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となりの世界の冒険者  作者: 毒島リコリス
二章:隣界と冒険者

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 命界と隣界を行き来する門が備わった『ログインルーム』は、知らない者が見ると大きな宿屋のような見た目をしている。

「なんで、宿屋さんの形をしてるんでしょうね」

タマキは、今しがた出てきた建物を見上げて言った。

「……エレーナの中で命界と一番繋がりやすい場所を探し回って、その頃宿だったここを王様が建物ごと買い取って中を改装したとか、聞いた気がする」

アスキは前髪をくるくると指に絡めて弄りながら答えた。

「へえー」

満面の笑顔でアスキの顔を見るタマキは、白いシャツとベージュのスラックス、革のブーツという、いわゆる命界人の初心者装備をしていた。研修中に着けていた革の鎧やショートソードは王国からの支給品だったため、研修終了後に返却済みだ。赤い髪飾りと魔法弓は自分たちで手に入れたものなので装備しているが、腕時計も道具ポケットも持っていない。恐らく、先に来ているであろう四人も同じようなものだ。

「とりあえず、装備を揃えないといけないね」

立て襟の前をベルトで閉じ、口元まで隠れた茶色のジャケットを着たアスキは、タマキを見てそう言った。デニムのような生地のジャケットは丈が短く、細身の白いシャツを着た腰にはクロスするように二本の革ベルトを巻き、その両方に道具ポケットが提げられていた。ポケットのたくさんついたカーゴパンツの裾をエンジニアブーツに仕舞った姿は、少々軽装だが適度におしゃれにも気を使う、今時の冒険者といった風情だった。何より、

「ふふ、背が高くなりましたね」

「……」

本来ならタマキと殆ど変わらない身長のはずのアスキは、ライトより少し低い程度の長身を持つ成人男性の姿をしていた。相変わらず肉付きは良くなく、きつい三白眼もそのままで、

「確かに、五年後こうなってるって言われたら、すごく納得できます」

タマキは素直に感心し、わざわざアスキのためにシミュレーションソフトを作ったという研究員のこだわりを感じずにはいられなかった。

「あと五年で、背がこんなに伸びればいいんだけどね」

アスキは肩に着く髪をポケットから取り出した髪ゴムで結いながら、しげしげと眺めるタマキの視線から居心地が悪そうに目を逸らした。

「まず、冒険者協会に行かないと。それに、ライトがちゃんとアゲハ代を振り込んでるかどうかも確認しなきゃ」

「わかりました!またよろしくお願いします、あっくん」

タマキはそう言って、深々と頭を下げた。

「こちらこそ」

アスキは素っ気無く言って、既に見えている赤いレンガの建物に向かって歩き出した。


 冒険者協会の一階にずらりと並ぶ窓口のうち、一番奥の窓口の前に、タマキは立っていた。窓口の上に掛かる看板には、『各種許可証発行』の文字。白い肌に淡い水色の髪をした愛想の良さそうな若い女性に、タマキは恐る恐る話しかけた。

「すみません、冒険許可証を作りたいのですが……」

「命界の方ですね。研究所の許可と事前申請は降りていますか?」

「はい。仮登録番号五百八十二番の、カノウ・タマキです」

「五百八十二番ですね。少々お待ちください」

端末を操作して照会する女性は、すぐに笑顔で頷いた。

「はい、確認ができました。それでは、こちらの書類にご本人である確認のサインを」

差し出された書類に名前を書いて返すと、

「発行に十分ほどお時間をいただきます。お名前をお呼びしますので、しばらくお待ちください」

タマキが緊張していることが分かったのか、女性はそれを解すようににこっと微笑んで言った。

「わかりました」

釣られてほっとしたような笑顔を返したタマキは、振り返ってアスキの姿を探した。カーゴパンツのポケットに手を突っ込んで任務依頼票が貼られた壁を見ている長身を見つけて、小走りで駆け寄る。

「十分くらい、掛かるそうです」

「わかった」

そして隣で同じように壁を見上げる。

「あの、オブシドってここからどれくらい掛かるんですか?」

そわそわと、タマキは依頼票の群れに目を通しながら訊ねた。今すぐにでも向かいたいところだが、研修や事前学習ではキュレスカの外のことは殆ど習わない。隣界にも世界地図はあるが、それぞれの国の機密や技術力、紛争などの関係であまり正確なものではなかった。アスキはちらりとタマキを見て言った。

