おかまちゃんとめいっこちゃん
昨晩緊急ふろくを投稿していますので、読んでいない方はまずそちらからお読みください。
エリスは悩んでいた。そして後悔していた。なぜ俺はプラムさんの悩みなど聞いてしまったのだろうと。
お茶で日向ぼっこ状態の大地竜の横で、エリスは腕を組んだまま硬直してしまった。
エリスたちはブティック経営者プラムを「女主人」だと思い込んでいた、が、それは間違いであった。真実は「おかま主人」。
おかま主人プラムさんの悩みとは次の通り。
元々マイナージャンルであったガチホモとファッショナブルゲイとおかまちゃんは、それぞれけん制しあいながらもそれなりに共存してきた。ちなみにガチレズはエリスたちによる百合の庭園という一大施設を抱えている、いわゆる一強の存在。
しかしその後、紳士街が整備されたことにより、それぞれの力関係が変わってしまった。というのは、ガチホモは蘇民屋、ファッショナブルゲイはマーキュリーズバーという拠点を持ったことにより、おかまちゃんの居場所がなくなってしまったこと。もとより新生ご主人様の隠れ家におかまちゃんたちの居場所はない。
ここで厄介なのが、ガチホモとファッショナブルゲイは各々同類で固まっているのに対し、いわゆる「おかま」と呼ばれる趣味人たちの性癖は非常に多岐にわたるということ。女装癖や男装癖など、自己愛の世界で生きるもの。いわゆる「性同一障害」で、「男性として女性を愛したい女」とか、「女性として男性を愛したい男」など。
これでは単なる一店舗に閉じ込めるという訳にもいかない。
そんなエリスの姿に、プラムは申し訳なさそうにつぶやく。「エリスお嬢さま、そんなに気になさらないでください」
……。
気になさらない?
お?
おお!
「やばい、ちょっと思いついちゃったかも。プラムさん、ちょっとお時間くださいね」
こうしてエリスーエージは、らーちんのお茶が冷めるのを待ちながら、アイデアを頭にめぐらしていく。
何やら考えながら、時折見せる口元を歪めるエリスの表情は、とても8歳のものとは思えない真っ黒さであり、アイフルやプラムを十分にびびらせるものであった。
さてこちらは城砦都市マルスフィールド。
「貴様ら! 護衛もまともにできんのか!」
マルスフィールド公が血管ブチ切れ。そして彼の血管をぶっちぎったのは勇者ご一行さま。
公の血管がぶちきれた理由は、王都スカイキャッスルから「竜戦乙女の判定材料」として派遣された貴族の娘とその両親が悪魔どもに襲われたこと。
そのご一家とは、王都直属貴族のチャーフィー卿と妻のビゾン、そして一人娘のメベットの3名。
チャーフィー卿は元々はある貴族の傍系であったが、彼はその才能と手腕を王都で発揮し、そしてそれを堅実な妻が支えた。こうして一廉の地位を得た夫婦は、今回の竜騒動でも王家に忠誠を誓った。それは一粒種の少なくとも「乙女」である娘とともに「竜戦乙女の資質」を調査すること。夫は自身の機動力で成果を挙げられるとの自信があった。妻は竜と竜戦乙女の噂が自身の出身地近くであることが有利だと判断した。そして妻のもう一つの自信は、父がウィートグレイス領主を拝命に王都を訪れた時に聞いた、末妹の放蕩っぷり。少なくともあのクソジジイ似の末妹は今回の件に関係しているだろうという予感。
チャーフィー卿たちの誤算は、彼らに面会に来た勇者一行が、まさか彼らを置いて先に城塞都市に魔法で飛んでいってしまうとは思っていなかったこと。チャーフィー卿は、勇者たちが同行してくれるだろうと思い込み、護衛の人数を最小限に調整してしまった。ところがいざ出発の段階で勇者一行は笑顔とともに魔法で消えた。今から護衛を募集しようにも時間がない。ということで見切り発車で城塞都市に向かったところを見事に悪魔に襲われた。
「マルスフィールド公、我らがお忙しい勇者さまたちを当てにしたのが間違いだったのです、どうかお怒りをお収めください」と、イヤミのようにあえて公の怒りに火を注ぐような言い回しをするチャーフィー卿。その言葉で一層マルスフィールド公は勇者たちに対しぶち切れる。
