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13話:狩猟大会3

 ヤディスゾーン大公の元から戻ろうとしたところで、騎士団長のゾンケンに小さく注意された。


「前を」


 嫌すぎて背が丸まりそうになってたようだ。

 それを指摘されて、俺は前を向いて背筋を正す。

 まだ周囲の目があるから、伯爵家の者として笑われることはできない。


 愛想笑いだけは収めて周囲に目を配ると、狩猟大会のために集められた騎士たちがいる。

 腹の底が冷えるような気持ちを押し込め、さらに様子を窺った。

 すると、俺と同じように挨拶に来ただろう制服の運動着が見える。

 同時に向こうの学生も、俺の存在に気づいた。


「これはズィゲンシュタイン伯爵家の。こちらにいらっしゃったのか」


 女子生徒が二人、俺を知ってるらしく近寄って来る。

 だがヤバい、俺はこの二人の名前がわからない。

 いや、顔は俺も覚えがあるぞ。

 この間の課外の時にいた二人だ。

 片方は見るからに騎士っぽい実力がありそうだと目を止めもした、金髪の女子生徒。


 その女子生徒に従う形でもう一人いるから、主従関係はわかる。

 その上で、その他に連れてる騎士団の紋章から家名だけはわかった。


「マハトヴァーサ公爵令嬢におかれましては…………」

「いや、同じ学生だ。どうかかしこまらないでほしい。イジドラと呼んでくれ。私もローレンツどのと呼ばせていただく」


 これは罠か?

 高貴なご令嬢に無礼な呼びかけした弁えのない奴って、後から叱られないか?

 いや、同じヤディスゾーン大公に挨拶に来てるなら敵対はしないよな?

 うち伯爵家だし、公爵家と事を構えるような馬鹿するわけもないし。

 そもそもマハトヴァーサ公爵家は、今の王妃輩出してる家じゃねぇか。

 ちんけな嫌がらせなんてしないにしても、そんなところのお姫さまに、なんで覚えられたんだ俺?


