巨大鳥
それは突然のことだった。
まだ皆が目覚めはじめている早朝にそれは起きた。
突如陶芸都市セラミクスの上空を飛ぶ大きな影。その影は、セラミクスの街中で何かを確認し、満足したかのように都市の上空を旋回した後、東の方向に戻っていった。
使用人たちの悲鳴によって飛び起きた勇者グレイと盗賊ギースの2人は、着の身着のままの姿で悲鳴が上がった方向に駆けつける。
「どうしましたか?」
すると使用人の女性が左手で口を押さえ、震えながら右手で空を指さした。その先には飛び去っていく巨大な鳥のような影が示されている。
「君、あの姿を見たのか?」
ギースが女性の両肩をぽんぽんと叩き、落ちるかせるようにしながら尋ねると、彼女は信じられないといった様相でギースたちに説明する。あれは真紅の巨大な鳥だったと。
「竜ではなくて、鳥だったんだな?」
重ねて質問するギースに頷く使用人。
「とにかく、あの鳥が飛び去った方向に探索を進めよう」
グレイの言葉に、ギースも頷いた。
ここは陶芸都市セラミクスの領主宅。勇者一行は賓客として領主に迎えられた。
そして今日から竜の情報を集めようとした矢先に出現した巨大な鳥。
「鳥じゃあ関係ねえだろ」と、短絡的なダムズ。
「変なのに巻き込まれるのはゴメンだよ」と、早いとこ竜戦乙女の座に収まって、王都で楽をしたいピーチ。
「鳥が飛んできただけでしょ。我々は竜を探しましょうよ」と、事態の重さをまるでわかっていないクリフ。
そんな3人の様子に肩を落とすグレイとギース。するとそこに領主が現れた。
「勇者さま、先ほどの鳥こそが、この都市に伝わる竜伝説じゃ! 真紅の存在、間違いない!」
その言葉を受け、グレイは3馬鹿の方を向いて宣言した。
「鳥なのか竜なのかわからないが、とにかく鳥が飛び去っていった方向に向かうぞ!」
「それでは勇者さまが巨大な鳥、すなわち伝説に伝わる竜を調査しに行くと民に伝えてもよろしいか?」
「ええ、構いませんよ」
こうして、町の中央に大きな看板が設置され、今朝突然現れた巨大な鳥の調査を勇者一行が行うので、住民は安心するようにとの掲示がなされた。
一方エリスの宿。
「あれは竜だよエリスちん」
大地竜のらーちんが、早朝に突然現れた巨大な鳥から、竜の気配が感じられたとエリスに伝える。するとレーヴェが早朝の散歩から帰ってきた。そして掲示板と、その内容についてエリスに報告する。
エリス-エージは考える。
勇者たちに先行して竜を探しに行くべきか。それとも勇者の後を追うか。
「勇者たちだけでしたら、もしその鳥が竜だとしても、契約する術がございませんよね」
「ただ、勇者が竜を倒してしまう恐れはあるよ」
フラウとクレアがそれぞれの考えをエリスに伝える。
「ここは少し様子見ね」
エリスたちは一旦朝食を兼ねて街に出てみることにする。
「エリス、なにか人だかりができているぞ」
レーヴェが指さした先には、例の看板が立てられており、そこで兵士長らしき男が演説を行っていた。
「今朝の巨大鳥来襲について、現在守備隊を編成中である。それまでは勇者さまに街を守護していただき、守備隊が整った明日以降、勇者さまは巨大鳥の討伐に向かわれる。皆よ、安心するが良い」
「よし決まり」
エリスは皆を集め、作戦を説明する。
まず今日は夕方まで全員で東の方向で竜の捜索を行う。これで発見できれば問題なし。もし発見できなかった時は一旦宿に戻り、エリスが領主の城内に潜入。勇者たちの行動計画を確認する。もし竜戦乙女の候補が勇者たちと同行するようであれば、翌日も勇者たちと出会う危険を犯してでも竜探しを続行。竜戦乙女候補が同行しないのであれば、勇者たちを尾行するものとする。
頷く全員。
「それでは探索に行きましょう!」
エリスたちは一旦馬車で街から出ると、ひと目のつかないところまで移動。そこから暴風竜すーちゃんの飛翔と大地竜らーちんの竜感知によって竜の探索を行った。
