2番目の姉さま
王都スカイキャッスルはアルメリアン大陸の北方に位置しており、名産品も寒冷地独特の品物が多い。特に果物、干魚、蒸留酒に特長がある。周辺がいわゆる葡萄の名産地であるので、フルーツとしての葡萄、葡萄酒の原料となる葡萄などが多岐にわたって栽培されている。また、北の海では様々な魚類が豊富にとれるので、それらの保存技術も発達している。葡萄酒はそのまま、もしくは蒸留葡萄酒として愛飲されている。
さらにそれらを料理酒として使用した名物料理も揃っている。
「西の漁村で獲れるエビや一枚貝とあわせてみたいわ」と、フラウが楽しそうに試供酒の香りを楽しんでいる。
するとビゾンがフラウににこやかに答えた。
「葡萄酒はグリレのところで取り扱っておりますから、後ほどご紹介しますね」
「グリレ姉さまのところ?」
思わぬ名前にレーヴェがビゾンに繰り返す。するとビゾンが説明してくれた。
「ええ、グリレが嫁いだスチュアート家は、スカイキャッスル産葡萄酒の市場管理が主な担当なのですよ」
グリレとはレーヴェの2番目の姉。彼女はローレンベルク茶がまだフェルディナンドの手元にあった頃の、細々としたスカイキャッスルへの人脈を頼りにスチュアート家にお嫁に行ったのだった。
こうしてビゾンとメベットに一通り市場を案内してもらった一行は、お土産の目星を付けた後チャーフィー卿の屋敷に戻った。するとそこには既にチャーフィー卿とマルスフィールド公が帰宅していた。そしてもう2人。
「初めましてワーランの皆さま、王都の末席におりますスチュアートと申します」
「皆さま初めまして、そしてお久しゅうレーヴェ、私はスチュアートの妻、グリレと申します」
男性の方はほっそりしているが柔和な印象。女性の方はレーヴェの母、ルクスによく似たおっとりした印象だった。
「さあ皆さま、こちらにどうぞ」と、ビゾンがホスト宅の妻らしく皆を食堂に案内して行った。そして夕食会が始まる。
「しかし混沌竜さまのブレスには肝を冷やしましたな」
「2発目はもっと肝を冷やしたぞ。まさか勇者の奴が宮殿を砕いてしまうとはな」
「修繕費用の捻出指示が葡萄酒担当にも来ましたよ。頭が痛いですね」
チャーフィー卿、マルスフィールド公、スチュアート卿が笑い話のようにビゾンたちに城で起きた出来事を話して聞かせている。3人の話に驚き、笑い、顔をしかめるビゾンとグリレ。
一方メベットはちゃっかりとエリスとレーヴェの間に座り、スカイキャッスルのことをあれこれと説明している。
「お姉さま方は、いつまでこちらにいらっしゃいますか?」
「ああ、明日土産を買ったら戻るつもりだ」
「それならば明日も私に街を案内させてください!」と、メベットも楽しそうだ。
フラウは給仕長と料理について何か話しこんでおり、クレアとキャティはここでもフルーツの取り合いを開始していた。
「ところでスチュアートさまは葡萄酒と蒸留葡萄酒の市場をご担当なさっていると伺いましたが」と、エリスが切り出した。
実はワーランの観光化に伴い、街では酒の需要が増大していた。ウィートグレイスからの米酒がメインの蘇民屋はともかく、百合の庭園や自由の遊歩道で提供する葡萄酒や果実酒の類、男性街での需要が高い蒸留葡萄酒や蒸留果実酒などが不足気味となっている。また、フラウの話では、スカイキャッスルで販売されている酒は種類、価格帯とも豊富なので、ワーランの各店で扱い銘柄を変え、いろいろな店で様々な酒を楽しんでもらえるようにするなどの工夫も可能だという。
「ええ、葡萄酒がメインですが、スカイキャッスルおよび周辺で生産される酒類の市場は私が管理しておりますよ」と、スチュアート卿は笑顔で答えてくれた。
「それでは、ワーラン評議会からのご提案を聞いていただけますか?」と、エリスはマリアたちに託された話を始めた。
それは、スカイキャッスル-ワーラン間での貨物定期便についての提案。スカイキャッスルからワーランに酒類を運搬し、ワーランからスカイキャッスルにはシャワーやトイレなどの家具を運搬する。こうすれば馬車は往復とも貨物を抱えることになり、非常に効率的な運用を行うことができる。
「シャワーとトイレとは?」このスチュアート卿の疑問にはビゾンが自慢げに答えた。
「竜戦乙女の一員であられます漆黒の少女クレアさまが開発された画期的な施設ですよ。食事中ですがご案内いたしましょうか?」
話に興味を持ったスチュアート卿とグリレはビゾンの案内について行った。そしてしばらくの後に顔を紅潮させて戻ってきた。
「皆さんはあれをご存じだったのですか?」
スチュアート卿の声に皆がニヤニヤする。但しレーヴェだけはバツの悪そうな顔をしている。
「おお、我が城にもいくつか配備しておる。シャワーもトイレも快適じゃぞ!」
