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となりの世界の冒険者  作者: 毒島リコリス
三章:王女の護衛

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 川を越え、小高い丘を越えると、徐々に馬車や旅人の姿が見られるようになってきた。

 やがて空の色が青から赤に変わる頃、値の付けられない荷物を載せた偽装馬車は、木組みの簡単な外壁に囲まれた、小さな町に着いた。

「サイラスって言って、西の貿易都市ヴェスティアまでの中継地点になってる宿場町なんですよ」

フラーマは荷台から顔を出し、きょろきょろと珍しそうに街並みを見回した。通りは舗装こそされていないもののがやがやと騒がしく、引っ切り無しに人の往来がある。

「小ぢんまりとした町ですけれど、活気がありますわね。結界もきちんと張ってありますし」

「魔王が討伐されてから、少しずつ人口が増えているという話を聞きました。いずれはもっと大きな町になると思いますよ」

「結界、ですか」

タマキが首を傾げた。

「ホラ、通りに模様の彫られた円柱が建っていますでしょ?大気中の魔力を集めて魔物避けの結界を発動する、設置型の魔法具なのですわ」

指を指す先には、白い石を円柱形に積み上げて彫刻を施した柱が点々と一定間隔を置いて建っていた。

「へえー!」

「道具屋に、持ち運べる奴も売ってるよ。もしタマキがこれから一人で遠くに行かなくちゃいけないことがあったら、買っておくといい」

「わかりました」

サイラスは、王都の街並みとよく似た白い石造りの建物が多い。二階建て以上の店は、宿屋と酒場や飲食店を兼業しているのだとユウが説明すると、フラーマは興味深そうに話を聞く。

「この建物のどれかに泊まるんですの?」

「ええ。もう少し先です。馴染みの宿に話を付けてありますから、クラヴィスさんも安心してください」

「あら、飛び込みで宿泊費の交渉をしたりするんじゃありませんのね」

「……お嬢様、ずっと思っていたんですが、もしかして誰かの冒険記でも読みましたか?」

何やら偏った知識を持っているフラーマに、ユウが試しに聞いてみると、

「予習は大事ですわ」

ふふん、と誇らしげに胸を張った。

「王宮滞在中に真剣に何かお読みになっていると思ったら……」

クラヴィスが溜め息を吐いた。

「ちなみに、何という本ですか?」

「魔王時代の冒険者を題材にしたという、『ある狩人の冒険』ですわ。キュレスカで人気の冒険記を訊ねたら、国王様がプレゼントしてくださいましたの」

「ああ、あれかあ……」

後方から感じた殺気にも似た気配に気付かない振りをしながら、ユウの顔が引き攣る。

「なんでも、実在した冒険者をモデルにしているとか。とても面白いお話ばかりでしたわ!」

「そ、そうらしいですね。と言ってもああいう作品は、面白くするための創作が大部分ですよ」

「まあ、そうでしょうね。さすがにわたくしも、成功率百パーセントの冒険者が実在したとは思っていませんわ。……ユウ、どうして顔を逸らしますの?」

「いやあ、ちょっと夕日が眩しくて。そろそろ宿に着きますよー」

強引に話を逸らし、ユウは前方に見えた二階建ての建物を指差した。決して大きくはなく、建物の素材や形は周囲の宿屋と似たり寄ったりだが、心なしか年季が入っているように見える。掛かっている看板や玄関周りの鉢植えなどに手入れが行き届いているところを見るに、しっかりとした宿であることが窺えた。

「まあ、あれが?」

「裏に専用の厩舎があって、馬を預かってもらえるんです。サイラスの中でも古い宿ですから、融通が利くいい店ですよ」

言いながら、馬車は建物の手前の角を曲がり、裏手の広場に入って行った。すると、腹回りに愛嬌のある体型の、白髪混じりの男性が手を振った。その隣には、男性と同じくらいの歳と思しきエプロンを着けたふくよかな女性。

