百合のディナーショー
冒険者ギルドは銀行のような機能も担っている。
もちろん商人ギルドにも同じような仕組みはあり、規模は圧倒的に商人ギルドのほうが大きい。
ここであえて冒険者ギルドの口座を使用するメリットは、各街の冒険者ギルド間で使用できる『ギルド為替』の存在である。
街から街への移動を行う冒険者は、移動するたびに大金を持ち歩くリスクがある。
これを解消してくれるのがギルド為替なのだ。
これは口座残高の一部または全部を所属する冒険者ギルドが証明してくれるもの。
発行手数料は一律2万リルとなっている。
例えばワーランからマルスフィールドに移動する場合、ワーランでワーラン冒険者証と1千万リルのギルド為替を1万リルの手数料で別々に発行してもらう。
マルスフィールドの冒険者ギルドに持ち込めば、ワーラン冒険者証とギルド為替に基づいてそこで1千万リルの口座を手数料1万リルで作ってもらえる。
要するに冒険者証は『印鑑』ギルド為替は『通帳』のようなものである。
飽食のかばんを持っているエリスたちにとってはギルド為替はあまり意味が無いものではあるのだが、利用しないのも第三者に疑われる元なので、五人はエリス名で3千万リルのギルド為替を1枚発行してもらうことにする。
ところでエリスたちの収入源は現在次の通りである。
『百合の庭園』から得られる手数料収入は、入場料売上が1日平均20万リル程。ここから盗賊ギルドへ支払う人件費2万リルと上納金50%を引くと、約9万リルがエリスたちの手元に残る。
商人ギルドと冒険者ギルドに委託している物品および運賃売上は合計で1日10万リル程なので、この10%から盗賊ギルドへの上納金を引いた額である約9000リルがエリスたちの手数料収入となる。
すなわち1日の収入約10万リル。
これは結構な金額である。
この収入は五人共同の生活費および施設維持費として、リビングに据え付けた『ワイトの迷宮』謹製の宝箱にまとめて保管してある。
この現金は主にフラウがこのリルで食材を買い込んで料理を行ったり、クレアが屋敷などの修繕のためにフリント工房に支払う原資としている。
一方『緋色の洗濯物』によって『洗濯物』から剥ぎ取った現金と装備売却代の50%が飾られたリボンの色に応じてそれぞれの口座に振り込まれる。
残り50%は冒険者ギルドに運搬・管理他手数料として天引きされる。
剥ぎ取る金額はほぼゼロから数百万リルと幅広い。
先日勇者様の仲間を吊るした時は、もし剥ぎ取った装備を普通に売却していれば間違いなく1億リル以上にはなっていたらしい。
それらはエリスの判断により冒険者ギルドのメンバーに無料で配っちゃったけれど。
設計事務所を経営するクレアは自身が関わる建設関連売上総額の5%程度が設計料として収入となっている。
さらに今後は『クレア-フリント』ブランドの高級トイレ&シャワーの特許使用料が1台あたり10万リルほど商人ギルドに用意されたクレア名義の口座に振り込まれることであろう。
最後に迷宮探索による収入がある。
これらは初級では数千リル、上級で数十万から100万リル程度とこれも幅広い。
迷宮で得た収入はパーティの人数で均等に分配する。
なおアイテムの売却料については盗賊冒険者であるキャティはその10%を盗賊ギルドに納めることになっている。
以前はエリスもそうしていたが、現在の彼女は建前上盗賊ギルドとの関係はないことになっている。
ということで旅行資金は十分すぎるほど彼女たちは持ち合わせているのだ。
「それじゃ旅行の計画をを立てなきゃね」
フラウ特製の海鮮と香草のパスタをほおばりながら、エリスは皆に提案した。
「洗面用品は多めに用意したほうがいいな」
「移動中の食事も大事ですよ。」
「馬車の内装を用意しなくちゃね」
「にゃあ」
そんなこんなで五人で楽しくマルスフィールド行きの計画を立てていると、そこに商人ギルドから使者がやってきた。
使者は屋敷の玄関に立つと、商人ギルドマスターであるマリアの伝言を彼女たちに伝えた。
・7日後にマルスフィールドに向かうので、商人ギルドに馬車で出向くこと。
・マルスフィールドまでの日数は3日である。なので往復6日分の食事が必要だが、食事はこちらで用意した方が良いか、それとも自分たちで手配するか使者に伝えること。なお自分たちで手配する場合は事前に1人1日1万リルを食費として支払う。
・マルスフィールドまでの護衛を兼ねてほしいので、戦闘装備も用意すること。なお護衛代として1人1日5万リルを支払う。
・マルスフィールドには3日間滞在するが宿は商人ギルドで用意する。
・3日のうち1日を自由行動とする。使者にマルスフィールドの市街図を持たせたので、自由行動の計画はあらかじめ立てておくこと。
