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「あら、白河君。おはよう」
フラーマ王女護衛任務のため、翌日もまた由芽崎中央公園でタマキと待ち合わせをすることになったアスキが噴水前を訪れると、木陰のベンチにアユミの姿があった。
「おはよう。今日も拾待ち?」
「ええ。昨日ほど時間に余裕を持たなくて良いにしろ、貴方が言っていたことを思い出して九時五十分に待ち合わせしたら、この通り」
アスキが腕の時計を確認すると、丁度五十分を回ったところだった。
「叶野さんは?」
「おれたちは十時に待ち合わせだから、まあ、そろそろ来るんじゃないかな」
隣に座ると、早速アユミが尋ねた。
「そっちは、昨日何をしてたの?」
「んー、装備揃えて、町の中見て回って、冒険者協会で仕事探し、かな」
アスキはとても大雑把に答えた。
「大体こっちと同じね。私たちはFランクの任務を受けて、また森にいたわ。冒険者の仕事って、案外地味ね」
「ランクが上がれば、派手な仕事も増えるんじゃない?」
「そうね。数字ランクの任務も少し見たけど、報酬が低ランクとは桁違いだったわ。難しいんでしょうね」
「今は魔王時代にいろんな魔物の攻略法を研究したのが広まってるから、前ほど難しくはないんじゃないかな……」
「まるで、『前』を知ってるみたいな言い方ね」
「拾の父親に聞いただけ。図書館に行けば、地域ごとの魔物図鑑みたいなのがあるってよ」
鋭い突っ込みをしれっとかわすと、
「それは良いことを聞いたわ。場所を調べないといけないわね」
案の定、アユミは夏日で眼鏡のフレームを光らせながら、すぐに食いついた。
「確か、北側の……学校の敷地の中だったと思うけど……」
アスキが五年前の地図を左上に逸らした視線の先に描きながら髪を耳に掛ける仕草を見ていたアユミが、不意に言った。
「……その時計、かっこいいわね」
「え?ああ、うん」
ぶかぶかの腕時計のことを言われ、アスキは少し動揺した様子で、すっとそれを隠した。アユミが首を傾げた。
「どうしたの?もしかして、サイズが合ってないのを気にしてるの?」
「……うん、まあ」
「合わせればいいじゃない」
ベルトを付け替えるなり合う場所に穴を開けるなりすれば、丁度良いサイズになるだろうと、アユミは言った。
「人から貰ったものだから、なんか、弄るのが嫌で」
「ああ、そういうのあるわね。別に、ブレスレットみたいでおかしくはないわよ」
アユミはふふ、と肩をすくめて笑い、
「大丈夫よ、きっとそのうちピッタリになるわ」
自分よりも小柄な同級生を励ました。
それから二時間後、隣界、西側大通り。アスキはある商店の前で壁に寄り掛かり、ぼーっと、アルス製の腕時計を眺めていた。傍目には時間を気にしているだけにしか見えないが、その目は文字盤ではなく、金属製のベルトを見ていた。
「ピッタリになる……のかな……」
その腕は命界の体よりも一回り太く、こちらの体ならば、例のぶかぶかの腕時計も丁度良いだろう。
「わかるのは、五年後か……」
音も立てず、精巧に秒を刻む一番細い針を追いながら、誰にも聴こえない小さな独り言を呟いていると、
「あっくん?すみません、退屈でしたよね」
タマキが、アスキが寄りかかっていた店のドアを開けて出てきた。アスキが時計を見ていたので、待ち詫びていたのだと思ったらしい。
「貴方もいらっしゃればよかったのに」
タマキが開けたドアから、相変わらず胸を張ってフラーマが現れた。昨日と同じ魔法使い用のローブを着ており、耳にあるのは小さなピアスで、足元は歩きやすそうな革のブーツだった。ただし、見る者が見れば、どれも上等な素材で作られていることがわかるだろう。
「やだよ、女の人の買い物はよくわかんない」
「そういうはっきり仰るところ、嫌いじゃありませんわ」
くすくすと楽しそうに笑うフラーマの後ろから最後に現れたクラヴィスは、両手に色や形の違う紙袋を二つずつ持っていた。彼らが出てきた店は、見た目と性能どちらにも拘った高級志向の衣装を扱う専門店だった。
「ふふん、さすがキュレスカ、面白い効果の付いた服が沢山ありますわ!」
フラーマたっての希望で、出発前に西側の専門店街をウィンドウショッピングすることになった一行は、あっちへふらふら、こっちへふらふらと興味の赴くままに動くフラーマに付き合い、いわゆる『爆買い』を見せ付けられていた。
タマキがフラーマに訊ねる。
「アルマンディンには、そういうお店はないんですか?」
「そうね、そういった服はオーダーメイドしかありませんわね。魔法使いは多いけれど、魔道具職人が少ないのですわ」
「違うんですか」
「ええ。魔法の付与はまた別の技術ですから。キュレスカと友好的なお付き合いをさせて頂いているのも、キュレスカの魔道具なしには発展できないからという側面もありますし」
「逆にキュレスカは、鉱石の採れる高い山が少ないから、アルマンディンから輸入してるんだよ」
「そういえば、ルビーが特産品なんでしたっけ」
「まあ、そういった話は、お食事をしながらいかがでしょう。そろそろ約束のお時間でございます」
立ち話が弾んでいるところに、クラヴィスが割って入った。
「あら、もうそんな時間?」
「約束?」
時刻は十二時を過ぎており、確かに昼食に程よい時間だった。が、アスキはクラヴィスの言葉に違和感を覚え、聞き返した。
「ええ。実は昨日、お二人に護衛を依頼した後、王宮の方から打診がございまして。やはり、王宮からも人を付けたいと」
「まあ、そうなるよね。よりによって命界の冒険者に任せっぱなしじゃ、国の信用に関わるもんね」
「そういうことのようですな。それで、王宮から派遣される護衛の方と、レストランで落ち合うことになっているのです」
「レストランで?変なことするね」
「あまり大所帯では『お嬢様』の観光に差し支えるだろうということで。気を使っていただいたのです。ただ、我々は土地勘がないもので、指定されたレストランが分からないかもしれないと申したのですが」
「うん?」
アスキが、その言葉尻に何か不穏なものを感じ取り、眉を顰めた。
「『護衛を引き受けた命界人に聞けば分かる』と、本人に伝えよと」
「……店の名前は?」
「確か、『溜め息亭』でしたわね」
「……」
その名前を聞くなり、アスキは顰めた眉を更に寄せて、溜め息を吐いた。