「フレッドさん、マーサさん、久しぶり!」

馬を停め、軽やかに馬車から下りたユウが、嬉しそうに話しかけた。

「本当に久しぶりだなあ」

「元気そうで何よりだわ」

気の良さそうな赤ら顔をした宿の主人は、目じりに皺を作りくしゃっと笑うと、強めにばしばしとユウの肩を叩いた。

「エレーナからいくらか食材も持ってきたよ。肉とか酒とか」

「あら嬉しい」

「……これ、ただの目隠しじゃなかったんですのね」

会話を聞いて、出口を塞ぐ木箱を見ながらフラーマがぼそりと言った。

「重いから、気をつけて」

「はい」

アスキとタマキが積荷を降ろしていると、

「ん?その声、もしかしてアスキか」

フレッドが声を聞きつけ、荷台の後方を覗いた。

「そうだよ。覚えてた?」

「そりゃあ忘れるわけないだろう。お前も何か持ってきたか?」

「黒鷺の魔物変種ならあるけど。おばさんに渡しとけばいい?」

「あっはっは、相変わらずだな」

そして、広くなった荷台からフラーマが降りるのに手を貸してやり、

「今日の依頼主」

「フラーマと申します。この度はお世話をお掛けしますわ」

フレッドは、優雅に微笑んだフラーマに、しばしぽかんと口を開けた。それからはっと気を取り直して、

「いやはや、ようこそおいでくださいました。上等な宿ではございませんが、精一杯のおもてなしをさせて頂きます。どうぞよろしくお願いいたします」

跪く勢いで深々と頭を下げた。

「お顔をお上げになって。こちらこそ、我侭を聞いて頂いて感謝していますわ。短い間ですけれど、よろしくお願いしますわね」

フラーマは一応冒険者風の恰好をしているが、長年様々な事情の客を見てきた老舗宿屋のオーナーにはすぐに身分が分かったようで、恐縮して何度も頭を下げた。


 それから、フレッドはやや緊張した面持ちで裏口から速やかに一行を屋内へと誘導し、二階に案内した。廊下を挟み、向かい合う扉が四つと、正面に一つ。

「三人部屋と二人部屋をご希望ということでしたのでそのようにご用意しておりますが、他に宿泊客はおりませんので、もしご都合が悪いときには遠慮なくお申し付けください」

「おれとユウ、クラヴィスさんが、こっちの部屋」

そう言って、階段を上がった手前のドアを示した。

「隣の部屋がお嬢様とタマキ。ほんとはお嬢様は一人部屋が良いんだろうけど、防犯の都合でタマキと二人部屋になるよ。いい?」

「構いませんわ。とっても楽しそう」

フラーマはタマキを甚く気に入ったようで、自分より一回り小さな身体をぎゅっと抱き締めながら言った。アスキは小さく肩をすくめる。

「私なんかで、防犯になるんでしょうか……」

「男と同じ部屋にするわけにもいかないでしょ。もし何かあったらとりあえず、全力で叫んで」

「わかりました……」

「万が一窓から不審者が入ってきてお嬢様がさらわれそうになったら、お嬢様を突き飛ばしてでもタマキが代わりにさらわれて。いざとなったら、命界人は『死に戻り』ができるから」

「は、はい!」

しゃきっと背筋を伸ばして緊張するタマキを再び抱き締め、フラーマが憤慨した。

「もう、冗談でも言っていいことと悪いことがありますわよ。この建物、見た目は普通のお宿ですけれど、正規の入り口からしか入ることが出来ないように防護魔法が張ってありますわ。いい腕ですわね」

