探りをいれましょう
ここは王城謁見控室。
先程はスカイキャッスル市街の惨状に頭に血が上ってしまったマルスフィールド公だが、ここに来てやっと落ち着いた。
「兄上が悪魔に魅了されているのであれば、儂の説得など意味は無いな」
「そんなことはありません。まずは真っ当な問いかけを王にぶつけてみるべきだと思います」
マルスフィールド公の言葉を引き受けたエリスは、続けて公、ワーランの宝石箱、勇者パーティの役割分担を皆に提案する。その深慮遠謀にマルスフィールド公と勇者グレイは改めてエリスをまじまじと見つめた。
その視線に気づいたエリスはすぐに逃げの一手を打つ。
「あ、今のは大地竜の提案ですから。私はらーちんに言われたことをお話ししているだけですぅ」
このエリスの言葉に「そりゃそうだよな」と納得したような表情の勇者に対し、エリスに懐疑的な表情を見せた公であったが、提案そのものは非常に合理的であるので、それを採用することにする。
「それじゃ私達の代表は今回はフラウに頼むわ」
「流れを考えると私でしょうね。任せてね、エリス」
ちなみに打ち合わせの間、相変わらずクレアとキャティはファンシーサイズの混沌竜とプリティサイズの氷雪竜を巻き込んで、テーブル上でフルーツの取り合いを行っており、レーヴェはエリスの横でエリスたちの打ち合わせを聞くふりをしながら、暴風竜と居眠りをこいていた。
そんな5人の少女と5柱の竜の姿に勇者と盗賊ギースは不安になり、魔術師マリオネッタはクスクスと笑い、公は完全に落ち着きを取り戻した。
「謁見に参上せよ」と、近衛兵がエリスたちの控室にやってきたのはそのすぐ後のこと。
一行はマルスフィールド公を先頭、次に勇者パーティ、最後に宝石箱の面々がそれぞれの竜を張り付けて謁見の間に足を踏み入れた。続けて最敬礼の姿勢を取る。
王座には相変わらずブラインドがかけられ、その両脇に男と女が一名ずつ立っている。女は見知った顔。それは元勇者パーティーメンバーだったピーチ。さらにそこから一歩下段に広報官が控えている。
「王よ、この度、謁見の機会を賜ったことを感謝する。が、儀礼は省き、率直に王に尋ねる。なぜ、王は『魔宴』を合法化したのだ?」
マルスフィールド公が叫ぶように王に投げかける。すると広報官がピーチに手招きされて近くに呼ばれた。そしてピーチは広報官に何やら耳打ちをする。すると広報官は苦虫を噛み潰したような表情で公たちに向かい、言い放った。
「王令に疑問なぞ不遜極まりないが、実の弟ゆえ一度だけ許してやる。そして質問にも答えてやろう。王令の目的は『経済の活性』と『王都民の強化』だ。理解せよ。これ以上の質問は認めぬ」
公たちは唖然とした。なぜならもう少しまともな回答が来るのではないかと淡い期待をしていたからである。正直この回答はむちゃくちゃだ。こじつけとしか思えない。が、今の広報官の台詞の通り、次の質問は禁じられてしまった。
公はやむなく膝をつき「御意」と答えるしかなかった。
次に勇者グレイが王に向かい、一歩前に踏み出した。するとそれに息を合わせたかのようにマルスフィールド公がすっと後ろに下がり、ちょうどエリスの斜め前にかがむような姿勢を取った。
勇者は王ではなく、広報官に問いかけた。
「広報官よ、私は先日後ろに控えるワーランの竜と竜戦乙女たちの力を試した。そこで提案だが、私に王宮守護竜と竜戦乙女の力も試させてもらうことは叶わないだろうか? スカイキャッスルの皆も竜の力を目の当たりにすれば安心するだろう」
その台詞の意味に気づいた広報官は一転して希望を持ったような表情となり、王からの伝令を待つ。広報官は瞬時に悟った。王にまとわりついているのが悪なのであれば、勇者はこれを切り捨てるつもりであるだろうと。
が、王からの伝言は期待を裏切るものであった。再び広報官は渋い表情で勇者に言葉を投げかける。