 本気で学生同士親しくしようっていう友好的な態度かもしれないが、ここは独自の判断じゃなく、父上に確認だな。

 下手なことは言わないのが吉だ。


「いかようにでもお呼びください。本日は共に先達の勤める姿に大いに学びましょう」

「その、私はローレンツどのにこそ学びたいのだ。先日の課外授業でのベアへの対処。その勇敢ながら冷静な指示には感服した」


 あれか、あれで俺を覚えたわけか。

 確かにベアに向かおうとしてたわ、このお姫さま。


 とは言え俺が限界だ。

 ここは逃げを打たせてもらおう。


「過分なお言葉、ありがたく。ただ、今は…………」


 それとなく、ヤディスゾーン大公が待つ先に目を向けてみせた。

 それだけでイジドラ嬢は、相手を待たせてることを思い出してくれる。


「すまない、引き留めてしまった」

「いえ、私のことはお気になさらず」


 できればそのまま忘れてくれ。

 って言っても、通じないんだろうな。


 女従者っぽいイジドラ嬢の連れは、会釈だけしてくれた。

 公爵令嬢に付き従って同じ学生してるなら、公爵家に近い上流のご令嬢だろうに。

 まぁ、俺も会釈を返して足を動かす。

 急ぎ足にならないように気をつけつつ、迅速にヤディスゾーン大公の天幕から離れることにした。


「ふぅ…………」

「大丈夫ですかな、ローレンさま?」

「坊ちゃん、汗かいてますよ。ちょっと休みますか?」


 ゾンケンとメイベルトが、周囲の目が切れたと見てすぐに声をかけて来た。

 他の付き添いの騎士たちも心配そうに俺の様子を見てる。

 幼少から顔合わせてる奴らとは言え、正直情けない。


 こんなだから、騎士に襲われて以来騎士嫌いになった俺に、家の騎士団が過保護になるんだろうなぁ。


「いや、休むにしても所定の位置に戻ってからでいい。大丈夫だ」


 手を振って見せると、そのまま無駄口は叩かず俺を休ませるために足を動かす。

 俺がトラウマあるせいで、挙動不審になるのを心配してくれてるのはありがたいんだよな。


 俺は、五歳の頃に騎士に襲われて以来、騎士が苦手だ。

 そしてさらに実は、令嬢も、苦手だった。

 ひどい時には体中が強張って一歩も動けなくなるんだよ。

 これも前世を思い出す前に作ってしまったトラウマで、今は苦手とか嫌いって程度に収まってるけど。


「なかなかに清げなご令嬢でしたが」


 ゾンケンは心配を前面にだして、イジドラ嬢を褒めるが、あれでも駄目かって内心の声が聞こえる。

 メイベルトも副音声聞こえたようで、ゾンケンに首を振って見せた。


「団長、どう見ても女騎士目指していらしたでしょう。つまるところ、騎士と令嬢の合わせ技ですって」


 たぶん、イジドラ嬢にだいぶ失礼だ。

 だが、俺としてもダブルパンチな気分だから否定できない。


「むぅ、甲高い声で泣き騒ぐ令嬢が駄目なのだと。落ち着きがあるならばと思ったのだがなぁ」

「それはそうでしょうけど、別の苦手が合わさってるんですって」


 ゾンケンが言うように、俺がトラウマになったのは泣き騒いでこっちを非難してくる令嬢が由来だ。

 騎士に襲われた後もあって、幼心にひどく傷つき、トラウマになってしまった。

 ただ前世を思い出せば、そうして感情を爆発させた令嬢にも同情する。

 何せ婚約者が突然死んでしまったと思ったら、次の婚約をしろなんて親に連れて来られたんだ。

 承諾もなく次の婚約を用意されたら、俺みたいなガキがいた上に、婚約者が死んだ事件の関係者という…………。


 あれは全面的に、婚約を焦った相手方の父親が悪い。

 あと、そんな顔合わせを受けてしまった父上が悪い。

 もしかしたら、普段慎重な父上も、あの時はショックで判断間違ったのかもしれないけど。


「ローレンさま、少々お待ちを」


 さっきまでとは違うトーンで止めてくるゾンケンに従って足を止める。

 メイベルトも辺りを見回して言った。


「お疲れでしょうが、ちょいと遠回りのほうがいいかもしれません」


 何かと思ったら、どうやら進む先で揉める様子がある。


「…………なんか、役人が絡まれてる?」


 狩猟大会と言っても、王家の催しだ。

 公式行事だから、お仕着せのローブを着た役人が働いていておかしくない。


 けどそれを、参加者らしい貴族が捕まえて絡んでる。


「この私の雄姿を見るこの機会を逃す手はないのだぞ」

「いえ、私にも仕事がありますので、どうかご容赦を」

「そんな大したことのない仕事よりも、偉大なる我が騎士団の働きこそ刮目せよ」

「そのようなことをおっしゃられましても、仕事ですので果たさねばならぬのです」


 漏れ聞こえる声から、どうやら捕まえてる貴族のほうが、一緒に狩猟大会を見物しろと強要してるらしい。

 だが役人は仕事をしたいんだと、引け腰ながら訴えている。


「あれは…………グロルンレヒト小王の旗、か。厄介なのに掴まったもんだな」


 俺が呟くとゾンケンが盛大に顔を顰めた。


「回っていきましょう。口だけは大物の小物に時間を取られるほど馬鹿なことはない」

「こら」


 周囲には色んな家の人間がいる。

 下手なこと言って父上の耳に入ると、迷惑になったことにゾンケンが落ち込むことになるぞ。


 ただ、言いたいこともわかる。

 絡んでる相手は小王と号する程度には地位あるが、自由都市一つ持ってるだけの小物。

 その特権と、始まりが王家に由来するため小王と美号を持つ。


「あぁ、他が避けて動き出したので、俺たちはまだ少し待ったほうが良さそうですね」


 メイベルトが言うとおり、面倒だと迂回して動く人々がいた。

 俺たちのように知り合いへ挨拶しに行く一団が細々と動いてるのせいで、下手に動けなくなったらしい。


 何処も一度は王権を持っていた家だからと、今の凋落から目を逸らして権勢もないのに振るおうとする面倒な相手には近づかない。

 それで言えば捕まった役人も哀れなもんだ。


「あ、まだおいでだったか、ローレンツどの」


 しまった、悠長にしてたらさっさと切り上げたらしいイジドラ嬢がきた。


「いったい、あぁ…………。グロルンレヒト小王の叔父君か。それに、アイフェルト卿? 懇意にしているとは知らなかったな」


 王家に近いイジドラ嬢は、役人も知った相手のようで、控える女従者の生徒に目を向ける。


「推察しますに、王弟殿下と近しいアイフェルト卿の仕事の妨害かと」

「そうか…………。む、離れられたようだ。良かった」


 女従者はけっこう言っちゃうタイプか?

 かつての王族が、今の王族と反目してるのは暗黙の了解で、他言無用だと思ってたんだけどな。

 少なくとも、王家に近いヤディスゾーン大公の派閥だと、口にすることも嫌がる感じだ。

 となると、大公の下じゃなく、対等の相手の身内としてあいさつに行ったのかもな。


「ローレンツどの、共に戻ろう」

「…………えぇ、では」


 お供しますと言うべきか迷いつつ、俺は仕方なくイジドラ嬢と連れ立ち目を逸らす。

 すると、これから始まるってのに会場を去るアイフェルトの後ろ姿が目についた。


投稿の不手際による調整投稿

明日更新

次回:狩猟大会4

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