14話:狩猟大会4
学生が集まる場所に戻って、俺は早々にイジドラ嬢と別れた。
まだ話したそうにしてたのは、男として悪い気はしない。
だが、それ以上に顔が引き攣りそうなほどの緊張と息苦しさが、どうしようもないんだ。
俺は班わけをされた学生の元へ向かった。
そこには課外授業で見た覚えはあれど、名を知らない同級生と上級生がいる。
「あ、ローレンは隣の班なんだね」
「ユリウス、ちゃんと班員とのコミュニケーションを取れ」
「…………ローレンは、大丈夫なの?」
たぶんポロ大会の時、エドガーが初対面にはとか言ったからだ。
あれはご令嬢限定なんだよ。
あそこにはエドガーの気遣いでご夫人しかいなかったけど、それでも同年代のご令嬢でもおかしくない年齢の夫人がいたからちょっと固くなっただけなんだ。
「他人の心配するより、自分の心配をしろ。狩猟官がいる王室御料林と言っても、また想定外の魔物が出るかもしれないぞ」
「狩猟官? 御料林?」
貴族の生活すら慣れてないユリウスには、聞き慣れない単語だったようだ。
「わかりやすく言えば、王室の狩猟地と、獲物の頭数を管理する森番」
それくらいなら地方領主でも持ってるから、ユリウスは納得して自分の班に意識を向けた。
俺もコミュニケーションに集中しようと向き直ると、上級生が声をかけてくる。
「生まれ育ちというのは難儀だな」
「学ぶのが、学生の本分ですので」
俺は表情を動かさずに、素っ気なく応じた。
上級生が侮りであれ、ただの感想であれ、同意する気はない。
確かにユリウスの境遇は難儀だ。
それは前世がある俺も身に染みてることなんだが、貴族の子供として育てられたからには、下手なこと言って後から問題にされることもわかるくらいには、教育と経験をさせられてる。
知らない相手ってことは味方ではない。
だったら、勇者を悪く言っただとか、知らん上級生に媚びただとか言われないように言葉は選ぶ。
本当難儀で面倒だよ、貴族って。
「君は今年の新入生の中でも前に出るようだが、班のリーダーには私が指名されている」
「経験者であるなら頼もしい限りです。依存はありません」
様子見だったらしく、上級生は俺が班長決めに口を出さないと言えばそれ以上絡まない。
で、班長として働かないなんてこともなく、きちんと説明役を買って出た。
ここが青田買いの場だってことは重々承知の上で、リーダーシップを発揮するんだろう。
班にわかれた学生は、格貴族のところへ派遣されるそうだ。
そこで手伝いって形になるが、どう使うかは貴族ごとに委ねられるとか。
「狩猟結果の記録を申しつけられたり、猟犬の世話をやらされたり。勢子をやらされたという者もいた。…………ただご当主の隣で話し相手ということもあったな」
ちょっと上級生が遠い目をするけど、聞いた俺以外も遠い目をしてる。
あんまりだろ。
勢子ってつまり歩き回って獲物追い出す下っ端の仕事だ。
しかもこれは魔物を追い出す軍事演習。
そんなところに学生放り込む奴もいるのかと思えば、何もさせないという奴もいると。
「ちなみに話し相手になってたのは女子だ」
上級生がさらにげんなりする事実を教えてくれた。
ちなみに俺の班員は全員男だ。
うん、楽な狩猟大会のお手伝いは無理なんだな。
勢子に比べれば、記録係や犬の世話くらいの雑用は安全だ。
ただし、本当に雑用で狩猟大会に参加したなんて言えるだけの成果なんて手に入らない位置。
本当の当たりは、ほどほどに狩猟にも参加させてくれる貴族なんだろう。
「午前と午後に別れて移動する。午前のお世話になる方が昼食を共にされるだろう。午後のお世話になる方は、宴の席を世話してくださる予定だ」
あえてそんなことを言うのは、班長の上級生も思惑があってこそ。
そしてここにいるのは学生でも優秀な者たちで、言われなくてもわかる。
午前はほどほどに、午後に良い顔をして、酒も入る席で上手く取り入るよう調整しろってことだ。
「班での行動はそれぞれがお互いを助けることになる。宴の時までは仲間で争うことはするな」
それとなく結束を呼びかけつつ、我慢の期限も設ける。
助け合わないと体力がなくなるような相手に当たることもあるんだぞと脅しも含み、かな。
経験からの話を聞きつつ、俺はそっとユリウスを窺った。
「さすが…………」
コミュ強の勇者はいちいち邪魔するなよと言われる俺と違って、班員からあれこれと話を投げかけられてるようだ。
学院の同級生と違って、先を考えて成績を残すという努力をした者の集まりだ。
