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となりの世界の冒険者  作者: 毒島リコリス
三章:王女の護衛

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 エレーナの外壁を出て、一時間が経った。

「キュレスカは良いところだと申しましたが、一時発言を撤回してもよろしいですか!」

急拵えの都合で乗り心地が良いとは言い辛い馬車の荷台で、更に通常より激しく揺さぶられながら、狭い車内でフラーマが頭などぶつけないようにその身で支えながら、クラヴィスが言った。

「良いところでしょ、適度にスリルがあって!ユウ!一匹そっち行った!」

次々に魔法陣を展開させながら、アスキが叫ぶ。

「任せろ!」

「タマキ、あの追いかけて来る奴やれる?」

「はい!」

王女を乗せた馬車は、西へ向かう草原の真ん中で、魔物の群れに襲われていた。


 一時間前。一国の王女をもてなす席とは思えない騒がしい食事会を終えた一行は、西の大通りを広場に向けて腹ごなしに歩いていた。

「それで、ユウ。この後どうするの」

「一応計画は立ててあるぞ。西側の関門で、馬車を待たせてある」

「あら、徒歩じゃないんですのね。折角ブーツも新調しましたのに」

「徒歩はちょっと……。『お嬢様』の足に豆でも作らせたら、外交にヒビが入ります」

「面倒ですわねえ」

防犯上、人の目がある場所では『王女』ではなく『お嬢様』と呼ぶという取り決めが行われ、飽くまでもただの貴族として扱うことになった。同時にユウの固い口調も、アスキに話すような口調がダメでも、少々砕けた敬語程度で話すようにとの、フラーマからの要望だった。

「慣れない靴で長時間歩くと、足痛めるよ」

「それもそうですわね。次にお会いするときまでに、慣らしておきますわ」

「そもそも五日間で国境を越えるんだから、歩きじゃ無理があるでしょ。途中山道もあるし」

「やっぱり足腰を鍛える必要がありますわね」

「……お嬢様は、何を目指してるの?」

そんな会話をしながら西門広場に着くと、ユウの話通り、関門の前に一台の馬車が止まっていた。

「これに乗って行きますの?」

フラーマは、冒険者協会の応接室や溜め息亭の外観を見たときと同じ顔をした。言いたいことは分かる。馬車の荷台は風除けの幌に覆われ、もちろん照明など付いていない内側は少々薄暗い。見た目には完全に商人の荷馬車だった。ご丁寧に、積荷の木箱まで準備されている。

「もしお嬢様がちょっと腕に自信のある悪い人で、偶然国境の傍を通りかかったときに、めちゃくちゃ豪華な馬車がたった四人の護衛だけで走ってたら、どうする?」

「……襲いますわね。お金になりそうですもの」

「そういうこと。正直どれだけボロでも襲われるときは襲われるけど、相手がナメてくれるからやりやすい」

「中の椅子は、出来る限り座り心地の良い物にしましたので、ご了承ください。今度冒険がしたいときは、事前に相談してくださいね、特注しますから」

「そうしますわ」

「お嬢様、お言葉ですが出来れば『今度』は無しにしてくださいませ……」

クラヴィスの心労などどこ吹く風、フラーマは納得すればすぐにユウの手を借り、大人しく荷台の奥に入って行った。続いてクラヴィスが乗り込むと、アスキとユウは二人がかりで、その入り口を塞ぐように手前に積荷を載せ始めた。

「おれとタマキは後ろ。ユウが馬の操縦をするから」

「わかりました」

積荷を載せるのを手伝いながら、ふんすと気合を入れたタマキに、ユウが突然ニヤッと顔を歪めて訊ねた。

「ところでさあ、タマキって、アスキとどんな関係?」

「え!?あ、あっくんは師匠です!」

「あっくんねー。いいなあ、俺もそろそろ身固めろって言われてんだけどさあ」

「そういうのじゃないって……」

「ちょっと、わたくしを閉じ込めてから楽しそうな話をするとは何様のつもりですの?」

依頼主からのクレームが入り、若者たちは慌てて散って行った。


 ユウが右手で馬の手綱を引いたまま、左手で放った雷撃が、正面に回り込んだ黒い鷺のような鳥を撃ち落とした。走りに落ち着きを取り戻した馬車の荷台からタマキの放った赤い矢が、しつこく追ってきていた最後の一羽の胸に深々と刺さった。

