11話:狩猟大会1
勉強会の結果は、初夏の学力試験で現れた。
そして魔物討伐はロイエの傭兵隊に手伝ってもらって、怪我もなく済んでる。
社交もポロ大会に出たら、そこからの評価で手頃な懇談会に呼ばれて参加できた。
それらの結果が出そろうと、廊下の掲示板には、狩猟大会参加資格者の名前が掲示される。
「お、お、おぉ! うわ、本当に俺の名前がある!」
エドガーが拳を握りしめて、喜びに震えた。
俺はその横で胸を撫で下ろす。
「試験結果だけは先にわかってたが、他も評価をもらえて良かったな」
「うん、でも、なんか、いまいち実感わかないなぁ」
貴族の中での価値観を知らず戸惑うユリウスに、エドガーは熱弁した。
「いや、これ本当に自慢できるって。生まれでだいたい立ち位置決まっちゃうけど、これはちゃんと実力示さないと許可出ないやつだから」
エドガーが言うとおり、貴族社会は生まれた家の格や血筋でだいたい未来が決まる。
身分制だから他はもっとそうで、農村に生まれた農民だし、街に生まれたら町民だ。
知識層の家に生まれないと文字も覚えられないし、騎士の家に生まれないと雑兵以外にはなれない。
それで言えばユリウスは農民で、紋章がなければ農民以外になれないはずだった。
その上で勇者という他にいない立場に押し上げられ、一年勉強したとは聞いたが、もしかしたらまだ本人の自認は農民なのかもしれない。
「ユリウス、この間のポロ大会どうだった?」
「え、すごいいっぱい人いて、すごく楽しかった」
「あれの大規模で、もっとお堅い集まりだと思え。その上で俺たちは参加者じゃなく、参加者のおまけだ」
言ってしまえば狩猟大会もスポーツのようなもの。
ただし、野球やサッカー観戦に似た雰囲気のポロ大会と違って、オリンピックや国の名前を冠した大会のようなものだ。
規模も格式も違う。
俺は賑わう掲示板の前から、ユリウスを誘って離れる。
エドガーは知り合いに声をかけられて大いに騒いでいた。
「詰め込むのも悪いと思って後回しにしてたが、簡単に狩猟大会について話すぞ」
「あ、うん。そう言えば狩りをするくらいしか知らないや」
ユリウスは抜けてると言うか、なんというかおおらかな性格だ。
ゲームでも勇者はおおらかに仲間の話を聞いて、仲裁に回ることをしてた。
リーダーではあったけど、引っ張っていくよりも仲間の意見を聞いて取りまとめるような立ち位置だった気がする。
そんな穏やかな強さが、ゲーム主人公だ。
けど今のユリウスは年相応の幼さと経験の少なさが目につく。
このユリウスがゲームの勇者のような強さを手に入れるには、この国が滅ぶ必要があるんだろう。
喪失に追い立てられて、必要に迫られて。
あまり想像したくない成長の仕方だが、ストーリーとしてはヒロイックだ。
「…………狩猟の対象は魔物だ。それと同時に狩猟大会は軍事演習の趣もある」
「軍事、演習。なんかそう聞くと、途端にすごいことって気がしてきた」
「まぁ、そんなところに学生身分で参加が許されるんだ。エドガーが言うように自慢して褒められることだな」
「その割に、ローレンは嬉しそうじゃないね?」
「いや、参加言い出した手前、良かったって気持ちが半分。あと、当日に向けて今から準備に追われることを考えて緊張してるのが半分だな」
「あ、そ、そうだよね。準備もいるんだ。また買い物?」
討伐のためにやったことを思い出したらしいユリウスだが、そんな話じゃないんだな、これが。
「まず、狩猟大会は軍事演習って言ったのは、この国の総帥をしている王弟殿下が主宰されるところも大きい。この方は軍事を担う王族で、狩猟大会はそうした王族が主催するのが慣例だ」
「王弟殿下、王弟殿下…………えっと、金髪で」
「王族は大抵金髪だな」
「あ、目、目が青い」
「王族は青か緑の目だな」
ユリウスが思い出すようにひねり出すんだが、対象者の幅が狭まらないな。
王族の庇護下でたぶん顔合わせくらいはしてるんだろうが、農民だったユリウスがいきなりで覚えられるものでもないんだろう。
そもそも生活ががらりと変わって、他人に集中する余裕があるようにも思えない。
「俺も遠目に見たことある程度だからな。もし何かあるなら、今回の参加は聞こえてるはずだ。普段から言葉を交わすような関係じゃないなら、向こうから声をかけられるまで気にしなくていい」
逆に主催者が王族だから、ユリウスにとっては味方だ。
そっちは警戒する必要はない。
