233、悪趣味ですね
何があったの?
アレスが城壁外に飛び降りて行くのが見えた。
四階くらいからの高さだがアレスならきっと大丈夫だろう。
「ロイド、大丈夫か?」
トカゲ隊長が駆け寄ってきた。
「侵入者は姫様を諦め城外に逃走だ。私は姫様を後宮に届け、傷の治療をする為に戻る。カイはウォルター様に報告を頼む」
「頼むって……報告は任せろ。でもお前……顔……目が……」
「侵入者を退ける為の負傷だ、仕方ない……私の連戦無敗記録は止まったな……フフ……」
「笑ってる場合か、人間の医者はもういないんだぞ!」
「大丈夫だ、ポーションが一つあるから、それで傷口を洗う。あとは寝ていれば……すまないがもう戻る」
「手伝うぞ」
トカゲ隊長が手を貸そうとするがロイドが拒む。
「うちの姫様は人見知りだからいい。カイは報告だと言ったろう」
トカゲ隊長と別れてロイドが私を抱えて後宮に向かう。
後宮に向かうロイドの歩みはしっかりしているがロイドの白い手袋とシャツがどんどん赤く染まっていくのが分かり私は血の気が引き手足が縮こまっていた。
「いい奴でしょう? さっきのトカゲ男は"カイ"といって昔、騎士団に入りたくて王宮に来たんです。バルク様が騎士団長をしていた頃ですね。バルク様がいなくなって騎士団は解体されてなくなりましたが……」
私は怖くてロイドの顔を見れない。
身体を小さくしたままロイドに抱えられていた。
「結局彼も魔族転化であんな姿ですが、心が人間寄りで彼は良い方の例です。心の強いものは比較的人間性が残りやすいのかもしれません。魔族転化されたら私もあのようになりたいと思っていました」
「ロイドは魔族になっちゃダメだよ!!」
思わず出た自分の声はうわずっていて変な声に感じた。
「姫様が来る前は、私にはそういった未来しかありませんでした。マルタが吸血鬼にされて、私もいつか魔族になって生きていくだろうと、私の周りの者達全ても魔族になってしまいましたから、それが自然でしょう。魔族になるだけで……容姿が変わるだけで……特に変わりないのではないかと考えた事もあります」
「それでもダメだよ」
自分の声が震える。ロイドの赤く染まっているシャツを掴んだまま動けずにいた。
「そうですダメですね。ダメです……あの優しかったカイが街で人間の子供を切り刻んでいるのを見てしまいました。人間性を持っていると思っていても、やはり心は魔族になっていくのでしょう。私が私で無くなったら、マルタを傷つけてしまったら……と考えると恐ろしいです」
「ロイドは、こんな時でも……マルタばっかりだね」
「双子の片割れが好きだなんて自己愛が強いだけなんて言われた事もありますが……」
「自己愛が強い!? そんな人はそんな血だらけになるようなことしない……ごめんなさい。アレスが……ごめんなさい。ごめ……」
「なぜ姫様が謝るんですか?」
「だって、だってアレスが、アレスが……」
「姫様が気にすることはありませんよ。さっきカイが子供を斬ったと話しましたが私だって似たようなものです。この城に侵入する者達を斬ってきました。姫様を連れて来たばかりの時は毎日刺客が来ていた時もあります。その度に全部殺していました。そう考えると私は魔族とそう変わらないですね。勇者に斬られても文句は言えません」
「だってそれ、お仕事でやってたんでしょ? 仕方ないんでしょ? ごめんなさい、ごめんなさい、ロイド!」
「そうですね。お仕事です。すみませんお喋りしすぎましたね。しゃべってないと意識飛びそうだったので……」
後宮の玄関に着いた。玄関に明かりがついている。
「歩けますね? 姫様」
ロイドが抱えていた私を降ろす。
「すみません、私の血がついてますね」
ロイドが顔の右側を押さえながら言った。
怖いと思ったが私は見なければいけないと思う。
何が起きたのかをちゃんと知らなければだ。
勇気を出してしゃがんでいるロイドの顔を押さえた。
少し明るいところで見たロイドの顔は憔悴していた。
そのままゆっくりとロイドの右手を退かして見る。
「悪趣味ですね、姫様。傷口は見ない方がいい」
涙がでた。
ロイドの右目は無かった。
美しい翠の瞳はそこには無く右目があったはずの場所はぽっかりと虚しい空洞だ。
暗闇が広がる空洞を見て私は足元が崩れるのを感じがした。
どうしてこんな酷いことが!!
右目はアレスが持ち去ったのだ。