「よし、ナイス」

アスキは相変わらず風船で回収することを忘れない。やや遠くに落ちた鳥を、ポン、ポン、と次々に展開した魔法陣でトランポリンのように弾いて手元に引き寄せる。

「それも解体するんですか」

「さすがにお嬢様に衝撃映像見せるわけにはいかないから、後で」

そう言って、ポケットに仕舞った。

「変わった魔法の使い方をしますのね、貴方。それも命界人の知恵ですの?」

「いや、これは隣界人に習ったけど……。まあ、教わった相手が変人だったからなあ……」

「今時、詠唱しない魔法を教えられる魔法使いなんて、そう沢山はいないのではなくて?師匠はどなたかしら」

辺りが静かになったのを確認してから、積荷の隙間から顔を覗かせたフラーマが、アスキの奇妙な魔法を見て興味深そうに訊ねる。

「魔法国家アルマンディンとしては、やっぱりそういうの、気になりますか?」

ユウが顔を半分だけ後ろに向け、会話に参加する。

「ええ、複雑で強力な魔法ではキュレスカに負けない自信がありますけれど、初級魔法の応用という点では、命界の知恵を取り込んだキュレスカには及びませんもの。そういえばユウ、貴方も詠唱せずに雷撃を使いましたわね」

「目聡いですねー。俺とアスキは師匠が一緒なんで、二人とも逆に詠唱魔法がまともに使えないんですよ」

「そうなんですか!」

驚いたのは、タマキだった。

「いや、おれはやろうと思えばちょっとだけ使えるよ、詠唱」

「マジで!?いつの間に!」

「モトキに習った」

「うわー、そういうとこやっぱ、命界人ずりーよ!」

抜け駆けだ、とユウが抗議の声を上げた。二人の会話から耳聡く固有名詞を拾い上げたフラーマが、畳みかける。

「モトキ?それが貴方たちのお師匠のお名前?」

「違う、モトキは昔のパーティーメンバー。師匠の名前は」

と、声が途切れた。タマキが覗き込んだアスキの顔に翳りが見え、

「師匠の名前はゼロ。ゼロ・ゴルドランス」

前を向いたまま、ユウが代わりに答えた。しん、と、馬車が静まり返った。不規則に揺れる車輪の音と、軋む幌の音と、馬の蹄の音だけが、草原に響き渡る。

「……ゼロ?ゼロって、”あの”ゼロですの?」

フラーマが、一拍置いてから聞き返した。その目は、二日間の間に見た驚き顔の中でも一番と言っていい程に見開かれていた。口を挟まず静かに見守っているクラヴィスも、驚いた顔をしている。

「はい。”あの”ゼロですよ」

「……すみません、”あの”って、どういう方なんですか?」

タマキが、恐る恐る挙手して会話に割り込んだ。フラーマは再び椅子に腰掛け、積荷の向こうに話しかける。

「隣界の魔法使いなら一度は耳にする名前です。詠唱魔法を確立し、一般にも安全な魔法を広めた、魔法学の父と呼ばれる大魔法使い」

「そんなに凄い人なんですか」

「ええ。アルマンディンでも顔写真入りで教科書に名前が載るくらいの有名人ですわ。確か、五年前に魔王に敗れて亡くなったと聞いています。……でも、ファミリーネームは、初めて聞きましたわね。ゴルドランスって、国王陛下の持つお名前じゃなくて?」

「まあ、トップシークレットなんですけどね。もう死んでから五年も経ちますから、噂が流れるくらいいいかなって」

しれっとそう言った口の軽い弟子に、フラーマは若干呆れ顔をしながらも、興味をそそられるのか質問をやめようとはしない。

「大魔法使い様が陛下とどういうご関係だったのか、お聞きしても大丈夫なのかしら?」

「双子の兄だか弟だかです。本人は、幼い頃に宮廷魔法使いにせがんで見せてもらった魔法に魅せられて、王位なんざ片割れにくれてやることにしたと言ってました。元々、覇権争いの火種になるので表向きには王子は一人だということになっていましたから、問題はなかったそうです」

「……なるほど。生きている間にお話してみたかったですわ」

積荷越しに交わされる会話を聞きながら何か考え事をしていたタマキが、

「あっ!」

突然声を上げた。

「びっくりした。何、タマキ」

「あっくんのことを『生意気な弟』って言ってた人って、もしかしてユウさんですか?」

魔法を同じ師匠から学んだ兄弟弟子ということなら、『弟』という表現もしっくり来る。どうやらずっと気になっていたらしい。

「……よく覚えてたね、そんな話……」

「あっくんおまえ、そんなことまで喋ってたの?仲良しだなー」

からかうような声に、アスキはばつが悪そうに目を逸らして前髪を弄った。と、

「弟?アスキの方が年下なんですの?」

想定外の方向から、フラーマの突っ込みが入った。

「ええっ!?もしかして、俺の方が下だと思われてました?!」

「だってアスキの方が落ち着いていますし、肝が据わっていると言うか、態度が大きいんですもの」

「態度が大きいのは否定しませんが……俺、これでも今年で二十歳なんですけどね……。童顔だとは言われますが……」

ぶつぶつと、若干傷ついた様子で呟くユウ。

「おれのアバターが成人男性型だから、仕方ないんじゃない」

「なんかアスキに慰められるとムカつくー!」

ユウがパノラマの青空に向かって叫び、馬車は長閑に進む。

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