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となりの世界の冒険者  作者: 毒島リコリス
一章:三日目

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 午後六時の少し前に広場に戻ると、朝には新品同様だった装備のあちこちが破れ、土埃や泥の付いたクラスメイトたちが、疲れきって石畳の地面にへたり込んでいた。平然と立っているのは、アスキとタマキくらいだ。ライトが二人が戻ってきたことに気付き、寄ってくる。

「いやあ、予想以上に皆頑張ってくれたよ。命界人は本当に勤勉だね」

「就職活動みたいなもんだからね」

良い成績を残して研究所にスカウトされれば、高校一年生にして将来の安泰が約束される。

スカウトされずとも正式な冒険者になって小銭を稼げば命界の通貨と換金も出来るため、実際にそれで生計を立てている者もいる。

「もう皆帰ってきた?」

「それが、お前の連れとあの眼鏡の美人がまだなんだよ」

「えっ!園田さんたちがですか?」

拾はさておき、アユミなら五分前行動など当たり前と言わんばかりの真面目さだっただけに、ライトも心配しているようだ。

「三時頃、マツバと戦ってるのを見たよ」

「三時か。マツバの生息地からここまで真っ直ぐ戻ってきて二時間、疲れてたらもっと掛かるよなあ」

「探しに行くんですか?」

「うーん。とりあえず、六時まで待とう」

そう言うと、人目も気にせずぐったりとしている生徒たちに向けて、ライトはパンパンと手を叩いた。

「皆、お疲れ様!実際の任務を受けてみて、どうだった?」

生徒たちはなんとか身体を起こすも、立ち上がる気力はない。アスキとタマキはライトから離れて、生徒たちの列に適当に混ざって座った。

「疲れてるみたいだから、長い話はやめて早速今日の成績を発表しようかな。もしかしたら気づいた人もいるかもしれないけど、この任務は三種類全部を持ってくることがメインじゃなかったんだ」

ライトの発言に、ええー!と不満の声を上げる生徒たち。アスキとタマキは顔を見合わせる。

「何より現場を知ること。己の未熟さを知ること。そして時間を守ること。それが今回の任務でした。ちゃんと出来たみたいだね」

持ち帰れずに項垂れていた生徒たちが、安堵のため息をついた。

「その上で、君たちが持ち帰ってきたものを、プラントラビットの毛皮一枚一ポイント割る人数、マツバカマキリの鎌一つ五ポイント、ショウジョウアゲハ二十ポイント、合計五十点満点として、成績を付けました」

その言葉に、一同は疲れも忘れて自分たちの持ち帰ったものの計算をし始める。

「発表するよ。第一位、ぶっちぎり五十点満点で、シラカワ・カノウ組」

青い目を細めてにこにこと、教師面で拍手するライトをアスキは容赦なくジト目で睨んだ。タマキは照れくさそうに身体を小さくする。周りはぱちぱちと手を叩きながらも、二人を見てひそひそと何か話す。

「ショウジョウアゲハは、何よりまず出会うための運が必要な生き物だからね。冒険者には知識や技術と同じくらい、運も必要だ。完全勝利って感じだね」

ライトはそう言って、気障にウィンクを決めた。アスキの目つきが更に険しくなり、他の生徒が思わず恐怖で目を逸らした。

「第二位は、と発表する前に……六時になったね」

壁の内側に反響し、時計台の鐘が荘厳な音色でゴーン、ゴーンと鳴り響く。アユミたちと連絡を取ろうとライトが通信機を取り出したところで、

「すみません!ただいま戻りました!!」

アユミが、門から駆け込んできた。続けて、拾も。

「セーフ?セーフ?」

転がるように倒れこんだ拾が、ひっくり返ったままライトに尋ねた。隣でアユミも、息絶え絶えに座り込む。

「ははは、うん、本当にギリギリだったね。持ち帰ってきたものを確認しようか」

「カマキリの鎌四つと、兎二十羽!あの何とかアゲハとかいうの、まじ見つからない無理!」

ポケットからどさどさと放り出すと、はあー、と息を吐いた。

「おお、ここに来て二位に食い込んだね!二位、ソノダ・ウキシマ組、三十ポイント!」

「へ?」

「に、二位?」

訳の分かっていない二人に、ライトが笑顔で尋ねた。

「先に森に行ってアゲハを探しながらカマキリを狩った後、帰りに活発になったプラントラビットを狩りながら帰ってきたんだね?生態系に関する知識を踏まえた効率計算と、最後まで諦めない心は評価できるよ。おつかれ!」