「……タマキ次第、かな……」

「? どういうことですか?」

意味ありげな物言いに、タマキは首を傾げる。アスキが答えた。

「他の国に行くには入国許可証が要るんだよ。ランクD以上の冒険者じゃないと、キュレスカから出られない」

「そんな!」

冒険者は全員Fランクからスタートするため、最低でも二ランク上げる必要があった。タマキが大きな目に絶望を滲ませる。

「元々は隣界人の冒険者に対する決まりだけど、命界人は基本的にキュレスカからしか出入りが出来ないから、キュレスカ人と同じ扱いになってるんだ。最初の街にはどうしても愛着が湧くでしょ?命界人だからってホイホイ国に入れたらスパイだった、なんてことになったらそれこそ戦争になるし」

「そう言われれば、そうですが……」

「ランクを上げることで、きちんと仕事をする奴だ、それなりの実力を持ってる奴だって分かるでしょ。……事前研修で言われた命界人の決まり、覚えてる?」

「えっと……『隣界の政治に干渉しない』『魔物以外の生物を無闇に殺生しない』『隣界人と恋愛関係にならない』ですか?」

『命界人規則三ヶ条』と呼ばれる、五年前に制定された条約をタマキが指折り思い出すと、

「そう。だから、そういう任務は隣界人に任せて、命界人でもできそうな任務を選ぶ。なるべく楽で、報酬が多くて、短時間で終わる奴」

アスキはあられもないことを言った。

「都合がいいですね……」

「別に早くランクを上げることが目的じゃなければ、ひたすら鶏落としてても夏休みが終わる頃には一つくらいランクは上がるよ」

「うーん、一ヶ月はちょっと、待ち遠しいですね。お兄ちゃんが別の場所に移動してしまうかもしれませんし」

そんな話をしながら、タマキが腕を組んで唸っていると、

「仮登録番号五百八十二番の方」

窓口の女性がタマキを呼んだ。

 「こちらがタマキさんの冒険者証になります。もう既にご存知かもしれませんが、念のため説明しますね」

銀色のカードを差し出し、水色の髪の女性は言った。

「任務を受ける際に一緒に冒険者証をご提示いただくと、任務の内容や難易度に応じてポイントが貯まっていきます。一定のポイントが貯まると冒険者ランクが上がり、もっと高い難易度の任務が受けられるようになります。受けられる任務の難易度は、ご自分の冒険者ランクの上下二ランクまで。ただし、最低ランクのFランク任務は、冒険者ランクに関わらずどなたでも受けることができます」

毎日繰り返しているであろう説明を淀みなくすらすらと口に出し、タマキははい、はい、と逐一相槌を打ちながら、真剣にそれを聞いた。

「任務には、直接依頼主に依頼品を持って行き対価を貰うものと、依頼完了票を協会に提出し、協会を通じて後日報酬金が振り込まれるもの、または持ち込まれたものを隣の換金所で鑑定し、価値に応じて金品と交換できるものの三種類があります。依頼票に支払い方法が書いてありますので、ご自分の目的に合わせて利用してください」

「はい!」

「それと、命界の方は、この冒険者証を提示して行った任務の内容が研究所に通知される決まりになっています。……あまり大きな声では言えませんが、中には少し後ろ暗い依頼もございますので、お気をつけください」

後半は声を潜めてこそこそと言った。タマキは、はあ、とよく分かっていない声で返事をした。女性は苦笑した。

「冒険者証は、落としたり紛失すると違約金が発生します。また悪用されることもありますので、くれぐれも大事に扱ってくださいね」

そこまでマニュアルどおりに言うと、女性はちらりと、少し離れたところに立つアスキを見た。

「……まあ、長々と説明しましたが、あの方がご一緒なら、問題ありませんね」

と、目を細めて柔らかく微笑んだ。

「改めて、ようこそ隣界へ。私たちは、貴女の来訪を歓迎します」

その言葉に、タマキは一瞬ぽかんと口を開けて固まり、

「っはい!こちらこそ、よろしくお願いします!」

慌てて取り繕って、力強く頷いた。

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