皇帝少年
「逃げられたわ……」
マリオネッタは机上に残された書き置きを見つめながら、たまらずため息をつく。
そこにはたどたどしく、こう記されていた。
『わーらんにいてきます』
そして部屋から、帰還の指輪を始めとするいくつかの魔道具が消えていた。
「小さな頃はおとなしくて良い子だったのに、どうしてこうなっちゃったのかしら? 私の育て方に、何か問題があったのかしら……」
マリオネッタは机に突っ伏してしまう。
「どうしたマリオネッタ」
「あ、あなた。これを見てくださいな」
マリオネッタはグレイに書き置きを見せる。これにはグレイも苦笑するしかない。
「元気があってよいではないか。まあ、ワーランなら怖い連中もいるし、そうそうやりたい放題もできないだろう」
「そうだといいのですけどね」
マリオネッタは机の上に目線をやり、再びため息をつく。そこには、王子宛の苦情が記された書類の束が山積みになっていた。
「クラウスいるかー!」
「あ、アージュ。今日はどうしたの?」
ここはワーラン魔術師ギルドの近く。アージュが訪れたのはアレスとイゼリナの家。アージュは窓から家の中を覗き込んで、2人の息子であるクラウスに声をかけた。
「おれ、すげー発見をしちゃったんだよ! だからクラウスにも教えてやろうと思ってさ! いいから出てこいよ!」
「まだ魔法学の勉強が終わってないんだ」
「いいよ! そんなの後で」
「パパとママに叱られちゃうよ……」
「ぐずぐず言ってると、お前がライブハウスでやらかしたことをみんなにばらすぞ!」
「わかった、わかったよアージュ。すぐ行くよう!」
クラウスは慌てて外に飛び出し、アージュを追いかけてゆく。
2人が向かったのは北に流れる小川。
川辺に到着すると、アージュはおもむろにズボンとパンツを脱ぎ、小川に駆け込む。
「クラウス、お前も早く来いよ!」
「待ってよアージュ!」
慌ててクラウスもズボンとパンツを脱ぎ、アージュの後を追いかけて小川へ入っていく。
「冷たいよう」
「この冷たいのがポイントだとおれは睨んでいるんだ! お! お! お!」
2人はガタガタ震えながら下半身を小川に沈め続ける。そして……。
「キター!」
突然叫び出すアージュ。その声に驚いてクラウスは小川の中にひっくり返りそうになる。
「何が来たの? アージュ!」
「お前、自分の『ちんちん』を見てみろ!」
クラウスはアージュに言われるがままに自分の『ちんちん』を見つめ、驚いた。
「アージュ、『ちんちん』が小さくなっちゃったよ!」
「それがおれの発見だ! 見ろよこれ、ドリルみたいだぜ! 名づけて『ドリルちんちん』だ!」
「うわ! かっこいいねアージュ! そうだね! ドリルみたいだね!」
「しかも硬いぞ! クラウス、触ってみろ」
「うわ、『きんたま』も小さく硬くなってる!」
「な、すげえだろ! それでな、これに魔法をかけてもらおうと思ってさ」
「魔法って?」
「土魔法に穴を掘るのがあっただろ?」
「あ、『掘削腕』の魔法だね!」
「そうそうそれそれ、それを『ちんちん』にかけてもらえれば、『掘削ちんちん』になるぞ!」
「でも、誰にそんな呪文をかけてもらうの? パパもママもお姉ちゃんも、絶対許してくれないよ」
「こういうのは、あのおっさんに決まっているだろ!」
「あ、そうだね」
「よし、時間がたつと元に戻っちゃうからな、このまま急ぐぞ!」
「うん、アージュ!」
ということで、2人はズボンとパンツを抱え、ちんちん丸出しのまま、お目当ての家に走ってゆく。
「麦わら帽子のおっさん、『ちんちんで穴を掘る魔法』をかけてくれ!」