・馬と御者は商人ギルドで用意するので、そこまで馬車を魔導馬で引っ張ってくること。
最後に
・出発前日に『百合の庭園レストラン』にて『レーヴェさまのディナーショー』をお願いしたいとのこと。
『レーヴェさまのディナーショー』とは『レーヴェさまファンクラブ』の定期活動である。
これはファンクラブのご婦人がたが夕刻のレストランを借りきって食事と共に彼女の歌を楽しむという夕食会である。
すでにディナーショーは百合の庭園における目玉イベントの1つとなっており、これが結構なレストラン収入となっているので、レーヴェは自身も楽しみながらボランティアとして出演している。
当然出演料は無料なのだが、その代わりご婦人がたからのレーヴェへのプレゼントが半端ない。
既に衣装だけで10着以上が揃ってしまった。
宝石や装飾品の類も山ほど贈られている。
但しほとんどが『男装』を前提としたものではあるのだが。
さて、エリスたちは使者に『移動中の食事は自分たちで手配する』と伝えた。
その日の午後からは七日後の出発に向けて五人で馬車の設備を本格的に整えることにする。
馬車は幅2.5メテル長さ6メテルほどの縦長のスタイルとなっており、乗車口は前と後ろの両方にある。
前の乗車口から乗り込むと、まずは2.5メテル四方のカーペットが敷かれたスペースが用意されているのがわかる。
ここが普段エリスたちが過ごす場所となる。
その奥にはベッドがしつらえてある。
左右に三段ベッドが縦に二列設置され、中央が通路になっている。
ベッドは幅は0.8メテル長さ2メテルと狭いのは仕方がない
なお二段目と三段目のベッドには落下防止用の手すり付き。
それぞれ頭の位置に小窓があり、明かり取りや外の見物が可能になっている。
さらにその後ろには左側は1メテル幅の物入れが据え付けられ、右側にキッチンスペースが用意されている。
キッチンには『発熱の石』を組み込んだコンロが2つと簡単なシンクが取り付けられている。
最後にトイレとシャワー室が両サイドに1メテル四方で作りこまれている。
エリスは第三者に万一鑑定されても問題がないように、物入れには『飽食のかばん』ではなく『冒険者のかばん』を3つ並べた。
『冒険者のかばん』を『飽食のかばん』にしまうことができるのは確認済み。
ひとつめのかばんは食品用。
ふたつめのかばんはトイレ・シャワーでの衛生品用。
みっつめのかばんは水の樽用と使い分けている。
ひととおり馬車の内部を確認すると、エリスたちは街に出かけてベッド用のシーツやトイレ用の布などをたくさん買い込んできた。
道中での話題はマルスフィールドでの自由行動が中心となっている。
食料品店と大時計の見物と獣人街訪問はフラウとクレアとキャティの希望で決定らしい。
そういえば買物の予算も決めておかなきゃ。
「食材を買い込まなきゃならないから往復6日間の食事を皆さんで事前にリクエストしてくださいね」
フラウが皆にに笑いかけるとそれぞれも楽しそうに手を挙げた。
「私は手長エビのパスタを食べたいな」
「先日のリゾットは美味しかった」
「ボクはお肉の煮込みが大好きだよ」
「フライドチキンがおいしかったにゃ」
「揚げ物は馬車ではちょっと……。でも表面をパリパリに焼くのなら大丈夫だわ」
などと語らいながら五人は帰路についたのである。
翌日は朝食後に運動不足解消とばかりに五人で『ワイトの迷宮』を巡ってみた。
やはり最初に訪れたときとは様子が異なっている。
各部屋のスケルトンとゾンビは10体に満たない程度である。
こんな数だと大抵はキャティ・フラウ・レーヴェの一撃でかたづいてしまう。
五部屋目のボスは『食人鬼』
こいつはクレアのファイアバレットで焦げついたところをキャティが袋叩きで終了であった。
十五部屋目のボスは『死肉人形』
こいつはキャティの『昏倒』で動きが止まったところをレーヴェとフラウが二人がかりでボコって終了。
最後の部屋のボスは前回と同じ『魔魂』
しかし前回現れたような王のようなの姿ではなく普通の人間の姿である。
ワイトが撃ってきたファイアバレットをフラウが抵抗の鎧で跳ね返す。
浄化付きの武器でもワイトには攻撃が通用しないのは今回も同じ。
だがクレアが一発目に放ったファイアバレットと二発目のエクスプロージョンで終了してしまう。
やはり前回に比べ敵は格段に弱い。
それでも敵の強さは上級だけれども。
結局、この日エリスは一度も戦闘に参加しなかった。
「扉と宝箱は開けたんだからね。ぷんぷん」
お宝は現金100万リル『沈黙の護符』『ライトニングシャワーの巻物』そして『抗毒のネックレス』
『ライトニングシャワー』
一定範囲の敵に10のダメージを与えるとともに電撃による麻痺効果を追加で与える。
必要精神力10