「恐縮でございます。家内が若い頃、アルマンディンに留学して、魔法を学んでおりまして。結界魔法には多少の自信を持っております」

フレッドが、フラーマに誉められて嬉しそうに顔を綻ばせた。

「あら!道理で、居心地のいい空気だと思いましたわ!本当にユウは、お店選びが上手ですわね。お買い物にも付き合って頂けないかしら」

「お嬢様の言うことなら聞くんじゃない?」

「言ってみましょう」

「何か悪そうな話してますね?」

タイミング良く階段を登ってきたユウに、フラーマが訊ねた。

「ユウ、どちらに行ってましたの?」

「馬の世話と、今晩と明日のことについて女将さんと細かい打ち合わせを。それで、俺に何をさせようと?」

「お嬢様とデート」

「え、マジ?」

思わずユウの口調が崩れた。

「……クラヴィスさんが怖いから、この話やめとく?」

「そっスね」

必要以上の口出しを一切しないよう心がけているらしいクラヴィスが、静かに微笑みながら放つ殺気を感じ、兄弟弟子は背筋に寒気を感じた。

「さ、さて!料理が出来るまで、もうしばらくお時間がございます。どうなさいますか?」

剣呑な空気を察知し、フレッドが速やかに話題を変えた。

「とりあえず、一旦部屋に荷物を置きましょう。お嬢様、何かしたいことはありますか?」

「もちろん、町の中を見て回りますわ!」

ユウの問いに、好奇心旺盛な王女はぱあっと笑顔を花開かせた。


 夕暮れ時のサイラスの町は、夜はバーになる飲食店以外、どこも閉店の準備をしているところだった。邪魔をしないように、さらりと物色して回る。

「なるほど。エレーナとヴェスティアの間の町というだけあって、そのどちらの品も売っていますのね」

「そうですね。冒険者や商人は補給と休息が主な目的ですから、大通りは食料品店と装備品の店と、酒場兼宿屋と土産物屋しかありませんね」

「じゃあ、サイラスの住民はどこでお買い物をしますの?ブティックは?」

「庶民用の服屋があるくらいじゃないでしょうか。最近やっと、子供に読み書きを教える小さな学校が出来たそうですよ」

「本当にこれからなんですのね。ふふ、楽しみにしていますわ」

 和やかに観光する一行を、通り沿いの、比較的大きな宿の窓から見ている人影があった。

「あれがそうなの?軽装過ぎない?」

手で双眼鏡のように作った輪から覗き見る女。軽鎧を纏い、地味な化粧をしている。どこにでもいそうな、印象の残らない顔立ち。

「よく見ろ、あのローブ、『ブルーローズ』の限定品だぜ?」

隣で同じポーズをした男が、囁くように言う。こちらも、どこにでも売っている地味なローブ姿に、やはり印象の薄い顔。

「”魔女”の服が高そうなのは分かるけど……あんな少人数で動くなんて、平和ボケしてしてんのかしら?」

「いや、少数精鋭ってことだろ。魔女が侍らせてる黒髪のお嬢ちゃんは素人っぽいが、男どもはプロだな」

「具体的には?」

「魔女の案内をしてる銀髪、あれは王国軍の兵士だな。魔法鎧のアンクルを付けてるところを見ると、騎士階級だ」

「付き人っぽいおじさんは?」

「丸腰に見えるが、あっちこっちに仕込んでやがる。まるで隙がねえ。魔女直属の護衛だろうな」

「魔女の親衛隊ってヤバいんじゃないの。めちゃくちゃ強いって聞いたよ?」

「ああ、しかし一番ヤバいのは……あの目付きの悪い兄ちゃんだな……」

「マジ?見た目は、ちょっと慣れた命界人って感じだけど……」

「俺もさっきまで気付かなかったけどよ、あの兄ちゃんずっと策敵魔法で探ってるぞ。もうこっちに気づいてる」

「うっそ!ヤバいじゃん。てか、アンタが気付かないってどんだけ広範囲だよ」

「町に入る前から町全体に届くレベルで使ってるってことだろ。ご丁寧に町の結界と同じ属性で」

「ううわ、それをずっと維持してるってこと?化け物じゃん。命界人ってそんなに強かったっけ?」

「あの兄ちゃんが隣界人だったら、俺たちもう死んでるな」

「なんだっけ?魔物以外を無闇に殺しちゃいけない条約だっけ」

「そうそう。ナメられてんなと思ったけど、今まさにあの条約に守られてるぜ俺たち」

「どうする?このまま守られとく?」

「それじゃあ仕事にならねえだろうがよ」

「何の仕事だ?」

淡々と交わされる男女の会話に、不意に口を挟む声。二人の背筋が凍りつき、恐る恐る振り返ると、先ほど一瞬話題にした銀髪の騎士が立っていた。

「ひっ?!」

「えっ!なんで?!」

窓の外を見ると、監視していた一行が立ち止まり、談笑している。その中にはもちろん目の前にいる騎士の姿は無く、目線は彼らのいる宿の入り口に向いていた。

「魔女の親衛隊でも命界の化け物でもなくてがっかりしたか?」

「お、お前……!」

「策敵魔法が二重だったのには、気付かなかったろ?俺とあいつの魔力、似てるらしいからなあ」

微笑む好青年に、男の顔が引き攣った。

「残念ながら、王国騎士には条約は関係ないんでね」

そんな声を最後に、二人の曲者の視界は暗転した。


 宿兼酒場から出てきたユウに、アスキが声を掛けた。

「おかえり」

「うっす」

「それで?いかがでしたの?」

「売ってもらえましたよー」

差し出した袋の中には、魚の干物が入っていた。

「ここの女将さんが作ってる奴が一番美味しいんですよ。本当は店で呑む人限定なんですけどね」

「お酒に合うんですのね。お母様にお土産が出来ましたわ。顔が広い案内人は役に立ちますわね」

「恐縮です。他には、何か気になる場所はありますか?」

「そうですわね……。あれは?何のお店ですの?」

「ああ、あれは――」

ユウが笑顔で輪に戻り、一行が去って行くのと入れ替わりに、フードを深く被った黒いローブの集団が、宿の中に入って行った。そして、すぐに出て行った。

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