アージュはノックもせずに訪れた家のドアを開け放つ。
すると、ローテーブルの横でごろ寝をしながら、何かの分厚い本を読んでいたおっさんが、全く動じずにアージュに目を向けた。
「ん? ちんちんに魔法をかけるのは年寄りのすることだぞ。第一お前らじゃ、穴を開けても、出すもんがまだ出ねえだろうが」
「ねえねえアージュ、『出すもん』って何だろ?」
「何だろ? まあ、このおっさんの言うことは時々むつかしくなるからな。そういうのは無視だ無視!」
ここは盗賊ギルド芸能ユニットリーダー『女王蜂』の家。
2人が訪ねたのは女王蜂のヒモ、ベルルデウスのところ。
「なあおっさん、つべこべ言わないで、このおれの『ドリルちんちん』に、『エクスカベイト』の魔法をかけてくれよ!」
ベルルデウスはアージュのちんちんに目をやる。そして鼻で笑う。
「それのどこがドリルだ小僧」
「え?」
アージュは自分のちんちんに視線を落とす。と、既にちんちんはドリル状態から元に戻ってしまっていた。
そこにマルゲリータが盗賊ギルドから家に帰ってきた。
「おや、いらっしゃい、アージュ、クラウス」
「あ、マルゲリータおばちゃん、こんちわ!」
「マルゲリータおばちゃん、こんにちはー!」
2人の元気のよいあいさつにマルゲリータは頬を緩める。
「2人とも元気があっていいねえ。で、今日はどうしたんだい?」
「おう、麦わら帽子のおっさんに、ちんちんで穴を掘る魔法をかけてもらいに来たんだ!」
とたんにマルゲリータの表情が厳しいものになる。そして目線はベルルデウスへ。その視線におののくベルルデウス。
「あんた、またアージュたちにろくでもないことを吹き込んだんじゃないだろうね」
「いや、今日は何もしていない。俺は無実だ」
「おばちゃん、おれの『ドリルちんちん』を見たかったか? 残念だったな! 今日は種切れだ!」
……。
「アージュ、クラウス、すまないけど、おじちゃんとおばちゃんはちょっと急用ができちゃったから、今日は帰っておくれ」
「おう! また来るぜ!」
「またね、おばちゃん、おじちゃん!」
「待てお前ら帰るな! というか帰らないでくれ!」
2人はそんなベルルデウスの懇願も無視し、自由の街道に駆けだしていく。
しばらくの後、彼らの背中にベルルデウスの悲鳴が響き渡った。
が、アージュとクラウスにとってはいつものこと。そんなもん、知ったこっちゃなかった。
パンツとズボンを履きながら、アージュとクラウスは実験結果を鑑みる。
「冷やすと小さくなるんだね」
「おう、そうだな。もしかしたらお前のねーちゃんも、毎日おっぱいを冷やしてるんじゃねーのか?」
「そうかもしれないね。お姉ちゃん、『竜戦乙女』の中で一番おっぱいがちいちゃいものね」
「今度ねーちゃんに聞いてみろよ!」
「うん、そうしてみる!」
翌日、クラウスは家の軒下に全裸で吊るされることになる。
「『ドリルちんちん』はまた今度だな。お、機械化竜がいるぜ!」
「なら、メベットちゃんもいるね」
「あのクソアマ、竜を操れるからって調子こいてるよな。ここは一発いじめてやらねえとな」
「やめようよアージュ。ばれたら逆さ吊りだよ!」
「ばれなきゃいいんだよ! おれ、かーちゃんの部屋からこれをぱくってきたんだ!」
そう言ってアージュは指輪をクラウスに見せた。それは『大魔道の指輪』
アージュとクラウスはメベットの姿を探す。広場にかーくんがいるなら、近くにメベットもいるはず。
「いたぜ! あのクソアマ! 相変わらず偉そうなスカートはいていやがんな! おいクラウス、これ貸してやるから、あれやったれ!」
「えー! あれやるの?」
「いいからやるんだよ!」
