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卒業

 アースの住んでいる倉庫は、一年半ほどでボロボロになってしまっている。それもこれも身体に痒い所があると壁や柱に身体を擦り付けるからだ。

 ナスのように藁を敷き詰めて藁で痒みを取って貰おうにも体毛が邪魔をして藁では役者不足だった。

 これではいかんと岩を置いたんだけれど、その岩も今では土に還り今は二代目が床に散らばっている。

 アースが出て行った後この倉庫は取り壊しになるらしい。元々使ってなかったから新しく資材置き場にするんだとか。なんというか、申し訳なさで土下座をしたくなる。

 さて、倉庫の中に入ると僕達に気づいたアースが動いた。


「ぼふ」


 お帰りと言う意思の乗った鳴き声と共に生暖かい風が頬に当たる。

 ライトの光に照らされたアースはじっと左の目で僕達を見ている。何となく深緑の瞳は校長先生の事を注視しているような気がする。

 校長先生とこれからやる事をアースに説明すると興味なさげに目を閉じた。

 ……いや、ただ単に眠いだけだ。鼻息が明らかに寝息になっている。


「アース、マナポーションいらないの?」


 聞くとアースの瞼が開かれた。


「ぼふー」

「用意するからちゃんと起きて」

「ぼふっ」


 のっそりと起き上がり校長先生の前まで移動したアースは、ぼふっと再び座り込んだ。


「ぼふぼふ」

「先生、魔力道具(マナアイテム)を出して欲しいそうです」

「あ、ああ。分かった」


 校長先生は魔力道具(マナアイテム)の入った箱をアースの前に出した。

 アースは魔力道具(マナアイテム)に鼻先を押し付ける。すると青い板が例のごとく浮かび上がった。

 何が書かれているんだろう? と確認する暇もなくアースは青い板に自分の鼻を押し付けた。


「あっ、職業の説明いらなかった?」

「ぼふ。ぼふぼふんぼふ」


 適当でいいのよ適当で、と語るアース。いいのかそれで。後で何の職業に就いたか確認しなくちゃ……。

 青い球体を受け入れたアースがマナポーションを催促してくるのでいつものようにアース用の食器に満たしておく。


「校長先生、お付き合いありがとうございました」


 お礼を言うと校長先生は笑って顔を横に振った。


「いやいや、君のお陰で大発見を出来たよ。お礼を言いたいのはこちらの方だ」

「あ、後ナスに職業を付加された時魔獣の誓いに能力が追加されました」

「なんと!?」

「仲間の魔獣のスキルが使えるようになったらしいです」


 まだ確かめていないけれど、レベルと言うか熟練度みたいな物はどうなっているのだろう。

 もしもナスの魔力操作(マナコントロール)魔力感知(マナパーセプション)の熟練度が僕の方の熟練度を上書きしたら固有能力の魔眼を習得できるんじゃないだろうか。


「そんな効果があるのか……今日の発見は歴史が変わる大いなる発見かもしれないな」

「でも、魔獣の誓いを持っている人は少ないんですよね? そんなに変わるでしょうか」

「変わる。普通の動物にも職業を付加でき強化できたのなら今まで以上に出来る事が増えるはずだ。身近な所で言えば馬車を引く馬の力が向上すれば運べる荷物の量が増える。

 たとえ魔獣だけに付加できるとしても、誓いの固有能力はなくとも魔獣使いの職業の者は大勢いる。世界は変わるはずだ」


 熱を込めて語る校長先生は僕の肩に右手を乗せてきた。


「ナギ君。君の名前でこの事をしかるべき場所に報告するつもりだが、いいかな?」


 僕の名前が公の場所に出るっていうのは何となく遠慮したいんだけど、こういうのって名誉になるんだよね?

 後々の事を考えたら名誉は貰っておいて損はないと思う。


「はい。構いません。よろしくお願いします」


 もしも名誉が得られなくても僕にとっては得にならないだけで損ではないし、どっちに転んでも問題ないだろう。

 事が終わり僕達は校舎へ戻った。

 保健室へ揃って戻ると、フェアチャイルドさんが起き上がっていた。


「もういいの?」

「はい。すっかり落ち着いて前よりも大分調子が良くなりました」

「そう、よかった。カイル君達はもう帰ったのかな?」

「はい。途中までここにいたんですけど、カリエラ先生がもう遅いから帰るようにって」

「そうだったんだ。じゃあ僕達も速く宿に行かないとね」

「はい」


 僕はフェアチャイルドさんの手を引き二人の先生の前に並んで立った。


「カリエラ先生、校長先生。今までありがとうございました。ここで学んだ事は忘れません」

「『生きてこそ』この言葉を私は忘れません」

「二人の無事を祈っているわね」

「君達の旅路に幸あらん事を」


 最後の言葉を伝えお辞儀をし、僕達は保健室を、校舎を、校門を出る。

 校門を出た所で振り返り校舎を見る。六年間通い続けた学校ともお別れだ。明日ナス達を迎えに行くけれど、生徒として足を踏み入れる事はもうない。

 入学の日、僕はどんな気持ちで校門を通っただろう。あの時は隣にアールスが居て、フェアチャイルドさんは遅れてついて来てたんだ。

 隣にいる彼女を見てみる。大きく、そして綺麗になった。

 最初会った時は華奢で顔色があまりよくない彼女の事が心配だった。だからマスクを作ったり、神聖魔法を練習したり、身体によさそうな飲み物をこっそり彼女にすすめたりと色々やった。

 その甲斐があったのかどうかは分からないけれど、今年はまだ一度も病気にかかっていない。健康的な一年を送れたんじゃないだろうか。


「この六年、いろんな事があったね」

「はい……ナギさんが魔獣を連れてきたり、疫病が流行ったり、ナギさんがピュアルミナを授かったり、ナギさんが突然自分は男だと告白してきたり、マスクを作ってくれたり、病気で休んだ日の勉強を見てくれたりもしましたね」

「なんだか僕に関する事が多くない?」

「それだけ衝撃的だという事です」


 彼女はくすりと笑った後不意に遠くを見るように空に視線を移した。


「……そして、アールスさんが首都に行きました」

「会いたい?」

「もう一度、あの笑顔が見たいです」

「じゃあ会いに行こう」

「はい」

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