第10話 透明感ってレベルじゃねぇぞ
「うーむ……」
「どったの、センセ。難しい顔してよ? リゾートだぜ、ここ」
「環境で解決できない問題もあるんだぞ、陽キャ野郎」
しかも、魔法でも解決できないときた。
故に悩まざるを得ない。
人間に生まれてはや十六年。
俺に『彼女』──つまり、恋人ができた。
時間にして、三十分ほど。
吉永さんは「んじゃ、また明日ネー!」とかってサクっとお帰りになられたが……これは、カウントしていいものかどうか。
なかなか悩ましい。
「なんだなんだ、深刻なカンジ?」
「それすらもわからない。なぁ、付き合うってどういう感じなんだ?」
俺の質問に、耀司が笑みを浮かべたまま固まった。
なかなかいい停止っぷりに、俺も少し驚く。
いっそ、スマートフォンで撮影しておくべきだろうか?
遺影とかに利用できるかもしれない。
「えーっと、なに? 日月ちゃんと一線越えちゃったとか? そういう系?」
「まさか」
「じゃあ、麻生ちゃん? それとも吉永ちゃん?」
矢継ぎ早の質問に圧を感じて、若干引く。
何だろう、妙に真剣だな。
「いや、昨日さ……吉永さんに、『いまだけカレシ』と言われたんだが──」
「吉永さんがいったかー……!」
俺の言葉が終わる前に、耀司が小さく頭を抱える。
人の話がよく聞けるように、口を開けなくなる魔法でも施してやろうか?
「そんでそんで?」
「いや、それだけだ。『いまだけ』の概念と、これで年齢イコールな肩書を喪失したのかを考えててな」
「そういうのは、童貞を喪失してから考えるもんよ?」
「やはりノーカンだったか」
がっかりしたような、ほっとしたような。
とはいえ、昨日の短い『カレシ』時間はなかなか楽しかった。
『ピックアップガチャ』キャラクターの〝おためしクエ〟みたいな感じだと思えば、しっくりくるかもしれない。
まぁ、吉永さんのようなSSRキャラクターは天井なしの0.1%排出だろうから、遠い存在に違いないだろうけど。
「ま、でも。アリっちゃアリか。蒼真がどう思ってるかが大事だぜ?」
「どうとは?」
「好きかどうか?」
「うーむ……」
ここで再び唸ることになった。
耀司がいうところの「好きかどうか」というのは、恋愛感情のことだろう。
それに関して厳密に言及すると「わからない」が最も近い答えである。
そも、俺には人間がまだよくわからない。
耀司のおかげで、友情というのは少しわかってきたが……恋愛感情というのは、どういうものなのかいまだに理解が及ばないのだ。
「そんな難しい話じゃなくね?」
「そうか?」
「そりゃそうよ。勢いとパッションだけでいけばいいのよ、恋愛なんてのはよ」
あいにく、勢いとパッションは生まれた時から売り切れなんだ。
お前ら陽キャに全て売り払ってしまったのかもしれない。
「とりあえず保留にしよう、そうしよう。ただのジョークの可能性の方が高いし」
「そんな事ねぇと思うけどな?」
耀司はそう首を傾げているが、延々考えていてもわからないものはわからない。
こういうことに悩むのも人間の嗜みとわかってはいるが、そろそろ待ち合わせの時間だ。
「そろそろ行こう。待たせると後が怖い」
「げ、もうこんな時間かよ? 急ごうぜ」
肩掛けバッグとクーラーボックスを担いで立ち上がる。
今日も、海だ。海浜リゾートなので、海に行くことになるのは仕方がない。
仕方がないが、今日はシュノーケリングをするとか言っていた気がする。
「準備オッケー! さ、行こうぜ!」
「ああ」
素早く準備を済ませた耀司と共に、部屋を出る。
そこでちょうど……女子勢と鉢合わせた。
タイミングがいいというべきか、ギリギリだったというべきか。
「蒼真なのです!」
ビシリと俺を指さすすばる。
大きめのパーカーからのぞく素足に、少しばかりドキリとするが許容範囲内だ。
「人を指さすのはやめなさい。それと、青天目な。久しぶりだからルビも振っておこうか?」
「ご丁寧にどうもなのです! もう、いい加減に諦めたらどうなのです?」
指さしたままちょこんと首を傾けるすばる。
いちいち動きが可愛いのはやめよう。
「いまさらだよねー。アタシはナバちゃんって呼ぶケド」
吉永さんの声を耳にして、思わずぎくりと固まる。
先送りにした問題が、また鎌首をもたげてきてしまった。
「どうかしたのです?」
「ああ、気にしないでやってよ。それより早く行こうぜ。船、予約してあっからよ」
俺の背中をぐいぐいと押す耀司に、少しばかり感謝する。
「蒼真、今日は覚悟するのです!」
「俺は荷物番などしてるので楽しんでくるといい」
「意気地なしなのです!」
何を言われようと、行かないぞ!
シュノーケリングなんて!
「ナバちゃんが泳げないの、意外だよねぇ」
「何でも器用にしそうなイメージあるから驚いちゃった」
吉永さんと麻生さんが、そう言いながら小さく笑う。
「俺はそんなに器用な人間じゃないよ」
「うん。でも……青天目君に苦手があるのって、ちょっとかわいくていいかも」
くすりと笑った麻生さんが俺の隣に並ぶ。
なんだか、上機嫌な様子に俺も心が軽くなった。
それにしても、だ。
今日の麻生さんは少し攻めてる。
普段、制服をきっちり着こなした彼女を見ているせいか、ラフな格好──いや、夏の装いを目の当たりにすると、ギャップがすごい。
今日の彼女は白いビキニに麦わら帽子で、その上に透明なコートを羽織っている。
もう一度言うが、透明である。まったく、何も隠れていない。
「ん? これ?」
ガン見が過ぎたせいか、気付かれてしまった。
麻生さんが透明なコートをつまんで照れた様子で笑う。
「ビーチ用のレインコート。水着にあわせるのが流行ってるって聞いて」
「これ、えっろいよねぇ!」
麻生さんに後ろから抱きつきながら、吉永さんがからからと笑う。
顔を真っ赤にしながら、麻生さんが俺を見た。
「そ、そんなことないです! ……よね?」
「も、もちろん」
咄嗟に口から出たのは、嘘の同意。
俺も自覚せぬフェチに、うっかり直撃をもらってしまったらしい。
これは、エロい。
「ウソだぁ、これは効いてる顔だよ!」
「胡乱な気配を感じるのです。聖滅の必要性を感じるのです」
「じゃれんのもその辺に、しといて……ほら、あの船だぜ」
旅館を出て、ほんの数分。
コンクリート製の桟橋に泊まっている小型船を指さす耀司。
「んじゃ、無人島ツアーに出発ってことで!」
元気な耀司の声に、みんなの浮かれた気分がじわりと高まるのを感じた。




