257、最後まで足掻く
「マルタから聞いていると思いますが今晩出発予定です」
「いや、聞いてませんけど? どこに?」
私の部屋でいきなりどこかに出発宣言をされたがさっぱりわからない。
「……ああ、仕方無いですね……うっかりしてしまったのでしょう……」
マルタのミスに関してはまるで怒らないロイド。
相変わらずマルタには甘い……
「マルタに聞かれたくなかったのでここへ移動してもらいましたが昨日の夜に師匠の魔導コアが完成しましたよね、それでアレスはすぐに出発ですか?」
「いや、すぐにと言う訳には……」
アレスは口ごもりハッキリ言わない。
だってアレスは行きたくないもんね。
「ロイド、皆は何の準備をしてるの?」
「カホイに行く準備です」
「カホイ……? え? 前に行った温泉の町?
なにそれ慰安旅行的ななの?」
「イアン旅行?」
この世界に慰安旅行は無いですか……。
ブラック(?)な感じだから……
「……みんなの疲れを取りに行くってことだよね? よく許可されたね?」
アレスが補足を入れて質問してくれた。
「まあ、基本私はマルタの事もあるので裏切ると思われていないからですね。……今回は私の傷の回復、湯治もかねると言う名目で一週間貰って来ました。戻ったら働かされる予定ですが……」
「一週間!! すごいね。ゆっくり出来そう!」
温泉! 温泉だ! それで皆喜んでいたんだ。
ウキウキの私に対してアレスは暗い顔をした。
「俺が過去に戻ったら皆消えてしまうのに……」
あ、そうか、アレスが過去に行って魔王を倒したら違う未来で今の世界は消えてしまう!?
ロイドが目を細めた。
「アレス……そう言うのは黙ってやればいい……人にいちいち言わなくていい……」
「え?」
「お前が神と決めて実行することなら普通の人間には手が出せんからな……」
「ロイドさんは……反対ですか?」
「人の顔色伺ってどうする? 私がやめろと言ったらやめるのか? そんなことではないだろう? 敢えて言うなら私は反対でもなんでもない」
「え……あまり良くは思ってないですよね?」
「もし反対と言えるなら、それはたまたま恵まれて大事な者を失ってないからで、師匠の様に大事な者を失った人に対して反対は出来ない。もし私がマルタを失っていたらアレスが過去に行くのを希望しただろう」
「でも今から消えちゃうかもしれないのに温泉に向かうの?」
「そうですよ。消えるかもしれなくてもそれはいつですか? アレスが旅立ってすぐにですか? それは5分後? 1か月後? 10年後とかですか?」
「いや、結構早いと思う。そんな年単位の筈は……」
「つまり誰もやったことないからわからないでしょう? 私もおそらくすぐだとは思ってますが今を生きる限りギリギリまで私は足掻きますよ」
「足掻く?」
「そうです。アレスが消してしまうからと言って今を生きてきた自分をそう簡単に捨てられますか? 消えるまでは私たちの人生でしょう? 私達以外はこれから世界が消えるなんて誰も思ってない、だから今からカホイに向かいその後ジャパネオに脱出を予定します。ここに戻る気はありません」
脱出!? 戻る気がない?
まさかの発言だった。
「ジャパネオにたどり着く前に消えたとしても……?」
「そうです。消えるその時まで今を生きます。ただ消えるのを震えながら待つのはごめんです」




