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第10話 手紙の返事が2通

 それがもたらされたのは、朝食の後だった。

 食事を終えたリリアーヌが席を立つ直前に老齢の執事がリリアーヌに声をかけた。


「リリアーヌ様、お手紙が届いています」


「ありがとう、ええと」


「アドリアンです」


「ありがとう、アドリアン」


 手紙は2通。

 実家からとグレースからだった。

 リリアーヌはぎゅっと胸にそれらを抱きかかえた。


 執事のアドリアンはそのまま、デスタン侯爵とセドリックにも手紙を渡しにいった。


「それじゃあ、ご機嫌よう」


 それを傍目に見ながら、リリアーヌは立ち上がった。


「ああ、リリアーヌ嬢、明日、私とセドリックは狩猟に行くが、見学に来るかい?」


 執事から手紙を受け取りながらデスタン侯爵はリリアーヌに声をかけた。


「ええと……」


 セドリックに狩猟は苦手と言ったばかりだった。

 しかし、義父とセドリックと交流する機会は増やしたい。


「リリアーヌは銃の音が苦手だそうです、父上」


 セドリックが先にそう口を挟んだ。


「ん、そうか。では、成果を楽しみにしていくれたまえ。……風邪が治ってよかったよ」


「はい」


 リリアーヌは礼をした。

 その間に執事はセドリックに手紙を渡す。

 セドリックは手紙を受け取り、目を見開いた。


「……セドリック様?」


「い、いや、どうもしない」


 セドリックの声は明らかに動揺していた。


「……そうですか。失礼します」




 リリアーヌは部屋に戻った。

 グレースと家族からの手紙を見つめる。

 セドリックの動揺を思い出す。

 セドリックが手にしていた手紙、それはグレースの送ってきた封筒と同じだった。


「……グレース」


 何を手紙にしたためたのだろう。


 モヤモヤする気持ちを抱えながら、リリアーヌは封筒を開いた。


『私の愛するリリアーヌ。

 お手紙ありがとう。とっても嬉しいわ。


 でもね、手紙を読んで、心配になりました。あなた、自分のことを何も書いていないのだもの。

 デスタン侯爵領での驚きが多かっただけならいいけど。

 もし、何か辛いことがあるようなら、手紙に書いてちょうだい。

 もしも、デスタン侯爵家が嫌になったら、私、全力を尽くしてあなたの力になります。あなたが帰ってきたいのなら、デスタン侯爵に口添えします。


 王都では今、雨が降っています。そちらはどう?

 あなた昔から外で遊び回っては風邪を引いていたから、心配しています。


 そうそう、あなたのお家にエグランティーヌの顔を見に行きました。

 あの子すっかり甘えん坊になっています。お姉様が恋しいのね。


 私もあなたが恋しいです。

 愛を込めて、グレース』


「グレース……。そう、そうね、私、自分のこと何も書いていなかったわね……」


 グレースには敵わない。

 リリアーヌは苦笑した。


「でも、あなただって……」


 セドリックに手紙を出したことが書いていない。


「ふう……」


 リリアーヌは返事を書き始めた。


『ご機嫌ようグレース。

 心配してくれてありがとう。

 そうね、私ったら、何も書いていないわね。失念していましたわ。


 何から書けばいいかしら。そうね、私ったら、あなたのご明察通り、雨の中に出て風邪を引いてしまいました。

 この年になってまた雨で風邪を引くとは思いませんでした。

 でもね、言い訳を聞いてちょうだい。デスタン侯爵家の庭はとっても美しいの。だから、見とれてしまったの』


 セドリックに庇われたことは書けなかった。

 グレースはリリアーヌのことが書かれていないと言ってきた。

 しかし、グレースの方こそ、セドリックへの思いについて何も書いてはいない。

 傷などすぐに癒えるものではないだろう。

 だからセドリックについては当たり障りのないことを書くに留めた。


『デスタン侯爵とセドリック様は狩猟をお楽しみになるんですって。グレースは知っていた? 私は銃の音が苦手だから、遠慮したけれど、グレースは狩猟を見学したことはあったかしら? あれ本当にスゴイ音がするのよ。


 それから、エグランティーヌのこと、ありがとうございます。

 きっとエグランティーヌも喜んだことでしょう。


 デスタン侯爵領のリンゴをあなたに贈れないか、尋ねてみようと思います。

 もう少しで秋が深まり、冬になりますね。私のようにお風邪など引かないよう、お気をつけくださいませ。


 親愛と真心を込めて、リリアーヌ』


「これでよし……実家への返事は後回しでいいわ。カサンドラ!」


「はい、リリアーヌ様」


「手紙を出したいの」


「うけたまわりました」


「……それから、リンゴを王都に贈ることってできるかしら?」


「言いつけておきます」


「ありがとう」


 リリアーヌは一仕事を終え、昼寝でもしようかとベッドルームに下がった。

 まだ風邪のダメージが少しばかり残っていた。


☆☆☆


『信頼するセドリック様。

 お久しぶりです。お手紙を出してもよいのかどうか、とても迷いました。

 ですが、どうしても気になることがありましたので、ぶしつけにも筆を執らせていただきます。


 気になっているのは、私の大切な友人、リリアーヌ、奥方様のことです。

 リリアーヌはそちらで元気にやっているでしょうか。

 あの方はとても芯の強いお方です。しかし、強がりなお方でもあります。

 それが心配で心配でなりません。

 どうか、あなた様がかつて私に向けてくださった深い愛で、あの方を包み込んでさしあげてくださいますよう、心の底からお願い申し上げます。


 ついぞ、ご自慢の花園も、リンゴ畑も、狩猟に適した森も、見ることは叶いませんでしたが、どうか、リリアーヌにはたくさんのものを見せてあげてくださいませ。


 今となっては、私の望みはただそれだけでございます。

 どうか、リリアーヌをよろしくお願いします。


 返信は不要です。ただ、どうか私の願いを、忘れないでいただきたく思います。

 この手紙が余計なお世話であることを切に願います。


 グレースより』


 セドリックはグレースからの手紙を何度も読み返した。

 そこに何が込められているのか、何度も読み取ろうとした。


「グレース……」


 セドリックはその名を呼んだ。

 私室の中に消えていった。


「……俺には……」


 セドリックはうなだれていた。

 彼が向かう机の上には、未だに『下働きと王子』が置かれていた。

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「追放された聖女はお見合い斡旋所に再就職します」
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