9話:参加資格4
勉強会の合間に計画を立て、俺たちは魔物討伐に出かけた。
予定どおりエドガーが声をかけることで傭兵を雇い、護衛にする。
そうして向かった場所は、王都と街道で繋がる河川。
ゲームだと石橋の形をしたクエストのためのオブジェクトがあった。
実際に見れば、同じような石橋が川に架けられているのが見える。
俺たちは石橋の見える範囲に馬を繋いで、魔物討伐の準備を始めた。
その間に傭兵であり、ゲームにも登場した隊長のロイエが、銀髪を揺らして近づいて来る。
「この周辺に生息するのは魚型の魔物だ。それの腹の中に魔石がある。今回は一人一匹を討伐目標にする。魔石に関してはこちらで倒した魔物から得た分はそちらで買い取りとなる」
確認するロイエは、全く好感なんてもんなさそうな無表情。
ゲームでもクールキャラだったが、もう少しフレンドリーなイメージだったんだがな。
あれはゲーム主人公たちだったからってことか?
それでも、きちんと世話するつもりで指示と計画を立ててくれてるのはありがたい。
「三人で一匹を確実に仕留めるように。一番あり得るのは、逃げられることだ。必ず陸に追い詰めてから囲め」
ここに出てくるのはゲームでも魚の魔物だった。
けどこういう所は現実で、ゲームでは逃走なんてコマンドなかったけど、こっちだと普通に水の中に逃げるらしい。
俺たちに淡々と語るロイエは、ゲームの中でも傭兵を率いて、争いに飲み込まれる国々を移動する強者だった。
勇者と聖女、そしてデフォルトメンバーとなる他二人の少年少女を相手に、こうして説明役をやることもあったもんだ。
きっと隊長という立場もあって、面倒見はいい人物なのだろう。
「魔物の魚は、網なんかで捕まえて一網打尽にはできないのか?」
エドガーが身もふたもないことを言い出した。
それにロイエは笑いもせず応じる。
「魚を捕らえる道具では噛み千切られる。鎖を網にして放り込んでも、引き上げるには相当な人数がいる」
「つまり、一匹ずつ釣り上げて捕まえるんですか? でも釣り糸もちぎられるのかな?」
ユリウスは魔物をまず陸に上げる方法が想像がつかず、首を傾げた。
「覗き込んで誘って、食いついて水面から飛びかかって来たのを狙う」
「え!?」
ロイエの返答に、俺は思わず声を上げる。
ユリウスもエドガーも、声は出さなかったが同じように驚きの顔をしていた。
聞けば、魔物なので人間が安易に覗き込めば、水底から食いついて来る危険な魚らしい。
常時駆除対象として依頼はあるが、常時であるため依頼料も安く人気はないんだとか。
「まぁ、確かに駆除依頼も出てたから、ついでにとは思ったが。そんな事情があったのか」
「言われてみればけっこう穏やかな流れなのに、小舟の一つもないな」
駆除目的もあったことを言う俺に、エドガーも河川の様子に乾いた笑いを漏らす。
静かに見える川を見据えて、ユリウスは強く拳を握った。
「だったら、頑張って魔物を倒そう」
そんな善意に満ちた決意に、ロイエも口の端を上げる。
その上で、ゲームどおり金に厳しい傭兵らしさも発揮した。
「こちらは、払ってもらえるのならいくらでも獲物を仕留めよう」
「それなら、魔石の基本的な価格と、魔物丸ごとを素材として引き取るにあたっての買取価格はこれでいいか確認してほしい」
俺がエドガーと相談して決めた価格表を出すと、ロイエは目を瞠る。
すると周囲の傭兵たちが呵々大笑し始めた。
「こりゃ、ケントニス商会の仲立ちするだけはある気前の良さだ!」
「金払いのいい依頼主は隊長も大好きさ! 腕が鳴るぜ!」
どうやら料金表として金を払う姿勢を見せたのが良かったらしい。
前世の釣りの記憶で、魚の体長でランク付けして価格を示したんだが、それとは別に魔物の心臓にできる魔石という結晶体にも価格を示した。
つまり傭兵たちが魚の魔物を倒した際には、体長と魔石の大きさを総合した値段で買い取る。
ユリウスは困惑した様子で、エドガーに顔を寄せた。
「何がそんなに面白かったの?」
「こんなの用意してわざわざ見せるローレンが、値切るとかちょろまかすとか金の出し渋りがない育ちの良さ丸出しだから」
「雇って働いてもらうなら、それは普通のことなんじゃないの?」
「あ、うん。俺が汚い商人でした。ごめん忘れて。そんな純粋な目で見ないで」
