215、綺麗事だけではどうにもならない事もある
グロいの苦手な方はとばしてください。
「はは……じゃあ出たとこ勝負だな」
ロイドが瓶を開封して頭から血をかぶった。
うっぷ、気持ち悪!
紫の靄がロイドに向かって勢いよく来た。ロイドは魔方陣に向かって素早く移動する。
アレスは私を抱えたままジャンプで後ろにさがる。
シーラ、レイラはロイドを追う。
ジャンプで距離を取ったアレスの腕の隙間から怖いもの見たさで見てしまう。
ロイドが笑っていた。
人の形をとりながら吸血鬼が凄い速さでロイドのあとを追う。
魔方陣に入り光が上に上がった。
魔方陣が発動したようだ。
吸血鬼の姿が浮かび上がって次第にはっきりしたものになっていく。
姿が、身体が固定され人の形になっていく。
もう霧散して逃げることは出来ない。
それは王妃様……とは呼べるものではなかった。
思っていた吸血鬼とは全く違う!
吸血鬼というよりは黒紫のゾンビのようだ。
皮膚もただれて所々めくれあがっている。男か女かもわからない、かつて人間だったモンスター。
"渇いている"とロイドが言ってただけあり、血まみれのロイドしか見えていないような動きだった。
ロイドのみを動物のように追ってくる。牙を剥き出しガシガシ音をたてている。
その姿や動きは知性とか記憶とかないのだろうと伺わせるのに充分だった。
シーラ、レイラは魔方陣が壊された時の為に待機しているようだが、そんな心配はないようだった。
ギィーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!
吸血鬼が変な雄叫びをあげながらロイドに襲いかかる。
ロイドの腕が捕まれた。
しかし掴んだ筈の腕は床に落ちた。
いつの間にかロイドはいつもの双曲の剣を両手に持っていて腕を切断していた。
ギイイイイイイイーーーーーーーー!
吸血鬼が叫び、ロイドに噛みつこうと襲いかかるが、今度は顎が切断される。
苦しいのか悔しいのか吸血鬼が雄叫びをあげる。
しかし雄叫びの途中で頭部が切断された。
そのまま全身を賽の目に切り刻んでいく。
赤黒いドロッとした血がボトボト落ちて飛び散る。
肉片となった吸血鬼が床にばらまかれる。
しかし吸血鬼は不死身なので再生しようと肉片が動きだしくっつき始める。
肉塊が蠢き集まっていく光景は最早ホラー映画のようだ。
ロイドは動かずそれを見ている。
私は恐怖で歯がガクガクしながらアレスの腕の中と言う特等席の安心感で見てしまっていた。別に見たくもないのに見てしまう。ロイドの様子が変?
「どうしたのかな? 核を潰さないと再生するんでしょ? 見つからないのかな……?」
「違う……わざとだ……」
アレスの言葉通りに再生する吸血鬼を何度も切り刻んでいく。
再生させ、切り刻むを繰り返す。
だってロイドは楽して倒したいって言ってたよ?
なぜそんな面倒な事を……
「10年分の恨みだからね。好きにさせてあげた方がいいよ」
「え?」
だってだって、ロイドはそんな仇とか言う熱い男では無いって言ってたよ。
「アレスがトドメを断ったのって……」
「最愛の人の仇だからね。ちゃんと討たせてあげないと後で気持ちの整理がつかない……」
「でもこれロイドの為になるのかな……? ならない気がする。だって化け物になったとしてもあれは王妃様でしょ? 人間だったのにあんな酷いこと……」
「綺麗事だけではどうにもならない感情ってあるんだよ。そういうものに向き合うことが必要な時もある。チビリルにロイドパパが調子が悪いって言われて心配で来たけれど俺は必要なくて良かった。リリアは怖かったら俺の方見ていて」
"俺の方見ていて"の一言でこんな状況なのに少し気持ちが温かくなる。
私はアレスにしがみつく。
私はもうロイドの方を見る勇気はなかった。
何度も殺して再生させを繰り返しロイドが吸血鬼の核を破壊したのは辺りが暗くなってからだった。
常軌を逸したその行動で、もともと被っていた血はとっくに渇き、吸血鬼の赤黒い返り血を浴びていた。
何回剣を振っていたのか、握りしめていた手からは自分の血も滲んでいる。
シーラ、レイラがどこからタオルを出しロイドの返り血をふたりがかりで拭いていた。
息のあがったロイドがアレスに向かいやって来た。
「私がやると時間がかかってしまい待たせてしまったようだね。君だったら一発なのに、恥ずかしいよ」
と言った。
私はこの時のロイドの表情を見る事が出来ない。
笑っていたのか辛そうだったのか、それともすっきりしていたのか……
最近見せてくれていた優しいロイドではないものだと思えて怖かった。
昨日この人は、私にミルクティーを淹れてくれ少年のように笑っていたはずなのに。
彼のは苦しみの深さは想像以上のものだ。
「リリア、落ち込まないでくれ。殺され方はともかく、ずっと死ぬことも出来なかった状態の王妃様の魂はこれで解放されたんだ。
……ロイドパパもずっと囚われていたものから解放されたはずだ……」
そう言ってアレスが私の頭を撫でた。
私の瞳からはいつの間にか涙が流れていた。




