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7話:参加資格2

 狩猟大会への参加資格を得るためには準備がいる。

 それを理由に、俺は外交官をしてるエミール伯父さんを訪ねた。


「よく来たね、ローレンツ。狩猟大会に参加するんだって?」

「勇者と知遇を得まして。ゲシュヴェツァー伯爵家のエドガーも乗り気になったので、三人で不得意を補い合えば可能と判断しました」

「確か課外で予定にない魔物が出たけど、撃退したとか?」


 エミール伯父さんは狙いどおりに話に乗ってくれる。


「勇者の紋章は、伝説どおりだったと思っていいのかな?」

「邪悪を打ち払う、なんて劇的なことはありませんよ。ただ、最近剣術や魔法を習いだしたというには、俺よりもずっと才能を感じさせる腕でした」

「十二歳で紋章が確認されたが、田舎だったせいで、一年もその存在が報告されずに放置されたそうだ。しかも捜索が始まったのも、聖女の預言で勇者の紋章が表れたと言われたため。十四歳で見出された後は、一年でなんとか読み書きを教えたんだとか」

「え、たった一年?」


 思わぬ情報に目を瞠ると、エミール伯父さんも笑って頷いた。


「国王陛下からつけられた家庭教師たちは、最初は揃って無知蒙昧な田舎者と邪険にしたらしい。農夫を相手にしなければいけないことを嘆いていたが、一年経つとこれ以上の生徒はいない、学院に入れるよりも手元に置きたいと国王陛下に訴える者たちがいたそうだよ」


 教師役の掌返しはすごいが、それだけのポテンシャルをユリウスが発揮したんだろう。


「どうやらただの噂じゃないようだね」

「そうですね。授業を受ける様子を見る限り、一年前まで読み書きができなかったとは思えません。それに、剣を振る様子もさまになっていました」

「光の神より紋章を与えられるだけのことはあるということかな」


 エミール伯父さんは貴族の顔で考える様子を見せる。

 そこには損得を計り、他家がどう動くかを見据える冷たさがあった。

 だからこそ俺は切り込んだ。


「その勇者に阿ろうという学生は多く、その中でとある令嬢が勇者に恥をかかされたということへの意趣返しに、魔物を嗾けたらしいと、勇者本人から聞いています」

「あぁ、それ。本人はどういう状況で窓を割ったと言っていたのかな? 当事者以外にはあまり出回らないんだ」


 それはそうだろう。

 伯父さんも、窓が割られた状況は洗いだしただけ調べたんだろう。

 そうなると、情報もらってばかりでは身内でもこの伯父は評価を下げる。

 だからエドガーとユリウスに言われたまま、教えることにした。

 薬を盛られて家に持ち帰られ、寝室で服を脱がされそうになったところを、窓を割って逃げたと。


「つまり、準備万端寝台で待っていた令嬢を置き去りにした? ふふ、とんだ恥さらしだ」


 何かに納得したように、頷きながら笑う顔には侮蔑の色もある。


「あの家は平民を下に見るついでに、自らも限り高く見積もる悪癖がある。だから当主からして、勇者を害したことで国王陛下に叱られるのを不当だと言いまわっている」


 エミール伯父さんが言うとおりなら、詳しいことを喧伝しそうなものだけど、実際ユリウスが何をして令嬢に恥をかかせたかなんて言ってないんだろう。

 その実態は、娘の淫蕩さを喧伝するに等しい行いなんだから、言えるわけがない。

 もう政略結婚にも使えない娘を切って、大人しくしたほうがましだから、不満は言っても報復には出ないってところだろう。


「それで、ローレンツは何が聞きたくて来たんだい?」


 話に乗ってくれたエミール伯父さんには、ばれてたようだ。

 ここは甥として甘えさせてもらうことにしよう。

 正直、この伯父は父上よりも俺に甘い。

 けど、実の妹である義母さえ気をつけろと言う人なので、聞くこと聞いたら狩猟大会参加資格の準備を盾に帰るつもりだ。

 社交の餌にされるのは避けたいからな。


「状況的に拙過ぎるので、令嬢の独断だと思うのですが、それであるなら、どうやって魔物を手に入れあの場に運んだのかが疑問でした。しかも魔物は迷わず勇者を狙っている」

「勇者を狙った? それは間違いないかい? 報告では勇者が自ら相対したと聞いているよ」

「結果的にはそうです。でも、俺たちは横一列に並んで進んでいました。逃げる者たちを追わずに、前に出た勇者を狙ったんです。真っ直ぐに」

「ふむ、現れたのは黒いベア。野生ではない、可能性か」


 考えるエミール伯父さんを邪魔せず、考えがまとまるのを待つ。

 するとエミール伯父さんが情報をくれた。


「令嬢の家のほうは無関係を通している。その上で、令嬢自らが求めて、魔物を得たという証言をした。正直、考えなしのお嬢さまが結果も予想できずに起こした癇癪。だが、それを利用して、魔物を融通するなんてことをした者は確かに存在する」

