエリスは説明を続ける。普段の大地竜は、人間型で街をうろついているか、もしくは10ビートサイズで交わる町でひなたぼっこしていること。大地竜の希望で、盟約がなされるならば、これからはワーランの住民たちは彼を「らーちん」と呼んでも構わないということ。
こうしてワーランの住民たちは、彼を守護竜として受け入れた。「ワーランの守護竜らーちん」という、よそから見たらふざけているように見えるが、本人たちからにすれば大真面目な二つ名とともに。
評議会の承認を取り付けることができたのと、建前上はエリスが大地竜に従属しているということもあって、らーちんは一旦エリスたちの自宅に迎えることにした。
そこで初対面のらーちんとぴーたん。正直、ぴーたんはびびる。なんでこんな大物がここにいるのかと。らーちんもびびる。なんでメタルイーターがかごの中に柔らかそうな布を敷いてもらった中で昼寝をしているのかと。
しゃー。
威嚇するぴーたん。
「俺の鱗はライブダークミスリルだから、お前の金属破壊は通用しないよ」
トカゲの姿でぴーたんを挑発するらーちん。
睨み合う2匹のバケモノ。
「はいはいそこまでですわ」
フラウに抱きかかえられるぴーたん。フラウの胸から、勝者の目線をらーちんに送るぴーたん。
「むっ」
言いようのない敗北感にとらわれるらーちんにレーヴェが声をかける。
「守護竜さまは、お湯は平気かい?」
「お湯?」
「風呂だよ。まあ、試してみるといい」
そしてレーヴェに抱きかかえられるらーちん。ぴーぴー抗議するぴーたんをフラウが優しく撫でる。らーちんの記憶には、契約者以外の乙女に抱きかかえられたというものはなかった。そしてそれは意外と良いものだ。らーちんは黙ってぶらんぶらんしながら、風呂まで運ばれていった。
そして初めての風呂。
「ここは天国である」
それがらーちんの率直な感想。
ぴーたんの桶の横に一回り大きい桶が用意され、らーちんはそこに入れられる。実はエリス、らーちんを人型にしてやろうとも思ったのだが、それではぴーたんが不憫なのでやめた。レーヴェがオペラをがなる横で、エリスがらーちんの鱗をガシガシと洗う。
「そういえば、この鱗、ライブダークミスリルって言っていたわよね、らーちん」
「そうだよエリスちん。ちなみに俺が脱皮したときにできるのがダークミスリルだよ。だから俺はエリスちんたちの武器は止められなかったんだ」
衝撃の事実。エリスは平静を装ってらーちんに尋ねる。
「次の脱皮のご予定は?」
「わかんない」
エリスは決意した。らーちんの新陳代謝を上げて、脱皮を促進するために、らーちんを毎日洗おうと。
そして風呂あがり。クレアが木製の宝箱を手直しして、らーちんの寝床を用意した。ぴーたんと同様、柔らかい布を引いてある。
「らーちんはここで寝るといいよ」
「エリスちんと一緒じゃダメなのか?」
「エリスは夜も忙しいんだよ」
あっさりとクレアに言い負かされ、らーちんは宝箱の中に置かれる。
そしてブヒヒヒヒ。
らーちんは勘付く。そして独り言を言った。
「百合百合は純潔キープだから問題なし」
そしてひさしぶりの賑やかな眠りにつく。
こうしてエリス宅の夜は更けていく。




