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その手の温かさ

 ナスに乗って少し遠くまで走った後皆の所へ戻る。

 ナスの身体に異常はないらしく、僕も酔ったりする事はなかった。むしろナスと一体になったかのような感覚がした。これが騎獣の能力何だろうか。

 戻ってきた僕達にフェアチャイルドさんが駆け寄ってくる。


「大丈夫ですか?」

「うん。僕は大丈夫。なんだかナスと一体になったみたいな、そんな不思議な乗り心地だったよ」

「ぴー」


 ナスも同じような意見らしい。僕の重さは全然気にならなかったとか。


「そうですか……よかったです」

「心配してくれてありがとうね」

「……ナギさんに何かあったら、私……」

「心配性だな。フェアチャイルドさんは」

「お二人は仲がいいですね~」

「六年間ずっと一緒にいた幼馴染ですから。時間を取らせてしまってすみません。行きましょう」

「はい~」


 リュート村までの道のりはウィトスさんと相談し街道は使わない事にした。東側は人通りが少ないとはいえ全く無いわけじゃない。

 アースがいる限り旅人や行商人が連れている動物が怯え迷惑をかけてしまう。

 だから街道から少し外れた場所を僕達は歩いた。

 途中ぶつかる小さな林は入らないで迂回をする。

 林は道を行く人が木陰で用を足す事が多いので靴を履いている僕らならともかくナスやアースにはあまり歩かせたくない場所だ。

 ウィトスさんも嫌がっていたので特に問題も起こらずに迂回する事は出来た。


 道中ウィトスさんには旅で起こる女の子特有の困った事態への対処法を教えてもらった。急にアレが来た時とか、お腹が冷えた時の対処法、ムダ毛の処理や髪の手入れの仕方も熱く語っている。髪だけではなく依頼を受ける時は身だしなみは整えた方がいいと教わった。

 たしかにウィトスさんの髪は冒険者とは思えないほど綺麗だ。

 冒険者なのだから気にする事はないのではとも僕は思った。けれど、村だとかで依頼を受ける際は依頼人の家で受ける事がある為、家を汚さない様に気を使った方が依頼人からの印象はいいらしい。

 元々一人旅の冒険者は見くびられ易い傾向にあるから事細かな気配りはしておいて損はないんだとか。

 さらに男性には注意した方がいいと警告された。ウィトスさん自身何度か危ない目に合っているらしく、僕も他人事ではないから真剣に話を聞いた。

 のほほんとして見えるけれど中級の冒険者だけあって参考になる事ばかりだ。

 しかもまだ十五歳だ。十五歳で中級の冒険者になるほど腕の立つ人なんだ。

 第四階位になる時の試験がどれほどの厳しさかは分からないけれど、普通は中級に足を踏み入れるまで四、五年はかかるらしい。それなのにウィトスさんは最短で第四階位になり中級冒険者となった。ただ者ではないはずだ。


 お昼になり食事の支度をする。ウィトスさんは着替えと身だしなみを整える為の道具、それに保存食と最低限の荷物しか持っていない。

 調理器具は持たないのかと聞くと料理が出来ないと恥ずかしそうに告白した。

 普段は食事は保存食か旅先の村で済ませているらしい。今日も食料は保存食で済ませようとしたけれど、フェアチャイルドさんに止められ普通の材料を購入したらしい。

 料理を作ろうとすると、フェアチャイルドさんが自分が作りたいと言い出した。

 ちゃんと考えた方がいいな、これは。

 どうせならと僕は料理は当番制にしようとフェアチャイルドさんに持ちかけた。ウィトスさんは料理が出来ないようなので僕とフェアチャイルドさんで交互にやればいいだけだ。

 フェアチャイルドさんはこの提案に何故か悲しそうな顔をして渋々といった感じで賛成した。何故だ。

 理由を問いても答えてはくれなかった。何故なんだろう。

 お昼の料理は厳正なるじゃんけんの結果僕が料理をする事になった。


 お昼作らない代わりに僕はフェアチャイルドさんにナスとアースのブラッシングを頼んだ。ナスは兎も角アースは終わらせるのは無理だろうけど、痒い所くらいは掻けるだろう。そう思い櫛を渡すとウィトスさんもやりたいと名乗り出てくれた。

 とりあえずナスはフェアチャイルドさんに、アースをウィトスさんに頼んでみた。

 アースに括りつけられた荷物を下ろしてから二人に櫛を渡して僕は料理に取り掛かった。ちなみにアースの櫛はナスの物より大きく僕の頭位の大きさな為重い。丈夫な木材で出来ている高価な物だ。

 ウィトスさんに持って貰ってみると、ウィトスさんは片手で軽々とアース用の櫛を扱った。フェアチャイルドさんは両手でじゃないと持てないのに。やはり弓を使っているだけあって力もあるんだろう。