優しく微笑んだ青い目に労われ、ポニーテールが崩れてよれよれになっているアユミがぽかんとその顔を見つめ、直後に見開いた大きな目からぼたぼたと涙を流し始めた。

「おい!お前!?」

拾がぎょっとして起き上がり、声を上げて泣き出したプライドの高い相棒のぐしゃぐしゃの顔を隠すべく、慌てて頭に上着を掛けた。タマキも思わず立ち上がって駆け寄る。

「ダメかと思ったー!良かったー!!」

「緊張が一気に解けちゃったかな。……さて、続きを発表するよ、皆注目!」

アユミから注意をそらすために、ライトは二人から離れながらパンパンと手を叩いた。

「三位、ホシムラ組!二十ポイント!」

すると、顔の良く似た男女が同じ動作でぱっと顔を上げた。片方は出発前、誰と組んでもいいのかと訊ねた頬に絆創膏を貼った少女で、一人一振りずつ支給されているはずのショートソードは二本とも彼女の腰にある。

「双子ならではのコンビネーションってところかな?相性の良い相手と組むのは、強い敵と戦うときほど大事になるね。人数を増やさず、確実に息の合う二人でカマキリにチャレンジしたその判断、なかなかだよ。おめでとう!」

星村双子は暖かい拍手に包まれて、照れくさそうに顔を見合わせてはにかんだ。

「四位以降はプラントラビットのみ達成ってことで十ポイントずつだけど、身の丈に合った狩場を選ぶこともとても大事なことだから、皆気を落とさなくていいからね」

ライトは名前を呼ばれなかった他の生徒にフォローを入れて、優しく微笑んだ。

「知識も、判断力も、体力も気力も、全部揃っていないと冒険者はできない。命界に帰ったら、ゆっくり身体を休めること。いいね?」

言われなくてもそうすると言いたげに、はーい、と低い声で各々が返事をした。

「それじゃ、詳しい総合成績は、後日研究所を通して各自に送るからね。三日間の研修、本当にお疲れ様!これで嫌にならなかったら、次の研修にも参加して欲しいな。またね!」

ライトはそう言って締めくくり、それぞれの冒険者研修は終わった。


 解散の号令が掛かった後、気の抜けた顔をした生徒たちは、誰からともなくよたよたと大通りに向けて歩き出した。命界に帰る扉は、冒険者協会の裏手の大きな建物、通称『ログインルーム』の中にある。それぞれ研修中に仲良くなったり、最終日を共にした者同士で並んで歩くものの、話す気力もないのか口数は少ない。

 そんな彼らを見送りながら、アスキは蹲ったままのアユミの隣に付き添うタマキと、心身共に疲れ果ててへたり込んでいる拾の手前、一人帰るわけにもいかず少し離れた壁にもたれて立っていた。

