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1話:ゲーム転生1

 俺、ローレンツは伯爵家の次男として生まれた。

 幼少期に事件に見舞われたことから、前世を思い出したのは十年くらい前。


 けっこう心にくる事件で、前世なんて別問題が浮上しなかったら、七歳にして引きこもりになっていただろう。

 チート能力なんてないけど、それでも前世日本で生まれ育った他人の記憶は、客観的な視点としてローレンツである俺の心を落ち着かせた。

 このままじゃ駄目だなんて言う気力にもなったお蔭で、十五歳の今、俺は当たり前に貴族学院に入学することができている。


「よう、ローレン。お前、入学試験上位なんだって?」


 入学初日、教室で顔見知りに声をかけられた。

 親が同じ爵位ってことで、集まりがあると顔を合わせることもあった伯爵家三男のエドガーだ。

 俺と同じ茶色系の地味な髪色なのに、毛先を遊ばせるっていうのかな、垢抜けた感じ。

 俺が適当に髪伸ばして、雑に括ってるせいもあるけど。


 ただ残念なことに、こいつは社交性やコミュ力に振り切ってる。

 だから運動も勉強も良くて中位だ。


「エドガーも、もっと真面目にやれば上位に食い込めたんじゃないか?」

「ローレンと違って俺は、お勉強だとか武芸に真面目になれないの。面白くないし、そんなことするくらいなら実家の商会で、新製品売り込むために喋ってるほうが楽しいんだよ」


 同じ伯爵家に生まれたと言っても、家の方向性が違うから、勉強への姿勢も違う。

 その分話してて飽きないし、ノリの軽さが前世の学生っぽい。

 つき合いやすさと、誰にも言えない前世の記憶を懐かしむ気持ちで、エドガーとは自然と友人になった。


 そんなエドガーが面白がる様子で、俺の肩を小突く。


「けど上位過ぎて新入生代表で挨拶しなくて正解だよな。在校生代表からの挨拶に王子さま出て来られたんじゃ、せっかくの晴れ舞台も霞んじまう」

「王子さま、一つ上の学年だよな…………。あと、聖女の神殿も、あるなぁ」

「あぁ、そうだな?」


 俺の脈絡のなさに、エドガーは相槌を打ってくれるがわからない様子。

 けど転生者ってものな俺にとって、その辺り重要な設定だ。

 何せここ、貴族が集まるキラキラした学院なんだよ。

 そして能力を認められれば平民でも国の援助で入学できる。

 一つ上にいる王子の周辺には、ご学友の高位貴族の子弟が侍ってる状況もあった。


 もうね、こんなテンプレ押さえられてたら疑うなってほうが無理だろ?


「やっぱ、恋愛シミュレーションゲームなのかな」


 エドガーに聞かせる気のない呟きを、俺は口元を覆った手の中に吐く。


 前世の日本で氾濫してた転生物語。

 ゲーム転生なんてポピュラーで、恋愛シミュレーションゲームもあった。

 考えながら、俺はエドガーに改めて目を向ける。

 目立つ色彩なんてないけど、顔立ちは整ってるし気の良いコミュ強。


「…………お前、情報通だよな?」

「なんだよいきなり? 褒めてもなんも出ねぇよ。だいたい、王子さまとお近づきになろうなんて野心家じゃないだろ、ローレンは」

「お近づきには、なりたくないな。どっちかって言うと、お近づきにならないために情報がほしい」


 何せこの後ゲーム展開とかあったら、学院で暢気に学生生活なんて言ってられないだろうし。

 絶対イベントとかいって何か起きる。

 いや、恋愛シミュレーション詳しくないし、いっそ触ったこともないけど。

 そういうのがテンプレってもんだろ?