 料理していると後ろの方から二匹の気持ちよさそうな鳴き声が聞こえてきた。これを機にもっと仲良くなってくれたら嬉しいんだけれど。




 リュート村に着くとウィトスさんが僕に家によってもいいと言ってきた。


「いいんですか?」

「大丈夫ですよぉ。その間私とフェアチャイルドさんは村長さんの家で依頼を貰ってきますからぁ。ナギさんはしばらく時間が経ってから村長さんの家に来てください」

「フェアチャイルドさんはそれでいいの?」

「……はい。お久しぶりの故郷なんですから、ご家族に会いにいかれた方がいいと思います」

「わかったよ。二人がそういうのなら。家の場所は分かる?」

「はい。覚えています」

「流石フェアチャイルドさんだ。じゃあナス、アース行くよ」


 依頼については二人に任せて僕は二匹を連れて二人と分けれた。


「そういえばアースは僕の家族に会うのは初めてだよね」

「ぼふ」

「大丈夫かなー。アース見てひっくり返らないかな」


 今の所村の皆とは会っていない。多分畑に行ってるか家で仕事をしているんだろう。

 子供達の姿もまだ見えない。村の出入り口の近くで遊ぶのは大人達から止められているからその所為だろう。


「村の中心の近くまでいけば人もいるだろうから、武器や魔法向けられても反撃しちゃ駄目だよ」

「ぼふん」

「気持ちはわかるけど、僕が何とかするからね?」

「ぼふー」


 ため息交じりの了解の声に僕も思わずため息を漏らした。


「ぴー!」

「ぼふん」

「ぴー! ぴー!」

「ぼふふん」

「喧嘩しないのー」


 全くこの二匹は。


「なんだいこれ!?」


 アースの向こう側からミモザおばさんの大きな声が聞こえてきた。ナス達の喧嘩の声で家から出てきたんだろう。


「お久しぶりですミモザさん」


 素早くおばさんの視界に入り笑顔で挨拶をする。


「アリスちゃん? アリスちゃんかい! ああ! これがアンナちゃんがいってた大きな魔獣かい!」

「そうです。お騒がせしてすみません」

「いいんだよぉ。そう……アリスちゃんったらこんな立派な魔獣を従えるようになったんだねぇ」

「従えているんじゃありません。仲間なんです」

「ふふ、そうだね。アンナから冒険者になるって聞いたけど、帰って来たのは研修の旅の為かい?」

「はい。それと家族にも会っておきたくて」

「そうかいそうかい。大きくなったものねぇ。早く行ってやりな。アンナも待ってるよ」

「はい。ありがとうございます」


 他にも騒ぎに気づいたのか家から出て来てこちらを見ているおばさま方がいたので笑顔で会釈をしてアースの鼻先を撫でて僕の仲間だという事をアピールしつつ僕は自宅へ急いだ。

 家の前に着くとアースは家の前に、ナスは入る前に汚れていないか調べて少し臭ったから家の横で洗浄をする。

 アースには家の横に移動してもらい、ナスの毛が乾いたらいざ中へ。


「ただいま」

「ぴー」


 僕とナスがただいまを言うと奥のベッドの傍にいるお母さんが振り返った。人差し指を口に当てている。

 どうやらルイスが眠っているようだ。

 僕とナスは静かに部屋の真ん中へ行く。


「お帰りなさいアリス、ナス」


 お母さんがナスに近寄り頭と首を撫で始める。


「ルイス寝ちゃってるんだね」

「ええ、お昼寝の時間だから」

「……僕さ、冒険者……見習いになったよ」

「じゃあ今は研修の途中なのね」

「うん」

「同行している先輩はどうしたの?」

「フェアチャイルドさんと一緒に村長さんの所に行ってるよ。僕が家族に顔を見せてる間に依頼を受けて来てくれるって言ってくれたんだ」

「そう……いい先輩なのね」

「今朝会ったばかりだけど……うん。穏やかな人でいい人そうだよ」

「男の人? 女の人?」

「女の人」

「それならお父さんも安心ね」

「あはは……。お母さんも冒険者だったんだよね。見習いの依頼って難しいのかな」

「あんまり難しい事はしないはずだから大丈夫だと思うけど、この頃不穏な空気があるから気を付けなさいね」

「不穏なって?」

「北の方から動物達が移動してきてるのよ」


 新入生を迎えに行った時のアレだろうか?


「魔物でも出たのかな」

「分からないわ」

「もしくは魔獣か……」

「ナギ、好奇心は猫を殺すという言葉があるわ」


 こっちにもあるんだ。


「でも好奇心は冒険者には必要な物でしょ?」

「過ぎれば毒にしかならないわ。それにね」


 お母さんは僕の頬に手を当ててきた。


「あんまり一緒にいられなかったけれど、それでも親なのよ。子供が危険な目に合うのは、ね」

「お母さん……」


 頬に触れているお母さんの手から暖かさが伝わってくる。

 もう顔が霞んでよく思い出せない有栖川那岐のお母さん。

 目の前にいるアリス=ナギのお母さん。

 僕は今世の両親に対してどういう態度を取ればいいのか分からない。今世の僕を産んでくれた人で感謝はしている。けど、親の事を思う度に前世の家族を思い出してしまう。

 僕は答えの出せないままこれからも生きていくのだろうか。

 それはなんだが、とても寂しい事のように思えた。


「あり……がとう」

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[気になる点] お母さん達家族をほっといても大丈夫なのかな。でも、心配だからといつまでも家に居られないか。
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