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となりの世界の冒険者  作者: 毒島リコリス
三章:王女の護衛

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 「やりやがった」

ユウは肩を揺らして笑いながら、事態を収めに出て行った。

「さ、見世物は終わりでーす。片付けのご協力をお願いしまーす」

ぱんぱんと手を叩き、観衆を促すと、呆気に取られていた客たちが徐々に動き出した。

「何をしましたの?」

カウンターにのんびり戻ってきたアスキに、突然人間が消えたのを目の当たりにしたフラーマが訊ねた。

「俺は何もしてないよ。命界人が法律違反すると、ああなるんだ」

「彼はどこに行きましたの?」

「命界に強制送還されただけ。あとは向こうで叱られる」

「……具体的には?」

「罪状にも寄るけど、冒険者資格剥奪と所持道具と全ビットの没収、始末書と矯正施設での指導だったかな」

命界人は隣界では死ぬことがなく、監禁しても脱獄する方法もある。隣界の法を犯しても隣界では裁けないことを逆手に取り、横暴を働く命界人が出ないようにするための措置だった。引っかかると、どんな場所にいても強制的に命界に戻され、事情聴取を受ける。そして正当性が認められなかった場合、相応の罰則がある。一定期間を過ぎれば再び冒険者になることも出来るが、大概の者は再び無一文でFランクから始めなければいけないことや矯正施設のことを思い出し、二度と冒険者になろうとはしない。

「貴方、狙ってやりましたわね」

敢えて魔法が完成するのを待っていたのはこのためだったかと、フラーマは呆れた。

「お嬢様にやれって言われたからね」

「そうね、よくやってくれましたわ」

「お褒めに預かり光栄でございます」

軽口を叩いていると、タマキが眉をハの字にして涙目になりながら訊ねた。

「あっくん、怪我はありませんか?」

「ないよ、大丈夫」

赤火弾は相殺したし、それ以外も全て受け流している。端の方で仲間に介抱されている赤毛は何度も転ばされて擦り傷を作っているのが見えるが、アスキは無傷だった。

「良かったです……。あんまり危ないことはしないでくださいね」

ほっと胸を撫で下ろしたタマキと、どうしてタマキがそんな顔をしているのかと首を傾げているアスキを見比べて、フラーマは目を瞬かせた。

 落ち着きを取り戻した店内で、アスキとユウ、タマキは他の客と共にテーブルと椅子を元に戻し、フラーマは、マーサの腰に念入りに治療魔法を施していた。

「ありがとうございます。もう大丈夫でございます」

「あまり無茶をしてはいけませんわ」

「まさかあの程度で腰を痛めてしまうなんて、歳には勝てませんねえ。嫌だわ」

「お嬢様のお手を煩わせてしまって申し訳ございません」

フレッドも重ねて恐縮する。

「たまには使わないと、魔力が錆びてしまいますわ。それに、わたくしがいたから彼らを止めに入ってくださったのでしょう?わたくしのせいでもありますわ」

その笑顔はどこか寂しげで、マーサとフレッドは顔を見合わせた。


 一段落したところで二階に戻り、簡単に明日の打ち合わせなどをしてから、それぞれの部屋に分かれる。

「シャワーとトイレは部屋の中にあるから、それを使って。一階は遅い時間までやってるから、小腹が空いたら何か食べに行ってもいいけど、どこかに行くときは声掛けてね」

「ええ、ありがとう」

 そして部屋に入るや否や、フラーマは満面の笑顔でタマキを見た。ベッドに座ると、隣に座るように促す。タマキが恐る恐る腰掛けると、

「さあ、タマキ。いろいろとお話を聞かせて頂きますわよ!」

「何のお話ですか?」

きょとんと首を傾げたタマキに、フラーマはずいっと顔を近づけて言った。

「聞きたいことは沢山ありますわ!命界のことも、タマキ自身のことも、アスキとのことも」

「ええっ?!いえ、あの、あっくんは本当に、師匠と弟子の関係で……そんな、期待されるようなことは何も……」

頬を染め、必死に弁解するタマキを、赤い瞳を細めて微笑ましそうに見た。

「でも、少しは考えているのではなくて?」

「……それは、その……」

見る見る内に耳まで真っ赤になった少女を、フラーマは愛玩動物を見るような目で見つめ、たまらず抱き締めた。

「あーっもう!いじらしい!こんなに可愛いものを放っておくなんて、罪な男ですわね!」

「あ、あっくんは、飽くまでも、私のお願いを聞いてくれているだけで……。王女様の護衛を引き受けたのも、私がオブシドに行きたいと言ったからで」

「そうなんですの?……何とも思っていない異性のお願いに、自分の時間を一週間近くも潰して、付き合ってくれるものかしら?」

「結構お人好しなところがあるんです。頼まれたら断れないんじゃないかと……」

「わたくしの買い物に同行することは断られましたわよ?依頼主の頼みなのに」

「それは、ええっと……」

「まずは、どういう経緯で今に至るのかから、聞かせて頂こうかしら――」


 一方、隣の三人部屋。壁の向こうから、主にフラーマの声が聞こえてきた。

「なんか、早速隣の部屋盛り上がってるな?」

子細は聴こえないものの、きゃあきゃあと楽しそうな雰囲気は伝わってくる。

「フラーマ様は立場上、気兼ねなく話ができる友人というものがおりませんから、タマキ様のように、身分を気にせずお話できる相手が出来たことが嬉しいのでしょう。エレーナのブティックでも、とても楽しそうにしていらっしゃいました」