「成果なしか。仕方ないわね」
夕刻近くまでエリスたちは探索を行ったが成果なし。彼女たちは一旦街に戻ることにする。
「それでは行ってくるわね」
深淵の革装束に着替えたエリスは、いつものようにレーヴェと諜報のピアスとカチューシャで連絡を取れるようにする。
「エリスちん、1人で大丈夫か?」
「大丈夫よ、これが私の本職だから。らーちん」
エリスを心配するらーちんの頭をひとなでしてから、エリスは闇に消えていった。
「レーヴェ、聞こえる?」
「ああエリス、大丈夫だ」
現在エリスは領主の城内に潜入中。レーヴェたちは万一に備え、城外で待機している。
城内の影から影へと移動しながら聞き耳を立てるエリス。そして彼女は一際大きな声が聞こえる場所を確認。その屋根裏に移動する。そこは城主が賓客をもてなす場。現在は領主と守備隊隊長、グレイたち5人が夕食を摂りながら、翌日以降の打ち合わせを行っていた。
「まずは私たちは早馬で東端まで向かってみます。途中で目撃情報があればそれに従いますが、なければとにかく東へ向かいます」
非常にシンプルなグレイの作戦。シンプルというか、考えなしというか……。
「また、対象が竜であれば、契約を試みます。それが成功すれば、我々は竜を引き連れ一旦王城に戻ります。失敗もしくは対象が竜でない場合は征伐を試みます。これでよろしいでしょうか?」
作戦に穴があるような気がして仕方がない領主だが、他に方法もないので頷くしか無い。
ギースもやみくもに東に向かうのはどうかとも思ったが、1日くらいはやってみるべきかと、グレイに従う。
3馬鹿はついてくるだけなので問題なし。
こうして食事会は終了した。
賓客室に移動する勇者一行。エリスはそれを尾行する。すると部屋でピーチがグレイに言い放った。
「もし竜との契約が成立したら、私は王都に常駐しなければならないからね、わかってるね?」
それにグレイは答える。
「もしピーチが竜戦乙女となったら、王が放っておかないよ。我々はパーティーを一旦解散、ピーチは王宮戦乙女に任命されるのは間違いないだろう」
ここで皮算用を始めるダムズとピーチ。パーティの中途解散違約金50億リルと王宮戦乙女の地位を秤にかける。そこはどう考えても王宮戦乙女の勝ち。
「そうね、そうなったら残念だけどパーティは解散ね。私は王宮でグレイを応援することにするわ」
すでに竜戦乙女になったつもりのピーチと、そのヒモでいられると脳天気に信じているダムズ。常におこぼれ狙いのクリフはニヤニヤしながら納得した。この間、エリスが笑いを堪えるのに必死だったのは内緒のことである。
一行は一旦宿に引き返した。
エリスの話に他の4人も大爆笑。まさかあのピーチが竜戦乙女狙いだったとは。
試しに竜戦乙女の3人が竜3匹に尋ねる。
「ねえらーちん、竜は非処女と契約することってありうるの?」
「ありえないよエリスちん」
「非処女に無理やり名付けとくちづけされたらどうなるんだ? すーちゃん?」
「ぼくなら鼻から生体エネルギーだね。考えただけでも恐ろしいよレーヴェちゃん」
「無理やりくちづけして契約できるものなのかにゃ? あーにゃん」
「資格持ちなら、わいらみたいに極稀には契約できちゃうこともあるんじゃないかい? キャティにゃん」
ということで、エリスたちは勇者を尾行し、彼らが竜を発見するのを待つ。発見後は様子見。状況に応じて手を打つことにする。
「それでは明日は一日、勇者を尾行します」
エリスたちの作戦は次の通り。
まず、キュートサイズのすーちゃんが超高度から気取られないように勇者をマークする。そしてすーちゃんとシェアサイトを保ったレーヴェが皆に勇者一行の動向を伝え、それを元に一行は勇者たちを追う。
こうして移動を開始した勇者とエリスたち。
そして数刻後、勇者一行は巨大な鳥と出会うことになる。