 拾はアユミを宥めるのをタマキに任せ、ふらふらと立ち上がるとアスキの隣に座り直した。アスキも座り、訊ねる。

「どうだった、あの後」

「おう、すごかったぞ。お前の相方に触発されたのか、俺が合図した瞬間ピンポイントで首跳ばしてきやがった」

「へえ、やるじゃん」

「アスキ、園田にも何か言っただろ」

「別に?使えない相棒だけど頑張れって、ちょっと励ましただけだよ」

アスキは前髪を弄りながら目を逸らした。拾がその仕草を見てははっ、と笑う。

「嘘つけ。あの後明らかに動きが変わったぞ。あと使えない相棒で悪かったな」

「相性良さそうだったからね、二人」

「おかげで口喧嘩しすぎて余計疲れた」

だらだらと話していると、断続的に聞こえていたアユミのしゃくり声が止まった。突然静かになり、隣に付いていたタマキが苦笑しながら、アスキの顔を見た。

「……。誰かに話したら、首絞めるわよ」

アユミはまだ直らない鼻声のまま、低い声で唸るように言った。呆れた顔で拾が返す。

「言わねえよ。共通の知り合いでもいれば話は別だけどな」

「刺した方がいいわね……」

アユミは物騒なことを言いながらごしごしと袖で目を拭うと、眼鏡を掛けて顔を上げた。目はまだ赤いが、元の気の強そうな顔に戻っていた。

 ばつが悪そうに三人の顔を見ると、ふん、と言って、乱れた髪を一度解き、左耳の下でサイドに緩く結い直した。そして立ち上がり、

「これ、ありがとう。……帰る」

「お、おう」

拾が掛けた上着を放るように返すと、アユミは背筋を伸ばし、カツカツと靴音を響かせながら去っていった。

「ああいう気の強い子も良いよね。ポニーテールも清廉な感じで好きだけど、ちょっと気を緩めた感じでサイドもなかなか」

少し足を引きずりながらも気丈に歩いていくアユミの後姿を見て、ライトが顎を擦りながら、にこにこと笑顔で下種な発言をしつつ残った三人に寄ってくる。アスキは容赦なく睨みつけながら言った。

「ロリコン男爵」

「だからそれ、悪口だろ?意味は分からないけど」

「あはは……」

「なんだよアスキ、先生と随分仲がいいじゃんか。賄賂でも渡したか?」

「いや、ちょっと弱みを握ってるだけかな」

「余計性質が悪いな。……俺、時々お前が分からないときある」

「ミステリアスでかっこいいって言って」

「かっこいいって言ってやるには、背が十センチばっかし足りねえな」

「その無駄にでかい身長縮めてやろうか」

「おうやってみろ。俺のつむじに手が届くならな」

そんなやり取りを見ながら、ライトが青い目を優しく細めたことに、三人は気付かなかった。


 いよいよ静かになった広場で、拾は一度ため息を吐くと立ち上がった。

「よし、足も多少マシになったし、帰るか。腹も減った」

「そうですね」

拾に続けて立ち上がったタマキに、アスキが声を掛けた。

「そうだタマキ。アゲハ、買い取ってもらわないと」

「そういえば、先生が買い取ってくれるんでしたね」

頷いて、ごそごそとポケットから虫かごを取り出すタマキ。

「それがナントカアゲハ?へえ、綺麗なもんだな」

かごを覗き込んだ拾が、羽を畳んだ赤い蝶の美しさに感心する。

「持つべきものは出来の良い生徒だね」

にこにこと、この上なく嬉しそうな笑みを浮かべて虫かごを受け取ったライトに、

「七十五万ビット、一週間以内にタマキの口座に全額振り込むこと」

アスキが辛辣に言い放った。ライトの顔が引きつった。

「え!?」

「うっ!」

「はあ!?」

三人は口々に違う理由で声を上げた。

「わ、私に全額って、アスキくんの分は?」

「七十五万か……まあ、妥当な金額かな……」

「マジかよ、この蝶そんなにすんのかよ。しくじった。遅れてでも探してくりゃ良かった」

三種三様に青ざめた顔をする一同に、アスキは飄々と答えた。

「おれはまた来る予定がないけど、タマキはこれから冒険者になるんでしょ?先立つものはあるに越したことはないから」

「そ、それはそうですが……」

「お前、円に換金できるんだぞ?ちょっとくらい貰っとけよ」

「いいよ別に、困ってないし」

「っかー!言ってみてえ!」

拾が肩をすくめ、タマキは恐縮しておろおろしている。ライトは、

「貯金が減るなあ……。いや、安い投資か……」

遠い目をした。

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