「問題は、狩猟大会は王侯貴族の集まりってところだ。ポロ大会にはそれなりに知識層もいた。けど狩猟大会は確実に貴族以上な上に、貴族の中でも上位の家だ。正規の参加者で身分の制限がないのは学生だけになる」
「つ、つまり、お城みたいな感じ?」
「あぁ、そうかもな。城も貴族だからって勝手に出入りできない。それこそ家門の高さが必要だ。今回主な線引きは、精強な騎士団を抱えてること、かな」
スポーツ大会のようなとは言え、魔物を狩る場だ。
そのために各家は自らの騎士団を擁して参加する。
しかも王族の騎士と並べるんだ。
相応に見栄えを気にするし、その腕前を王族の前で誇るという趣旨もある。
つまり、騎士団の実力とそれを維持できる財力が、最低限の参加要項になるだろう。
「多分相当ギラギラしてる」
「ギラギラ…………」
俺の適当な言葉をユリウスが唾を呑んで繰り返した。
ただこいつは王城に上がって雰囲気掴んでる分、俺より緊張しないかもしれない。
俺は貴族の家に生まれただけだから、そんなところ行ったことがないんだ。
ユリウスは近衛兵や王家の騎士を見たことはあるだろうから、ギラギラに思い当たる節もあったのかもしれない。
「そう言えば、ローレンは家の騎士連れて行くのか?」
「エドガー、もう自慢はいいのか?」
声をかけられてみれば、エドガーは普段整えてる髪がぐちゃぐちゃになってる。
乱暴な祝われ方をしたようだ。
それでも満足げに胸を張った。
「俺の学力じゃ無理だとか言ってた奴らの鼻を明かせたからな。ローレンの言うとおり、俺でもやればできるもんなんだな」
「確かに、俺もローレンのお蔭で成績が上がったし、エドガーのお蔭で社交を楽しむってこともわかったよ」
嬉しそうに頷くユリウスから、俺は話を戻すことにした。
「うちは参加狙うって言った時から、父に決まったら騎士団を連れて行けと言われてたからな。エドガーはどうなんだ?」
「うちなんて参加資格得られるかわからないって、一週間前に騎士団は兄貴と姉貴の護衛で半分商談に連れてかれて。もう半分も親の用事あるからってな」
エドガーも伯爵家で騎士くらいは養っている。
けど小分けにして派遣した結果、狩猟大会に引き連れていけるほどの数が残ってない。
「だから、ロイエたちに参加決まったら雇われてくれるよう先に金払っておいた」
「おいおい、傭兵でいいのか? 規定で傭兵に関する禁止事項はなかった気はするが」
ユリウスにも言ったとおり、家の見栄を見せつける場なのに。
騎士も用意できずに傭兵を雇ったなんて蔭口の種にされるんじゃないか?
「そこは学生だからな。兄貴の代に傭兵連れて参加した学生がいたらしい。魔物相手に慣れてて、けっこうな獲物狩ったとかで話題になったって」
「そうか、同じように受け入れられるだけの手配は自分でしろよ」
騎士は矜持を優先する理想主義な集団だ。
金で主人を変える傭兵を蛇蝎の如く嫌う者もいる。
うちのゾンケンはそこまでじゃないが、俺が傭兵を頼ったことに関しては、忠誠を軽んじられたような不満を漏らした。
かつての傭兵が騎士に睨まれず手柄を挙げられたのは、雇った側の学生が上手くやったんだろう。
俺の忠告にエドガーもわかってるようで頷くと、ユリウスに目を向けた。
「あ、そうだ。お前にお祝い言いたいって子たちがこっち見てたぞ。ローレンと話してるから声かけられないって平民の学生が」
「行ってやれよ、ユリウス。面倒なの寄って来たらこっちに逃げてくればいい」
「じゃあ、お言葉に甘えて」
言われて知った顔を見つけたらしいユリウスは、笑顔で離れていく。
するとエドガーがふざけるように俺の肩を引き寄せてきた。
「で、お前は大丈夫なのかよ?」
「何が?」
「…………狩猟大会なんて騎士団いくつもいるようなところに行って」
今聞くかよ、なんて思うのは、友人の気遣いを無下にするようなもんか。
「昔みたいに泣き叫んで気絶するようなことはないさ」
「それでもお前、真っ青になるだろ」
「いつの話だよ。今はちょっと顔が強張る程度だ」
正直に答えたら溜め息吐かれた。
だが、前世を思い出せなかった時の、恐怖のあまりに気絶するよりましだろ。
俺は幼い頃に騎士に襲われ、そして人殺しを見た。
そのせいで今も、騎士が苦手だ。
平気だと言えるのは、叫んで気絶されても心配しまくって過保護になってる家の騎士くらい。
狩猟大会参加なんて、必要とは言えトラウマ掘り返すようなもんだった。
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