変に絡むことはなく、王家の後ろ盾という勇者の立場と紋章による攻撃力も理解の上でフレンドリーに接してるらしい。
もう一人のコミュ強エドガーは、と。
うん、心配するまでもなくノリ良く話してる様子が見えた。
ただあいつは戦闘力がおぼつかないんだよな。
上級生が言うような勢子にするなんてとんでもない所に送り込まれなきゃいいけど。
「最初は小さな獲物。そこから大物を囲んでいくはずだ。騎士団の動きを阻害することは決してするな。それに連絡の声や音を邪魔することも嫌われる」
上級生はけっこうまともに情報共有をしてくれた。
経験から、足引っ張られるよりもって話なんだろうな。
そして教師側から割り振られた貴族の元へ移動が始まった。
途中、エドガーの班が近くを歩くことになると、友人は当たり前の顔で声をかけてきた。
「けっこう大型の魔物いるらしいんだよなぁ。不安だぁ」
「ロイエの腕を信じないのか?」
エドガーの弱気に笑えば、護衛として雇われた傭兵たちはお行儀よくついて来てる。
参加する学生は、家から俺のように騎士団を貸し出されてる者もいれば、エドガーのように傭兵を雇う者もいた。
ユリウスのように一人で参加する者はいるけど、単騎で戦力扱いな紋章持ちの勇者は特殊例だろう。
「こっちに向かってきたら、倒してしまっても構わんのだろう?」
雇い主のエドガーの側にいたロイエが、俺の軽口に応じてそんなことを言う。
「いや、そこは騎士とか貴族とかに譲って。それで覚えめでたくしてくれれば、うちの商会からもいい顔される」
せっかくかっこつけたのに、エドガーが商売人出しやがった。
ただそこは現金なロイエも乗って、騎士に譲ったらいくら出すかなんて話になってる。
けっこう気が合うな、この二人。
そうして、配属された貴族のところでは、狩猟のための移動を手伝わされた。
一緒に移動させられて、荷物運びの手伝いや、馬の世話っていう雑用を命じられて、忙しく立ち働く形になる。
ただ相手側も貴族子弟ってことわかってるから、やらせる範囲は本当の雑用じゃなく、騎士の従者がやる程度のもの。
実際の従者たちもいるから、さらにそのお手伝いって感じだ。
「兎に狐、牡鹿も出たそうだ。これなら昼食時でも機嫌よく振る舞ってくれるかもしれない」
狩猟大会が始まり、命じられるまま動いてると、上級生がどこかから情報を仕入れて来た。
曰く、いい獲物が獲れたなら、昼食の時でも友人知人の貴族を呼んで自慢すると。
そこでも将来の縁故を作ることができるそうだ。
そのためには牡鹿を狩るという、その最高の瞬間を目にして話題にしないといけない。
そうして他の班員が意識を逸らす。
すると今まで邪魔にならないよう大人しくしてたゾンケンが、俺に声をかけた。
「ローレンさま、ただいまロイエとかいう傭兵から報せの者が参りました」
「報せ? 何があった?」
「は、渡りをしてこの時期いないはずの魔物がいると。また、ゲシュヴェツァー伯爵子息より、他の貴族たちも多く獲物を得ており、多すぎるとのことです」
エドガーに何かあったのかと思ったが、どうやら違うらしい。
そのエドガーが異変を感じて、ロイエの観点と自分の観点を俺にわざわざ知らせた。
たぶん初参加なのにエドガーが多すぎると知ってるのは、狩猟大会後に出る毛皮の流通から数を知ってるせいだ。
その判断は大きく外れてはいないだろう。
ここで出た牡鹿も良い獲物として珍しいはずだが、他でも出ているのか?
「狩猟官がこの日のために集めた、ということはないのか?」
「どうでしょう。魔物の動きを今日に合わせて操るなど、容易には成せませんな」
ゾンケンが言うとおり、魔物は野生動物よりも攻撃的で、兎型の魔物ヘアでも怯えず人間に襲いかかってくる。
ゲームでは魔物集めて襲わせるっていう敵がいたから、ついできる前提で話してしまった。
俺は常識外れた言葉の言い訳を探して、意味もなく後方を見る。
すると集まっていた家々は狩猟のために散開し、ひしめくようだった騎士団がいなくなった場所が空いていた。
そしてそんな見通しの良い中に、銀色に輝く甲冑が囲む本営がよく見える。
「いっそ、孤立してるような…………」
ぽつんと残された本営に、思わずそんな感想が漏れた。
そこに近づく何者かがあり、ゾンケンがすぐさま剣を抜く。
だが現れたのは自分の班員と、別の場所に配置されたはずのユリウス。
しかも真剣な表情をした様子に、俺は異変があったことを察せずにはいられなかった。
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