「勇者殿、そしてご一行殿、すまんがワーランへの同行は無用。今すぐ王都に帰られよ!」
「それは困りますマルスフィールド公、われらもワーランの宝石箱たちから情報を得たいのです!」
慌てたグレイの言葉に公は辛辣な言葉を重ねる。
「貴様らのような無能どもに、あの賢い娘たちが重要な情報をしゃべると思うか! 貴様らは南の僻地探索でもしていろ!」
こうして勇者一行は、ワーラン同行禁止を命じられる。実はこれ、勇者グレイと盗賊ギースにとっては非常にありがたい措置。というのは、三馬鹿のダムズ、ピーチ、クリフをワーランに連れて行かないでいける口実ができたから。
「くっ、やむを得ない。我らはマルスフィールド公に従います」
グレイは久しぶりに、嬉しさに心のなかで舌を出しながら、公の前で悔しそうに跪いてみせた。主にその姿を三馬鹿に見せつけるように。
勇者一行が城から退出した後、マルスフィールド公はチャーフィー卿から悪魔に襲われた事件の顛末を確認した。
追ってくる悪魔、騎馬上で防戦する卿と護衛たち、馬車に匿われたビゾン夫人とメベット。卿自身がもうだめだと思った時に、突如空に現れた群青の存在。その存在が耳をつんざくような轟音とともに雷撃を悪魔どもに落とし、その直後に馬車の横に碧い剣士が現れた。
剣士は馬車にまとわりつく悪魔どもを瞬時に切り刻み、卿らに後方の悪魔に止めを刺すように叫んだ。言われるがまま、チャーフィー卿を先頭に悪魔に戦いを挑んだ護衛たちは、何かにとり憑かれているかのようにぴくりともしない悪魔どもに、たやすく止めを刺していった。その最中、再び舞い上がる群青の竜と剣士。
「正直驚きました」
チャーフィー卿はマルスフィールド公にため息をつきながら当時を説明し終える。
それを聞いたマルスフィールド卿もため息をつきながら、チャーフィー卿の幸運を告げる。
「それは多分ワーラン第二の守護竜である暴風竜、剣士はその竜戦乙女である碧の麗人でしょう」
そこに我慢できずに割って入ったチャーフィー卿の夫人。
「その剣士の名はレーヴェではございませんか?」
突然名前を出してくる夫人を訝しむマルスフィールド公。すると夫人は勢い良く続けた。
「私は旧姓ローレンベルク、現ウィートグレイス領主の長女。あの剣士がレーヴェであれば、私はあの剣士の姉でございます!」
これには改めてびっくりした公。
「なんと、奥方はローレンベルク家ご出身か。間違いない。彼女はレオパルド公の娘であり、フェルディナンド先公の孫であるレーヴェ。今はワーランの宝石箱の一翼として、そしてかの街を守護する暴風竜の竜戦乙女として君臨する碧の麗人その人だ!」
ここまでで一番驚いたのがチャーフィー卿。ウィートグレイスの田舎娘に一目惚れして、周りが止めるのも聞かずにそのままプロポーズ。彼女の意思は二の次で、田舎貴族は娘を彼に差し出した。ところが彼女は結婚後、ふてくされずに堅実に彼を支えた。チャーフィー卿が王都スカイキャッスルの表舞台に立てたのは正直ビゾンがいてくれたお陰。そしたらさらに先日ビゾンの父がウィートグレイス領主に任命されてしまった。これは都市太守として王都の上級貴族に並ぶ地位。傍系貴族の彼が妻の協力で出世できたと思ったら、いきなり思わぬ後ろ盾までできてしまった、そしてここに来て妻の末妹がワーランの宝石箱であり、竜戦乙女だと来たもんだ。なんというあげまん。
彼は落ち着くため、しばらく自分の頭を冷やすことにした。
一方、ここまでの話をすべて聞いていた6歳にしては聡い娘もパニックとなっていた。「あの騎士さまが私のおばさまだったなんて!」と天にも昇る気持ちの可愛らしい少女。そしてつい我慢できなくなって口を出してしまう。
「マルスフィールドさま、父さま、母さま、私はおばさまに会いとうございます。そして先日のお礼をお伝えしとうございます」
その健気な表情に目を細めるマルスフィールド公。
「よし、どうせなら皆で行こう。王都への説明も我自らが行おう」
こうして、マルスフィールド公とチャーフィー卿一家は、翌朝早く、これ以上ないほどの護衛を引き連れて城塞都市を出発した。




