呪いと竜とお姫様
この国の王家にとって子は産まねばならぬものだった。
どの王家も子はなさねばならない。
後継者が必要だから。
そうではなく、この国には必ず姫が必要だった。
どこかに嫁がせて政治基盤を盤石にするという他国にもある目的もあるけれど、この国にはそうではない理由があった。
この国の始祖が勇者と呼ばれる英雄だったためか、何度も魔国のものに襲われるのだ。
戦争になる訳ではない。
基本的にお姫様がさらわれる。
最初はお姫様をさらわれないように色々と手段を尽くしていたけれど、だんだんとお姫様だけを犠牲にした方が他の王国の人々は幸せなのではないかと思うようになった。
お姫様は城にいても金がかかる。
魔国のものはお姫様をさらうが、直接殺す様な事はない。
お姫様は二人同時にはなぜかさらわれない。
そして閉じ込められた人間はどうしてもそれほど長生きはできない。
この国は、たった一人だけを犠牲にして、その上で被害者でいつづけることを選んだ。
* * *
「ねえなんで竜は私をさらってしまうの?」
お姫様は竜に聞いた。
いつか悪い竜にさらわれてしまうかもしれないことは聞いていた。
「お利口にしていないと竜にさらわれるよ!」
という言葉はこの王国で子育てをするときの耳慣れた言葉の一つだ。
でも何故竜がお姫様をさらうのかは誰も知らない。
竜も目的を言ったことが無い。
「呪いだ」
竜は一言そう言った。
「呪い?
あなた呪われてたの?
私をさらうと呪いがとけるの?」
お姫様は面白い物を見たときの様にいった。
呪いへの畏怖は何も見て取れなかった。
「呪いにかかると……。
こうやって勇者の末裔をさらって閉じ込めておきたくなるんだ」
ここは御伽噺にでも出てきそうな石造りの塔だ。
物見に昔使っていたのかもしれないここは、お姫様たちが来た時には誰もいなかった。
「へえ、そうなの。
それは大変ね」
どうすると呪いがとけるのかについて竜は言わなかった。
言えないのか、それとも方法が無いのかは分からなかった。
お姫様は竜にさらわれる用のスペアの姫として育った。
代によってはお姫様がさらわれない時もあるため、最低限の教育を施され、お姫様と竜が認識しないと困るから王族としては一応扱われていた。
ただ、そのために育ったのでお姫様はいつも孤独だった。
婚約者もいないし、誰も積極的に友達になろうとはしなかった。
お姫様の周りに侍っても出世は見込めないため誰も見向きもしなかった。
呪われているらしい竜は初めてまともにお姫様と話をしてくれる相手だった。
「呪いはいつかけられてしまったの?」
竜は困ったように喉で鳴いた。
「その話は今度にしよう。
もう日が沈む。
寝る支度をした方がいい」
国から送られてくるのは食料や衣服、そんなものばかりで蠟燭や灯のための油の様なものはほとんど無い。
もしかしたら火事を恐れているのかもしれないとお姫様は思った。
兎に角灯が無いのでお姫様の一日は早く終わる。
「はーい。
眠る時にまた魔国のお話きかせてね」
お姫様は言った。
それから竜が見える窓をパタンと閉めると、眠るための支度を始めた。




