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となりの世界の冒険者  作者: 毒島リコリス
一章:三日目

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9

 森を出た空飛ぶ円盤は、来たときよりも速度を上げて草原を横切る。

「本当ですね、昼間よりも増えてる」

下を見たタマキが、点々と苔玉のような緑色の生き物が蠢いているのを見て、嬉しそうに声を上げた。

「この辺でいいかな。降りるよ、タマキ」

「はい」

二人は再び水鏡で姿を隠し、速やかに草原に下りた。ぽつんと一本だけ生えた背の低い木の傍で、アスキがプラントラビットの狩り方を説明する。

「兎撃ちは、カマキリの首を狙うよりずっと簡単。襲ってこないし、地面を横にしか移動しないから、鳥落としの要領でいける。ただ、今回は毛皮が依頼内容だから、なるべく毛皮を傷つけないようにするのがちょっと大変」

弓を装備しながら、アスキが言った。

「ちょっとだけ、矢の変形も教えておくね」

「さっき言ってた奴ですね」

「魔力を通す量を減らすと、矢が小さくなる。ただ、威力も飛距離も落ちるから、使いよう」

言いながら、小さな緑の矢を生成した。

「番えた矢にもう一度魔力を送り込むと、矢が大きくなる」

小さかった矢がぐんぐんと大きくなる。

「後はもう、自分のイメージなんだ。とにかく先端を細く、と思えばそうなるし、逆に刺さらないように丸くすることもできる」

ぐねぐねと形状を変えて見せ、最終的に歪な形になった矢を空に向かって放った。へろへろと飛びながらすぐに霧散した。

「今みたいに、迷うとぐにゃぐにゃになる。もし至近距離まで近づけるなら、小さな矢の方が傷つけないかもしれないし、大きな矢を遠くに飛ばすと、魔力を消費してどんどん小さくなって、届くときには小さくなってる。いろいろ試してみて」

「やってみます」

「あと、UFOが飛ぶのを研修生の誰かに見られると都合が悪いから、帰りは徒歩。おっちゃんにお土産渡しにいかなくちゃいけないし、早めに済ませたい」

「分かりました!」

「十羽狩ったら、もう一回ここに戻ってくる。毛皮ってことになってるけど、丸のまま持って行けば間違いないから剥ぐ必要はない。……皆、剥げないだろうし」

「はい」

「じゃあ、そういうことで」

頷いて、二人は逆方向に散った。

 それから、少しだけ後。

 顔にソバカスのある少年が、一羽のプラントラビットを追いかけていた。手には魔方陣が展開し、あとは上手くぶつけるだけという状況なのだが、危険を察知した兎が逃げ出し、狙いが上手く定まらない。

「くそっ」

プラントラビットは逃げ足が速いため、人間の足では追いつくことが出来ない。闇雲に魔法をぶつけると、毛皮が損傷する。

更に午前中は個体数が少なかったため他の生徒と取り合いになり、それでかなりロスしてしまった。

かといって、一目散に自分から離れていく兎を追いながら、耳を傷つけないように確実に魔法を当てるのは、至難の業だ。少年が、諦めて別の個体を探すべきかと思ったときだった。

ひゅん。

「三羽」

「っへ?」

風を切る音がして、草色の兎が吹っ飛んだ。横たわる兎に駆け寄ると、兎は首から血を流して息絶えていた。真横から綺麗に喉を裂かれている。喉以外一切傷を付けていない、プロの犯行だった。

「ごめん。先にタゲってた?それあげる」

ぽかんと口を開けていると、自分と同じ格好をして変わった装飾のショートボウを持った、長い黒髪の少年がこちらを見ずに目の前を駆けていった。

呆気に取られている間に、野生の狼のような目つきの少年は豆粒のように遠くに見える別の個体を捉えるや否や、肩膝を付き、低い姿勢で横向きに弓を構えると、光る緑色の矢でまたしても一撃で仕留める。