アージュの剣幕に押され、クラウスは大魔道の指輪を親指にひっかけると、メベットに向けて呪文を呟いた。
「『つむじ風』!」
すると、メベットの身体が小さな竜巻に包まれる。
「キャー!」
哀れメベットはスカートを風に巻き上げられ、周辺にいる子供たちや付き添いのおとーさん、おかーさんたちの前で、猫の刺繍入りおパンツさんを白日のもとに晒してしまう。
続けてクラウスから大魔道の指輪をむしり取ったアージュが自身に『拡声』の呪文を唱え、叫んだ。
「13歳で猫のパンツなんかはくかー! ばっかでー! ギャハハハハ!」
「うえーん! アージュのばかー!」
あまりの恥ずかしさにその場でメベットは座り込み、泣き出してしまう。その横でおろおろとしている機械化竜。
「アージュ、言いすぎだよ!」
「いいんだよ! あ、やべえ! かーくんがこっちに気付いたぞ! 逃げるぞクラウス!」
アージュとクラウスはその場から全力で逃げだした。
「腹減ったな」
「お腹すいたね」
「よし、フラウねーちゃんに飯を食わせてもらおう」
2人は百合の庭園に駆けていく。
「フラウねーちゃんいるかー!」
「あら、アージュ、クラウス。今日はどうしたの?」
「ねーちゃん、腹減った。何か食わしてくれ!」
「こんにちはフラウお姉ちゃん」
「あらあら、忙しいわね。何か食べたいものはあるかしら?」
「『豚女が作る豚ダルマ飯』を食いたい!」
……。
「もう一度言ってくれる?」
「『豚女が作る豚ダルマ飯』!」
一瞬フラウのこめかみが引きつった。
「アージュ! 前半分が余計だよ!」
「え、でも誰かがそう言っているのを聞いたぞ!」
フラウは思い出す。数年前のことを。ああ、あの時かと。
久しぶりの夜の部で、彼女がフラウを罵倒していた時に、不意に幼少のアージュが寝ぼけて部屋に紛れ込んできた時のことを。
「アージュ、前の半分を言わないなら作ってあげるけど……」
「わかったねーちゃん!『豚女』を食いたい!」
その表情にフラウはドキリとする。
「反対だよアージュ!」
「うお、間違えたぜ!『豚ダルマ飯』を食いたい!」
フラウは目の前の男の子2人のやり取りにため息をつくと、2人に隣の建物に回って客間で待っているように告げ、料理を始める。
「やっぱりうめえな、フラウねーちゃんの飯は!」
「うん、お姉ちゃんもそう言ってたよ!」
がっつく2人の少年に目を細めるフラウ。
「ねーちゃん、ごちそうさま! うまかった!」
「フラウお姉ちゃん、ごちそうさま!」
フラウお手製の『豚ダルマ飯』に満足した2人は、百合の庭園を飛び出していく。
それをフラウは笑顔で見送った。
「よし、ホモをからかいに行こうぜ!」
「やだよ怖いよ!」
「なんだクラウス、根性ねえな! うお!」
アージュは突然何か柔らかくて硬いものにぶつかった。
「ん? おや、アージュとクラウスか。相変わらず元気だな」
アージュがぶつかったのはレーヴェの尻。
「レーヴェねーちゃんの尻は硬いな! うちのかーちゃんとは大違いだ! クラウス、お前も撫でてみろ!」
「わかった! あ、本当だ! 硬いね!」
衆人環視の中、レーヴェは少年2人に尻を撫でられた。その光景に周辺のワーラン住民は凍りつく。
「よりによってレーヴェ様の尻に手を出すとは、あいつら終わったな……」
「おい、あのガキども死ぬぞ」
ところが当のレーヴェは、アージュが尻を撫でる感触を懐かしく受け入れていた。
そして少年たちに尻を撫でられる感触を十分に堪能した後、レーヴェは柔らかな笑みを浮かべながら2人をやさしく諭す。
「私の尻は鍛えてあるからな。お前たちも尻は硬くするのだぞ」