なんか勝手にエドガーがダメージ受けてる。
けど俺も言われてから気づいた。
これ、貴族のやり方じゃねぇわ。
どころか商人でもない。
つまり笑われたのは、なんだこいつってことで、珍獣扱いだった。
けど、価格表囲んで賑やかにしてる傭兵たちの様子から、別に問題ないらしい。
「…………やる気を上げるには良かったんじゃないか」
「どうも」
ロイエからフォローなのかそんなことを言われる。
まぁ、あんまり賢いやり方ではないよな。
ケントニス商会っていう仲立ちがあるにしても、手の内晒すようなもんだ。
相手にちっちゃ、つけ込まれる危険もあったんだろう。
で、無駄にユリウスの純粋さにやられてたエドガーが復活した。
「それじゃまず、慣れてない俺たちに手本見せてくれ。最初に仕留めた者には追加で銀貨十枚だ!」
途端に野太い声があがる。
いい酒が飲めるとか言ってるから、酒代に消えること決定なようだ。
けどそんなのでも嬉々としてやる気を出してくれるらしい。
そもそもが学生のお守りという、あまり良くない依頼だ。
しかもケントニス商会っていう、商売相手から押しつけられた形での仕事。
面倒がられてもしょうがないところを、金があるならと乗ってくれるだけましだろう。
「ふ、人の使い方がわかってるな。商会で働き出す頃、まだ私が傭兵をしていたら、声をかけてくれ」
「専属契約なら考慮するよ」
「それはまた別の話だな」
何やらエドガーとロイエが商談っぽいことしてる。
「笑ってるけど、なんか、怖い?」
「しぃ、あれは見ない振りすべきだ」
興味を持つユリウスを止め、俺は手本を見せようとする傭兵たちを見るよう促す。
すると、ロイエがいきなり持っていた槍を投げた。
瞬間、水面から飛び出した魚の魔物が、脳天を貫かれて落ちる。
遅れて起こるのは傭兵たちの嘆きの声だ。
酒代を楽しみにしていた傭兵たちは、ロイエに第一功をかっさらわれていた。
「…………次、俺が銀貨十枚出すんで、もっと俺たちにも参考になる討伐見せてもらえませんか?」
俺が言うと、ユリウスとエドガーも頷く。
途端に集まる傭兵たちからの非難の視線に、ロイエもさすがに顔を背けた。
大人げなかったと思ったんだろう。
そのまま水面から突き立つ槍と、その先に刺さった魔物を回収しに向かった。
周囲の傭兵たちも、魔物が近寄らないように、あえて水面を叩いて追い払うことをしてブーブーと気安く文句を向ける。
そういう功をかっさらうような、遊び心を出すのはゲームでも同じだった。
国が滅びるような魔王の暗躍による戦争なんて題材だったけど、それでもゲームとして何処か軽妙さがあったストーリー。
その中で、ロイエとその傭兵隊は、行く先々で戦意を鈍らせずに走り回っていた。
「狙って…………、頭を…………、せい!」
魔物討伐という名の魚獲りの結果、やっぱり勇者がポテンシャルを見せつけた。
ロイエのように空中では無理だけど、水面から飛び出す寸前の魔物の頭を、槍で一撃する妙技を習得してる。
「俺ら、二人でも一匹逃がすのに」
「そういうよそ見してるから逃げられるんだよ」
ぼやくエドガーに、俺は肩を叩いて集中を促す。
まず水面からとびかかるように誘導して、陸に上がるように避ける必要があった。
その後は飛び跳ねて噛みつこうと襲ってくるのをさらに避けながら、とどめを刺すために攻撃を繰り返す。
うん、武器防具のための素材周回思い出す単調さだ。
けど傭兵たちが合間に教えてくれたし、今も何かあったら守れるようスタンバってくれてるお蔭で、俺たちは無傷で魔物討伐をやれてる。
「そっちと合わせてちょうど百になったが、まだやるか?」
不意に声をかけて来たロイエが、討伐数を教えてくれた。
確実に売れるってことで、傭兵たちが相当頑張って獲りまくったようだ。
こっちとしては予想以上の出費。
だからこそロイエも、切り上げ時だと声をかけてくれたらしい。
「では、ちょうどいいので。…………これなら、もうちょっと大きな相手でも良かったな」
「この国を離れるまでに、もう一度くらいならつき合おう」
どうやら傭兵が言うように、ロイエも金払いがいい依頼主が好きらしい。
その上で、最初よりも口の端が上がってるのは気のせいではないようだった。
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