 前世の友人がスマホで、恋愛育成とかいうジャンルやってたくらいが俺の知識だ。

 あれは、貢いで機嫌とってデートして惚れてもらう作業ゲーにしか見えなかった。

 正直、何が面白いのかわからん。

 けど俺がそんなゲーム世界に転生したとなれば他人事じゃない。


「お前の情報網信じてるぞ」

「何なに? お前の優秀な頭の中で、今なんの結論が出たの? 勝手に期待されても怖いんだけど。って言うか、見返りはもちろんあるんだよな?」


 その辺りちゃっかりしてるよな、エドガー。

 と言っても俺も冗談半分だ。


 実際に転生して過ごすと、そんな劇的なことなんてない人生。

 普通に人間が生きて暮らして社会を築いてる。

 無茶なことしたら怒られるし、罰もあるんだ。

 魔法がある世界だけど、他人に向けたら普通に犯罪だしな。


「ローレン、お近づきにもなれない王子さま警戒するくらいなら、新入生一番の注目株に巻き込まれないようにしたほうがいいぞ」

「一番の注目株? 誰だ?」


 俺が聞き返すと、優秀だなんだと言ってたくせに、エドガーは呆れて見せる。

 一応思い浮かぶのはヒロインの存在。

 ピンクブロンドなんて髪色はあるから、ピンク髪かもしれないとは少し思う。

 けどそんな新入生いないのは、入学式である程度確認していた。


「本当、なんでもできるように見えてローレンは他人に興味ないよな。社交性なさ過ぎて、俺心配よ?」

「何目線だよ。必要な人への挨拶回りくらいはしてる」

「挨拶回りしか、しないパーティーの珍獣が何か言ってら」


 すごく不名誉な呼び方に、俺は目を眇めて見せる。

 けど文句を言う前に、教室に甲高い声が響いた。

 それを聞いてエドガーは苦笑いを浮かべる。


「早。もう取り巻きできたのか。やっぱり注目株の勇者さまは違うねぇ」

「…………は?」


 埒外の言葉が聞こえて、俺はまともに声が出なかった。


 騒ぐ声に見ると、人だかりができている。

 女は甲高い声で話しかけ、男も気障ったらしい様子で興味を引こうとしてるようだ。

 そしてその中心には、赤茶色の髪をした少年が、困った様子で半端な笑みを浮かべてた。


「…………勇者?」

「そう、勇者。まさか五百年経ってまた現れるなんてな。魔王復活で伝説の再来なんてごめんだけど、なんかすごい奴と同じ年生まれかって思うと、すごいことみたいに感じちまうな」


 ミーハーそうに言う割に、軽いエドガーはその勇者に近づく気はないらしい。

 勇者の伝説はこの国というか、周辺地域全体に災禍をもたらした歴史と共に語られる。

 魔王が現れて国々を滅ぼし征服するなんて、異世界転生だなってことを思った。

 子供向けの物語にもなっており、おしまいは魔王が勇者に封印されてめでたしめでたし。


 けど俺の中に浮かぶのはそんな話じゃない。

 見出された勇者は故郷を離れて学院に入って、その内魔物の氾濫が起きると学生の勇者も戦場に立つことになる。

 必死に戦う中、背後の王城が落とされ、混乱を来した戦場で、勇者は聖女に助けを求められ切り抜けるんだ。

 そして逃げ出した後には、亡国となった故郷が残った。


「は…………?」


 それは遠い記憶。

 前世の中でもそんなのあったなくらいしか覚えてない、ゲームの始まり。

 亡国となった故郷から聖女と逃げた勇者は、暗躍する魔王の企みを止めようと周辺国を回り、そして魔王の潜む国へと旅をしていく物語。


 よくあるRPG。

 爽やかな主要メンバーが憩う木陰のメインビジュアルと、突然故郷の壊滅から始まる物語の重苦しさ。

 出てくる敵も味方も訳アリで、ただ倒していいのか、ただ助けていいのかと心を抉るストーリー展開だったことは、うろ覚えの俺でも後味の悪さで覚えてる。


「…………デフォルメしたら、似てる、か?」


 人に囲まれ困るばかりで、対処もできない勇者の少年。

 その姿はイラストとしてデフォルメしたら、確かにパッケージにあったゲームの主人公に似ている。


 いや、問題はそこじゃない。

 ここがゲームかもしれないのは当たってた。

 けどジャンルが違う。

 しかもストーリー内容がひどい。


「あ、今勇者くんの腕に抱き着きに行ったのは、新入生で五本の指に入る巨乳のテイシーちゃんだ」


 恋愛シミュレーションみたいに、いらん情報を喋るエドガー。

 けどここが初手滅亡する国だとすると、その緩んだ横顔にも俺は焦りを覚える。


 ゲームは、学生の勇者が戦場に放り込まれたところからチュートリアルが始まる。

 どんな経緯か知らないけど、学徒動員が起こってるんだ。

 つまり同級生の俺たちも、いずれゲーム開始時期になれば戦場に送り込まれる。


「あらら、勇者くんってば田舎育ちって聞いたけど初心だねぇ。胸当たってるなんてそんなはっきり言わなくても」


 エドガーが羨ましそうに、からかい交じりで実況する。

 この学院にいる友人も学生も、教師にも緊張感なんてない。

 当たり前だ。

 ゲーム開始時点のような、王都目前まで魔物の群れが迫るなんて状況、起きてない。

 そんなの、それ以外の街が防衛もままならずに滅んでるってことなんだから。


 現状だとそんな未来想像もできないくらい、この国は安定して穏やかだ。

 けど過去魔王を封印した勇者と同じ資格があると国認定された勇者がいて、着てる制服だってデフォルメしたらゲームと同じになる。

 だったら、ゲームのような国の滅びが起こる可能性は、あるんだ。

 そしてそれは遠くないできごと。

 何せ入学してから三年の学びの場。

 ゲームの開始は制服を着た勇者が戦場に立つ姿から始まる。

 つまり在学中のことであり、遅くとも三年後には確実に、この国はなくなることになるのだ。


毎日更新(一週間)

次回:ゲーム転生2

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