クラヴィスが微笑ましそうに壁の方を見、ユウは首を傾げた。

「そういうものですか」

「キュレスカの王様は、周りに同年代がいっぱいいるもんね」

「そうだなあ。身分はあるけど、身内の間じゃ緩いしな」

「派閥争いとか、あんまり聞かないよね」

「昔はあったらしいけどな。兄弟を作らない決まりを作ったら今度は血が途絶えそうになったとかで、大変だったらしいぞ」

「今は?」

「方針が変わって、生まれたときから王と王子をサポートするための教育を受ける。物心つく前からの教育なんて洗脳みたいなもんだし、自分が成り代わってやろうなんて思いもしねえよ。それよか不慮の事故なんかで急逝された場合のが困る。モメたのは――ゼロの時くらいだろ」

「そっか」

それぞれのベッドに腰掛け、のんびりそんな話をしていると、もはや習性と言っても良いだろう。立ったままのクラヴィスが不意に口を開いた。

「ひとつ、お訊ねしてもよろしいでしょうか」

「何ですか?というか、クラヴィスさんも座りましょうよ。『どうせ他に見ている者はいませんわ』」

「……そうですな」

ユウが溜め息亭でのフラーマの言い方を真似すると、クラヴィスはふっと微笑んで、手近な書机の椅子に腰掛けた。

「それで、聞きたいことって?」

「いえ、その……どうして、アスキ様は命界人でありながら、大魔法使いゼロ様に師事し、キュレスカ国王陛下の甥であるユウ様とご兄弟のような関係にいらっしゃるのかと。……ご気分を害されましたら、申し訳ございません」

「なんだ、そんなことか」

恐る恐る、といった様子で訊ねたクラヴィスに、アスキの反応はあっさりとしたものだった。ユウも頷く。

「まあ、当然の疑問ですよね。むしろ、なんで皆聞いてこないんだろうな」

「聞きにくいんじゃない?」

「おまえが目付きが悪いから?」

「それ関係なくない?……クラヴィスさんの質問に答えると……『おれがゼロの息子だから』っていうことになるのかな」

「……ゼロ様の、息子?どういう意味でしょうか」

「おれ、命界で捨て子だったんだ」

ぽつりと言った。

「それを、たまたま命界に調査に行ってたゼロが拾って、養子にしたんですよ」

ユウが続ける。クラヴィスは首を傾げた。

「ゼロ様が命界に?私めはあまり事情に明るくありませんが、命界人が隣界に来ることは出来ても、その逆はできないのではありませんでしたか?」

「表向きはね。ほんとは、絶対にできないわけじゃないんだ。命界人が隣界に来るときにアバターを作るように、隣界人も命界で活動するためのアバターを作れば、一応好きに動ける」

「はあ」

「って言っても、命界から隣界に来るみたいに、簡単に何人も作れるようなシステムじゃないから、できないことになってるだけ。ゼロ以外に命界に来た隣界人は、おれが知ってる限りではいない」

「一応、キュレスカでもかなり機密事項なので、漏らさないようにお願いしますね」

人差し指を口に当ててウインクしたユウに、クラヴィスは何か言いたげに口を動かしてから、溜息を吐いた。

「……聞かないほうがよろしかったようですな」

「そういうわけで、おれがこっちに来てからの案内役がずっとゼロで、ユウとも、街の人たちとも、ゼロを通して知り合ったんだ。答えになった?」

「ええ。十分すぎるお答えでした。過ぎたことをお訊ねして申し訳ございません」

「そういえば、おれもクラヴィスさんに聞きたいことあったんだ」

「何でございましょうか」

「クラヴィスさんって、『魔女の親衛隊』の人?」

その言葉に、室内がしんと静まり返った。そして、クラヴィスがふ、と微笑む。

「……私もまだまだでございますね。いつからお気づきに?」

「カウンターでお姫様の後ろに待機してるときから、多分そうだろうなって思ってたよ。いくらキュレスカが平和で、お姫様が『アルマンディンの魔女』でも、護衛も付けずにのこのこ隣国の街中に現れるのは無用心すぎ」

「では、確信したのは?」

「冒険者協会の会議室で話を聞いたとき。おれが『お姫様』って言った瞬間、驚くよりも先に身構えたから。そっちが専門なんだろうって思った」

「最初からでしたか。やはり聡いお方ですな」

「でも、おれがお姫様だって気付かなかったら、任せてなかったでしょ?」

「それも感づいていらっしゃいましたか……御見逸れいたしました」

クラヴィスは立ち上がって一歩前に出ると、深々と頭を下げた。

「改めて名乗らせて頂きます。アルマンディン王家護衛部隊、通称『魔女の親衛隊』隊長、クラヴィス・ウォルターでございます。ご挨拶が遅くなりましたこと、お詫び申し上げます」

「隊長さんだったんですか。……うちの隊長とはえらい違いだなあ」

「ライトに言っとこう」

「やめろ。しかし、魔女の親衛隊って言えば、アルマンディンでも一番の実力を誇る部隊でしょう。正直、一人いれば他に護衛なんかいらないんじゃ?」

「いえ、私は護衛は出来ましても、観光がしたいという王女の望みは叶えることが出来ませんので……。それに、王女の傍に常に控えていなくてはなりませんから、いざというときには、王女にお見苦しいものをお見せしなくてはなりません。折角の観光ですから、なるべく楽しんで頂きたいと思っております。……夕方のこと、感謝いたします」

宿屋の二階から王女を監視していた曲者には、もちろんクラヴィスも気付いていた。ユウが対処したことも分かっている。

「他国の要人に無礼を働く輩がいるなんて知れたら、いい火種になりますからね」

「やはり貴方も、王族ですな」

「やめてくださいよ、買い被りです」

照れくさそうに手を振ったユウに、クラヴィスは目を細めて静かに微笑んだ。

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