「わかったぜ、レーヴェねーちゃん!」
「頑張るね、レーヴェお姉ちゃん!」
再び駆けていく少年2人。
その後、レーヴェの尻に手を伸ばした勇敢な市民が1人、彼女に半殺しにされた。
「お、ライブハウスにパインバンブーが来てるぜ! 見に行こう!」
「パインバンブーってあんまり面白くないじゃん」
「わかってねえなあ! あの『空気が凍りつく感』が堪んねえんだよ!」
「ぼく、お金持ってないよ……」
「そんなん知るか! 強行突破だ!」
アージュは嫌がるクラウスの手を引き、ライブハウスの入り口に引きずってくる。
「金がないなら払わなきゃよし!」
アージュとクラウスは入場口カウンターの下に身をひそめる。
「よし! 今だ!」
カウンター嬢が目を離した隙に、2人は入口を駆け抜けようとする。が、支配人に見つかってしまう。
「なんだこのガキどもは?」
2人は体格のいい男に襟首を掴まれ、ぶら下げられてしまった。
「おっさん、離せ!」
「ごめんなさいごめんなさい!」
ガキの1人はぶら下げられても大威張り。もう1人は既にべそをかいている。と、そこに妙齢の猫獣人が通りかかる。
「お前ら、何をやってるにゃ?」
「あ、キャティねーちゃん! パインバンブーの公演に忍び込んだら捕まっちまったぜ!」
「お姉ちゃんごめんなさいごめんなさい!」
「何だお前ら、パインバンブーが好きなのかにゃ?」
「大好きだぜ! あの落ちない落ちは最高だぜ!」
「ごめんなさいごめんなさい!」
キャティは唸る。そう言えばアージュはよくわかっている奴だったと。
「なら、チケットはおごってやるから一緒に見るにゃ。カズオ、こいつら許してやってほしいにゃ」
支配人はやれやれとばかりに2人を床におろしてやった。
「畜生! やっぱりパインバンブーは最高だぜ!」
「お前はわかっている奴だにゃ!」
すっかり意気投合するキャティとアージュ。そして1人置いていかれるクラウス。
2人は公演を堪能し、1人はつまらない時間を浪費した。
「キャティねーちゃん、ありがとな!」
「今度から公演が見たかったら、先に私を訪ねるにゃ。いつでもおごってやるにゃ」
「わかったぜ!」
「ぼくはもういいかなあ……」
互いに文句を言いながらどこかに走って行く2人の姿を、キャティは昔の自分たちの姿に重ね、苦笑しながら見送った。
「よし! 次だ次!」
「アージュ、疲れちゃったよう!」
「甘えてんじゃねえ! とりあえず西の丘まで競走だ!」
こうして徐々に日が暮れていく。
「こんなところにいたのね」
「2人とも熟睡しちゃってるね」
遊び疲れて大いびきの2人のところに、人影が近づく。
アージュはそのうちの1人に抱きかかえられた。
眠気眼に映るのは、さらさらの金髪と、美しいエメラルド色のやさしい瞳。
懐かしい香りと柔らかなふくらみが、アージュの睡魔を加速させる。
金髪の乙女は、彼女の胸で熟睡している少年を苦労して抱えながら、黒髪の乙女と、背中の竜にやさしく語りかけた。
「いつのまにか、すっかり大きくなっちゃったわね。クレア、私はこの子をスカイキャッスルまで送ってくるわ。大地竜もお付き合いお願いね」
「うん。ボクもこのまま弟を実家に送ってくるよ。じゃあまた後でね、エリス」
エリスとクレアは、各々が持つ帰還の指輪に念を込める。
こうしてアージュ6歳、クラウス7歳の1日は今日も無事終了したのである。
運営から削除指示が出てしまったアージュとクラウスの活躍は、アルファポリスのサイトで引き続きお楽しみください。
https://www.alphapolis.co.jp/novel/433147132/883542024