「訂正、三羽」

ぼそりと呟いた少年は、呆気に取られる同僚のことは既に忘れたかのように、息絶えた兎を速やかに回収すると、またいずこかへ走っていった。

「……何だアレ……」

ソバカス顔の少年は、草原に立ち尽くして見送った。


 「あっくん、遅れてすみません!」

三十分ほどして、集合場所の木の前にタマキが戻ってきた。

「ん、おかえり。大丈夫、早かったよ」

言いながら、アスキは恐らく魔法で作ったであろう黒いナイフで兎を捌いていた。血抜きして毛皮と肉に分けられた元・兎が、こんもりと積みあがっている。

「丸のままでいいって、言ってませんでした?」

「依頼には毛皮しか書いてないのに、肉まで渡すのは勿体無い。冒険者って、そういうの大事だよ。少し時間があるから、タマキの分もやっちゃおう」

「はあ……」

タマキがまだ体温の残る死体を恐る恐るポケットから取り出して積み上げると、アスキは黙々と兎を捌き続ける。

カマキリの解体と違い、見た目にもグロテスクな作業のため、タマキはなるべく見ないように草原の方を向きながら訊ねた。

「それもお土産ですか?」

「これはサブリナに」

「サブリナさん、兎の肉も料理するんですか?」

「あのレストランは地元密着型だからね。近くで採れる食べられるものは何でも料理になるよ」

「へえー」

タマキは地面に座ってしばし休憩することにする。時々、積みあがった兎を見て恨めしそうな顔やドン引きした顔の同僚が前を通り過ぎていく。

「どうだった?兎撃ち」

「はい、最初のうちはちょっと苦戦しましたけど、なんとかコツを掴みました。でも、弓がないと短時間で終わらせるのは厳しいですね」

「でしょう。無闇に支給しても誤射や獲物の取り合いで逆に混乱するから渡さなかったんだろうけど、武器の紹介くらいしてくれてもいいよね。本当、性格悪い」

 しばらくして、

「よし、こんなもんかな」

兎を捌き終わり、ポケットに仕舞ったアスキが立ち上がった。

「あっくん、手すごいことになってますよ」

血まみれの両手を見て、タマキがさすがにドン引きした。

「忘れてた」

アスキは青い魔方陣を展開して、空中から流れ出る水で血を洗い流した。

「それ、何ていう魔法ですか?」

「水道って呼んでた。自分が知ってる一番近い水場から、水を召還するんだ。今は草原を流れてる川の水」

「便利ですね」

「似たような魔法は、詠唱でもあったと思うよ。教科書には載ってないかもしれないけど」

「探してみます」

そして今度こそ、二人は王都に向かって歩き始めた。


 遠くに見える街の外壁に向かって歩きながら、アスキがふと訊ねた。

「そういえば、タマキが冒険者になりたい理由を聞くのを忘れてた」

「あっ、そうでした!」

街を出発する前に交わした約束を思い出し、タマキは約束を反故にするところだったと、慌てて謝った。

「別に、おれも忘れてたからいいんだけど」

タマキは本当にすみませんと何度も頭を下げてから、迷うように目をうろうろと泳がせる。

「えっと、その……人を探してるんです。冒険者になった、命界人の」

するとアスキは視線を下げて何か考えた後、

「……お兄さん?」

ぽつりと訊ねた。

「え!?」

アスキの問いに、タマキは目を見開いて驚いた表情で顔を上げた。見る見るうちに大きな目に涙を溜め、アスキの服に縋り付いてきた。

「なんで分かったんですか?誰かに聞いたんですか?それとも、兄を知ってるんですか?」

必死に問うタマキの肩に手を置いて剥がしながら、アスキの方も珍しく驚いた顔をして、首を振った。

「いや。誰にも聞いてないし、知らない。タマキ、森でおれに『お兄ちゃんみたいですね』って言ったでしょ。実際にお兄さんがいなきゃ、そういう言い方はしないんじゃないかって、思ったから」

「そうですか……。ごめんなさい、取り乱しました」

肩を落としたタマキは、小さな声で言った。

「……五つ上の兄です。二年前に冒険者になるって言って由芽崎に行ったまま、音信不通になってしまって」

「データベースには問い合わせた?家族なら照会できるでしょ?」

「はい。そしたら、長期で隣界に行っていることが分かって……。ここ半年くらい、命界に戻ってきていないそうです」

「半年か……。随分長いね。冒険者で命界の生活費を稼いでるような人になら、いないこともないけど」

「隣界での資産には時々動きがあるようなので、そうしているのかもしれません。元気にしてるなら良いんですが、二、三日旅行に行くだけでも連絡を欠かさなかったような兄なので、心配で」

しょんぼりと眉をハの字にして、話すタマキをしばらく見ていたアスキは、

「……分かった。情報を集めないといけないね」

静かに頷いて言った。へ?と顔を見上げたタマキに訊ねる。

「とりあえず、ライトにも事情を話して、探して貰うように言ってみる。いい?」

「協力してくれるんですか?」

「うん、付き合えるときには付き合うよ」

アスキの言葉にタマキはぱあっと顔を明るくして、

「ありがとうございます!ふふ、やっぱりあっくんは優しいですね!」

「……別に。他にすることもないし」

アスキは前髪を弄りながら目を逸らした。

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