「勇者グレイよ、この竜と竜戦乙女は既に王の配下にある。ならば、なぜここでその力を見せねばならんのだ? なあ、そうは思わんか? 攻めの勇者、守りの竜、それでいいではないか。と王は仰せである」
「防衛力を他の勢力、特に魔王勢に示すことは重要なのではないですか?」
くいさがるグレイにピーチは顔をしかめながら広報官に続けて耳打ちをする。既に表情を失った広報官は事務的に声を発した。
「竜が王城に存在することが既に他への、特に魔王に対しての抑止力である。貴様の後ろに控えるワーランの娘たちと同様にな。ところで勇者よ、貴様にとって王の配下である王宮守護竜と、たかが貿易都市のひとつであるワーランで守護竜を名乗る後ろの者どもと、どちらがより味方として仕えるべき存在なのであろうな? 貴様は力はあるが知恵は少々足りない。せいぜい仲間の盗賊と魔術師から世間の常識を学ぶが良い」
この言葉に怒りのあまり震えだした勇者を慌てて魔術師が後ろから抱きしめ、「グレイさま、ここは我慢です。あくまでも作戦です」と、何とか落ち着かせる。
そんな勇者の様子をよそに、マルスフィールド公とエリスは小声で会話を行っていた。
「どうだ?」
「王と広報官は人間です。悪魔の憑依も見られません。ピーチと男は悪魔そのもの。男もヤバいですがピーチの姿をしている女はもっとヤバいですね。周りに控えている兵どもの中には悪魔に憑依されたものと、悪魔そのものがいますが、いずれもザコ。この場で彼らを退治しても状況に変化はないでしょう。ならば作戦その三で。と、大地竜は仰せです」と、エリスはさも大地竜が指示しているように託ける。実際には大地竜は悪魔の判別をしているだけで、作戦云々は全てエリス-エージが描いているものであるが。
エリスたちが描いた作戦は次の通り。
その一。王、竜戦乙女であるピーチのどちらかが悪魔に憑依されていれば、エリスの「分離の指輪」とクレアの「アイソレーション」で悪魔を強制的に分離し、悪魔退治と同時に王とピーチを保護、そこで正気に戻った王に王令を撤回させるというもの。
その二。広報官が悪魔に憑依されていた場合も同様に分離および悪魔退治を行い、広報官の伝令に作為的なものが含まれていなかったかを分析するために王令を一時停止。
その三。いずれかでもなかった場合。その場合は潜んでいる悪魔をできるかぎり探知し、今後各個撃破を図るというもの。
グレイの挑発が通用しなかった件については、グレイはともかく、マルスフィールドとエリスは王宮守護竜がグレイの挑発に乗ってくるわけがないと思っていたので、今の状態は公とエリスの冷静さを奪うにはまるで至らない。
「ならば切り上げ時だな」
「そうですね。最後に一芝居うっておきましょう。フラウ、頼むわ」
エリスの言葉に頷き、フラウが広報官に向けおみやげの一言を放つ。
「広報官さま、私の契約竜は以前そこにいらっしゃいますピーチさまに命を奪われかけた経験がございます。何卒新しい竜さまがそのような目にあわれませんよう、王宮守護竜さまにはご注意なされますよう、何卒お伝えくださいませ!」
撹乱には撹乱。フラウは嘘をついていない。が、その言葉はいくらでもどのようにでも解釈することができる。それは謁見の間に控える「人間」たちに届けた言葉。これで混乱が起きればしめたものだという宝石箱からの最後っ屁である。
当然どよめく場内。しかしピーチは先程からの流れで自ら彼らに声を発することができない。
「それでは王よ、貴重なお時間を賜ったこと、重ねてお礼申し上げる」
王弟であるマルスフィールド公は、周囲に見せつけるように慇懃無礼な態度で謁見の間を出て行った。その後に勇者パーティとワーランの宝石箱が続く。
場内に残されたのは騒然とした「人間」たちと、舌打ちをする「悪魔」たち、そして無反応な王であった。