これはクレアが一読で覚えてしまった。
『抗毒のネックレス』
一定時間毒の影響を受けなくなる
必要精神力3
コマンドワードは【毒も食らわば】
これと絆のブレスレットと併用すれば一回の呪文で全員に効果が出る。
ということで『ワーランの宝石箱』には、いよいよ毒も効かなくなってしまった。
一行は冒険者ギルドに戻ると沈黙の護符を40万リル、オリジナルである抗毒のネックレスを80万リルで売却してしまう。
キャティが24万リルの支払証書を持って盗賊ギルドに走っていく間、エリスたちは冒険者ギルドのホールで休憩を取りながら彼女の帰りを待つことにした。
すると他のパーティがドヤドヤと帰ってきた。
最近『発熱の石』の相場が跳ね上がった。
理由は高級シャワーで大量に使用するため。
特に大きなものは高値で売れるとのこと。
発熱の石は初級『火蜥蜴の迷宮』のラスボスや中級の通常モンスターとして出現する『サラマンダー』がちょいちょい落とすので、これらの迷宮が冒険者に大人気となっている。
冒険者ギルドの面々も、順番待ちでこれらの迷宮に頻繁に通っているようだ。
ちなみに初級の迷宮は半日もあれば回復するし中級も一昼夜で回復する上にサラマンダーが出現する中級迷宮はいくつかあるので、ギルドメンバーもそれぞれが仲良く稼いでいるらしい。
すると帰ってきたおっさんの一人がエリスたちの姿を見つけた。
「お、クレアちゃんじゃないか。今日はクレアちゃんのプレートアーマーのおかげで2回くらい死なないで済んだぜ。ありがとな」
ビンゴで1等を当てた御者さんが手を振ってくる。
「俺もエリスちゃんサイン入り飛燕のロングソードでサラマンダーをボコってきたぜ」
もう1人の冒険者も豪快に笑いながらエリスに礼を言っている。
こうした気のいい連中にエリスとクレアも笑顔で手を振りかえす。
そんな和気あいあいとした光景を眺めながら受付嬢のレレンは想う。
ずいぶんこの場所も明るくなったなあと。
彼女はビンゴ大会でもらった『発光の石』を戯れに点灯させてみる。
華やかに輝く彼女たちの姿は、発光の石から発せられる光よりもまぶしいものであった。
さて、そんなこんなで旅行の前日を迎えた。
今日はレーヴェのディナーショーが開催される。
もちろん他の四人も招待されている。
エリスたちは各々ディナーパーティ用のドレスに着替えた。
エリスとクレアは可愛らしいワンピースを身につける。
エリスは薄紅、クレアは山吹。
フラウとキャティは背中が大きく開いたイブニングドレスを用意した。
フラウは白、キャティは珍しく黒。
「夜なら暑くないから黒でも平気だにゃ」
ということだそうだ。
四人がレストランを訪れるとご婦人方の視線が集まってくる。
あちらこちらで彼女たちの姿に向けたため息が聞こえる。
が、そのため息もすぐにかき消えてしまう。
レーヴェの登場。
彼女は白のドレスシャツに金のボタンとモールで飾られた深紅のショートジャケットを羽織り白のスラックスに黒のロングブーツという出でたちである。
碧の髪と切れ長の瞳が衣装に映える。
その凛々しさに奥方様たちは全ての意識を彼女に持っていかれてしまう。
彼女は朗々と歌い始めた。
店内の視線は彼女に集中し、女性たちは夢の世界に誘われていく。
うっとりとした表情で彼女を見つめるご婦人がた。
主催者のマリアもデレた表情で恍惚としている。
サービスとばかりにレーヴェは歌いながらで各テーブルを周っていく。
そのたびに聞こえるのはご婦人がたの呻き声やらため息やら。
中には感動のあまり泣き崩れてしまう女性までいる。
そんな中で四人は淡々と食事を進めていた。
毎日浴場で『全裸仁王立ち』でオペラを唸っているレーヴェを見聞きしている彼女たちは想像する。
この場でレーヴェにあの姿で歌わせたら、何人くらい卒倒するかな?
もしかしたら死人も出ちゃうかな?
こうした下らないことを考える余裕があればこそ、エリスはレーヴェから送られた目配せに気がついた。
レーヴェの目線に従いすっと音も立てずに移動するエリス。
優雅に舞いながらもレーヴェは流れるように愛用のスローイングダガーを音もなく放った。
ご婦人方は誰も気づかない。
一方のエリスは喉笛にダガーを突きたてられ、無言のままに今にも絶命しそうな女性を眠らせるとダガーを抜き同時に全回復の指輪を解放する。
女性の手にはドロッとしたものが塗られたナイフが握られていた。
彼女はマリアの隣に座り、レーヴェの姿に感動の涙を流す女性を狙っていたのである。
あえてエリスたちとは対角線にある壇上に立ち、観客の視線を一身に集めるレーヴェ。
そうなれば観客全員はエリスたちから背を向ける形になる。
その間にエリスたち四人は誰にも気づかれることなく、そっと女性を外に運び出したのである。