「その魔物を融通した者に関しては捜査中、ということでしょうか?」

「そうだね。だから私のほうにも、国外から流れて来た者の中に、そのような悪事を行う輩はいないかと問い合わせがあったんだが…………」


 外交官だからこそ、国外の人員に当たって情報を集めることもする伯父。

 少なくとも、国内でそんな商売をする不届き者で目ぼしい者はいなかったんだろう。


 エミール伯父さんは俺を見て、貴族の顔で言った。


「ローレンツは、勇者が狙われる可能性について危惧しているのはわかった。そして今後行動を共にするなら同じことがあると考えたわけだ」

「はい、可能性を考慮し、安全策を取ろうと考えました」

「と言っても紋章とその才能以外はただの農民。これと言って狙われる要素なんてない。紋章持ちが魔物に襲われやすいなんてことも聞かないしね」


 エミール伯父さんが言うとおり、ゲームの設定が有効なら、光の神の紋章があれば、魔物の獣性は抑えられるというものがある。

 つまるところ魔物の弱体化だ。

 そんな相手に近づくとも思えないし、魔物を寄せるのは光の紋章とは逆の性質だ。

 光の神は理性を、闇の神は獣性をつかさどる。

 そういうゲームの設定は、周辺の宗教に由来してた。


 そして設定上の話ではあるんだが、魔物を操る存在はゲームにいる。

 それは魔王の配下となって、国々を荒らす密命を帯びて暗躍する魔人。

 ゲームでも魔人は、魔物を従えて勇者たちに襲い掛かったり、魔物だけを使って襲わせたりしていた。

 だから魔物を操れる奴がいれば魔人の可能性もあるかと思ったんだが、まだ捜査中、か。


「ローレンツの杞憂で終われば良し。勇者の紋章も五百年前の混乱期の散逸した文献しか残ってない。もし本当に勇者として魔物と戦うことを光の神に宿命づけられていたとしたら、対処が必要になる」

「つまり、俺が見張れと?」

「もちろん、ドナトスには言っておいてくれ。ローレンツが危険を冒す必要はないと言われれば家長に従うように」


 その時には、エミール伯父さんのほうから可能性だけは上に報告すると言われた。

 で、そうなると、たぶん勇者には国王側からの見張りが派遣されるんだとか。


 話は終わり、俺は伯爵家に帰ってまず父上に報告しようと考えた。

 すると玄関ホールに壮年の騎士が立っている。

 額に向こう傷の厳つい顔で、俺を見ると相好を崩した。

 我が家の騎士団の団長を務めるゾンケンだ。


「お帰りなさいませ、ローレンさま! 本日はこちらに宿泊させていただく予定です!」

「相変わらず元気そうで何よりだ、ゾンケン」


 鎧を着て武器を振り回すことのできる分厚い体から、張っているわけでもないのによく響く声が飛び出す。

 その一歩後ろで、俺よりも上だが若い騎士が頭を下げた。


「メイベルトも王都に来たのか。今回は何人くらい騎士団が来たんだ?」

「お久しぶりです、坊ちゃん。領地のほうの魔物討伐もひと段落ついたので、今回は四十人ほどで」


 歳が近く、騎士の従者から初め、従騎士を経て今年騎士になるまでを見てきた相手。


 騎士団は、本家と王都の屋敷に分散しつつ、報告や必要に応じての護衛を担う。

 その上で田舎の領地から、この王都という都会に羽を伸ばす意味もある移動だ。


「遅ればせながら、入学おめでとうございます。ご不便されておいでではないか?」

「妙なのに絡まれたら言ってください。威嚇もやり方で効果あるんで」

「おいおい、勘弁してくれ。俺だってもうよちよち歩きの子供じゃないんだ」


 騎士たちに心配され、俺は辟易する。

 幼少の頃の事件のせいで、我が家の騎士団は俺に対して過保護だ。

 父上は家長として距離があるし、義母上は叔母という血縁とは言え、実の母ではない遠慮がある。

 そんな微妙な俺の幼少期を見ていた分、ゾンケンが一番過保護で、その部下も染められてしまうんだ。


「では時間のある時には、その成長ぶりを見せていただこう」

「騎士団の訓練に参加される時には、直前でもひと声お願いします」


 ゾンケンとメイベルトに言われて別れ、俺はそのまま父の書斎へ向かった。


 狩猟大会参加資格を目指すことや、エミール伯父さんに言われた勇者に関しての懸案を伝える。


「…………勇者に魔物を誘引する可能性があるとわかっていて、参加資格取得のための実技実績を、共に修める気なのだな?」

「学生だけで行くつもりはありませんし、家の騎士団やその物資を浪費するつもりもありません。自ら資金を出し合い護衛を雇うつもりです」

「すでに段取りも決めている上で、安全策を講じているならいい。だが、狩猟大会に参加するとなれば、騎士団を連れていくように」


 狩猟大会は王族が主催して、貴族のお歴々が顔を合わせる場。

 学生参加でも、家名で見栄張るために騎士団必須か。

 そこら辺の権力闘争は好きにしてくれ。


「今年は第五王子殿下も参加のご予定だ」


 父上がそんな情報をくれる。

 一つ上で入学式で挨拶してた人だな。


 ふと疑問が湧いて、執務室の扉を閉めてから、俺は呟きを漏らした。


「王子、五人もいるんだよな? なんで脱出した王族の生き残りが一人だけなんだ?」


 ゲームで落ちる城から脱出できたのは、王女一人だけ。

 この数年で五人もいる王子が全て死に絶えるなんて、想像できない惨事だった。


毎日更新(一週間)

次回:参加資格3

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