「ウィートグレイスの実家にもいくつか設置されたとクソジ……いや、フェルディナンド先公が仰っておりましたわ」
と、言葉を続けるマルスフィールド公とビゾン。
置いてきぼり感を味わったグリレは、その優しそうな瞳のまま、レーヴェに振り向いた。一方レーヴェはその身を硬直させている。
レーヴェは大量の汗をかきながらグリレに釈明した。
「すまんグリレ姉さま、忘れていたわけではないんだ。ただ、ちょっと、ほら……」
それを鼻で笑うグリレ。
「あなたはいつもそうでしたわね。肝心なところで肝心なことを忘れる。忘れられた者たちのことなど考えずに。さて皆さま、少々席を外させていただきますね、この愚かな妹に道理を教えてまいります」
「グリレ姉さま、今日はやめよう、な、皆もいるし」
そう懇願するレーヴェの耳をつかみ、席を立たせるグリレ。
「何だよお前ぼくのレーヴェちゃんに何すんだこのクソボケババアが!」と、すーちゃんがレーヴェの胸から顔を出してグリレを挑発した。しかしまったく動じないグリレ。
「あらあら、可愛い守護竜さまね。私はグリレ、レーヴェの実の姉です。それでは口のきき方をレーヴェとともに教えてさしあげますね。ビゾン姉さま、離れをお借りしますわよ」
こうしてレーヴェとすーちゃんはやさしい笑顔のグリレに引っ張られていった。予想外の状況に唖然としているエリスたち一行にビゾンが笑いをこらえながら説明する。
「グリレはレーヴェのお説教役だったのですよ。とにかく末妹はジジ……フェルディナンド爺さまと遊び歩いていましたから、時々ああして締めあげていたのです。あの笑顔ですと、相当怒り心頭でしょうから、1刻は戻ってこないでしょうね」
横でうんうんと頷くスチュアート卿。彼もやられているのだろうなと他の者たちは同情した。
「ちょっと横道にそれちゃいましたけど、いかがですかスチュアート卿。ご興味を持たれたのであれば、ワーラン商人ギルドからすぐに使者をお送りいたします」
「ええ、ぜひそうしてください。王都は古都であるため、下水道に関しては正直飽和状態なのです。あの仕組みであれば、汚物箱の回収洗浄業も立ち上げることができます。よろしくお願いします」
こうしてお使いも無事済ませたエリスたちは皆と談笑し、1刻後に清楚な表情で戻ってきたグリレ姉さまとげっそりとしたレーヴェ&すーちゃんを迎え入れ、その日を終えた。
さて、ここはスカイキャッスルの繁華街。ピーチたち三馬鹿は行きつけの店で楽しくクダを巻いていた。
「しっかし、何が竜戦乙女よ。自慢げに、ああむかつく」
「そういうなピーチ。また勇者がどこかでドラゴンを見つけてくるだろうさ」
「ピーチさん。竜戦乙女になっちゃったら私たちと遊べなくなりますよ」
「そのときは竜も人型にして4人で遊べばいいさ。竜は男かね、女かね。どちらでも楽しそうさね」
すると、その下品な会話に一人の男が興味を示した。男は高級な酒の瓶を持ち、三馬鹿の席に向かった。
「なかなか興味深いお話をされていますね、ぜひおごらせてください」
「まあ、いい男だねえ。どうぞどうぞ」
「いい酒だな。まあ座れや」
「歓迎しますよ」
そして続く竜談義。すると男がピーチの耳元で囁いた。
「もし、今この街にフリーの竜がいるとしたらどうします?」
高級な酒で気持ちよくなっているピーチは豪快に答える。
「ああ、すぐにでもあたしが契約してやるよ。契約すれば竜も強くなるんだろ」
「実はね、俺、フリーの竜なんです」
その言葉に酔いが冷めるピーチ。ダムズとクリフは既に出来上がっており、店の女性たちにちょっかいを出して遊んでいる。
「正体を見せてもらえるかい?」
「いいですよ」
ピーチは2人にビンタを張り、目を覚まさせると店を出た。そして男の後をついていく。
4人は人通りのない空き地に出た。そしてそこで男が宣言する。
「それでは私の姿をお見せします。よろしければ契約をお願いしますね」
そして男は姿を変えた。
そこに現れたのは漆黒の巨大な馬。いや、頭は竜そのものであり、翼も生えている。
「我は夜馬竜 ピーチどの、我をナイトメアドラゴンと名付け、くちづけをせよ」
ふらふらと吸い寄せられるように竜に近づくピーチ。そして「ナイトメアドラゴン」とつぶやいて竜にくちづけをした。同時にピーチの意識が何者かに支配される。
「おい、ピーチ、どうした!」
異変に気付いたダムズとクリフはピーチに駆け寄ろうとしたが、何者かに羽交い絞めにされる。そして何かが身体に染み込んでくるような不快感を覚えた。
翌早朝、馬型の竜を従えたピーチたちが王城を訪れた。
「我は竜戦乙女のピーチ。スカイキャッスルの守護竜をお連れした」
ピーチを勇者パーティと知る衛兵はすぐに城内に守護竜現るとの一報を入れた。そして王の指示は「内密に引き入れよ」
ピーチたちは最小限の者にしか知られずに、王城に通された。




