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増える約束

 剣術の補講を受けられる最後の日。

 その日の朝はいつものようにアイネと一緒に学校まで競争した。フェアチャイルドさんも朝のランニングはしているんだけど僕達には追い付けないので競争には参加していない。

 競争の結果は僕が負けた。毎日走っているのは僕もアイネも同じだ。勝敗の差は固有能力の差だと言い訳できるだろうけど、三歳年下の子に負けるのはやはり悔しい。


「あったしの勝ちー!」


 ここ最近は僕は全然勝ててないのにいまだに嬉しそうだ。


「ふっふーん。あたし速い? 速いでしょ?」


 にやけ顔で僕に詰め寄ってくるアイネ。ちょっと鬱陶しかったので手でアイネの頭を押し返した。


「速い、速いよ。だから落ち着いて」

「えへへ~」

「まったく……」


 喜び一杯の顔のアイネに僕はぽんぽんと頭を撫でた。すると、アイネはさらにくすぐったそうに笑う。


「さて、ナス達の御飯用意しないとね」

「だね。ナス~今日もかわいいね~」


 鉄格子越しにナスの鼻先を撫で始めたアイネ。ナスは目を細め耳をパタパタと動かしている。

 そんな二人を横目に僕はナスの食器にマナポーションを満たし、アイネにアースの所に行くと伝える。

 アイネははーいと返事しつつナスから離れる様子はない。ナスも離れたくないのかアイネの手に自ら鼻先を擦り付けている。

 本当に仲がいい。ちょっと嫉妬しそうだ。

 アースにマナポーション用意して体毛と角の艶を触って確認した後頭を撫でてから僕はアイネの元に戻る。


「帰るよ」

「んーもうちょっと」

「ナスがご飯食べられないでしょ」

「ぴぃ」

「ナス……全くもう。もう少しだけだよ」

「うん~」


 もうすぐお別れなんだ。ナスは少しでもアイネとの触れ合いの時間を確保したいのかもしれない。

 二人が満足した所で再び競争が始まった。

 アイネはまだ九歳なのにもう学校では勝てる者がいない程足が速い。

 それというのも元来の足の速さに加え僕が昔教えた風の魔法を僕よりも巧みに操って自身を加速させている。他の魔法はさっぱりなのがアイネらしいと言えるかもしれない。

 魔力(マナ)の量はまだ少ないけれどその分工夫しているみたいだ。

 僕も目一杯風を操るけれど僅差でまた負けてしまった。

 また勝ってはしゃぐかと思ったけれどそんな事はなかった。息を整えたアイネは僕に向き直り指を突き付けてきた。


「ねーちゃん! 今日の補講絶対来てよね!」

「え? うん。行くつもりだけど」

「絶対だかんね! 来なかったらねーちゃんの事許さないからね!」


 何がそこまでアイネを駆り立てるんだろう。僕を見る青い瞳はとても真剣な目をしている。


「わかった。絶対に行くよ」


 今日で最後なんだ。悔いのないようにしよう。




 最後の補講には僕と最後に戦いたいという子が大勢いた。カイル君もその内の一人だった。最後のカイル君との勝負は僕の負けだった。やっぱりカイル君は強い。これならきっと将来立派な騎士様になれるだろう。

 勝負を挑んでくる子達の相手をして今日来ている殆どの子との勝負が終わった後最後にアイネが試合を申し込んできた。

 他の子が試合を申し込んでくるのに中々アイネがやってこなかったから不思議に思っていた。

 いつもと様子が違う。いつもならアイネは楽しそうに勝負を挑んでくるんだけれど今日は真剣な眼差しを僕に向けている。


「ねーちゃん。今日は本気で来てね」

「?……分かった」


 いつもアイネとやる時はいつも本気のつもりなんだけれど……もしかして年下の女の子だから無意識に手加減でもしていたのだろうか?

 分からないけれどそれを望んでいるのならアイネの言う通り本気でやろう。

 息を整えてから木剣を取り向かい合う僕達。連戦で疲れは溜まっているけど、それはアイネも同じだという事は分かっている。

 アイネは僕が戦っていた横で同じように戦っていたんだ。

 その所為かいつものアイネなら一目散に僕に向かってくるのだけど、今日は違った。呼吸を整え少しずつすり足で近づいて来る。

 アイネ相手では初めて見る動きだ。何を仕掛けてくるだろう。考えられるのはある程度すり足で近づいてから一気に僕との距離を詰めてくるとか?

 アイネの性格からして僕の隙を伺っているという事はないと思う。アイネは隙を伺うより相手に無理やり隙を作らせるタイプだ。

 僕はどんな攻撃が来ても対処できるように構える。

 木剣二本分の距離でアイネは動いた。まるで消えたかと錯覚するような身を低くしてからの素早い間合いのつめ方だ。

 辛うじてアイネの初撃は防ぐ事が出来た。けれどアイネは休む事無く攻撃を繋げてくる。

 いつもよりもなんというか勢いがない為防ぐのは簡単だ。いつものように強めに木剣を弾き出来た隙に木剣を差し込む。

 しかし、僕の攻撃は大きく避けられ、再びアイネが僕の視界から消える。

 消えた先は僕の左真横。アイネが木剣を突き出してくる。身を捩じらせ何とか避けると僕はわざと体勢を崩し地面に転がりそのままアイネから離れる。

 攻撃を透かされたアイネが追撃を仕掛けてくる前に素早く立ち上がり今度は僕から切りかかる。

 けどアイネは僕の攻撃を木剣で防ぐのではなく全て避けて対処した。

 アイネが大きく後ろに飛びのいた時僕は仕切りなおすための行動と判断した。しかし、それは間違いだった。

 僕が木剣を構えなおそうと意識をアイネからそらした瞬間アイネが真っ直ぐ僕に襲い掛かってきた。

 後ろに下がったのはただの予備動作で全身のバネを使い飛び込んできたんだ。

 僕はとっさの事で対応できなかった。

 僕の両手で持った木剣はアイネの一撃によって弾かれ腹部ががら空きになってしまった。

 アイネの横切りが決まろうとする。僕は……咄嗟に木剣をくるりと半回転させ逆手で持ちアイネの一撃を防いだ。

 逆手で持ったまま鍔迫り合いをする。力は僕の方が上だけれど逆手で持っている事と体勢の関係で弾き返すのは難しそうだ。


「さっすがねーちゃん! 守るのは上手いね!」

「今日はいつもよりも勢いないね」

「でも弱くないでしょ!」


 弱いどころか隙が見つからなくて普段よりも強いかもしれない。これがアイネの本気なんだろうか。なら、僕ももっと答えないと。


「強いよ、アイネ」


 僕がアイネと渡り合えているのは経験の差がアイネよりもちょっとだけあるからだ。カイル君が卒業したら学校最強の剣使いはアイネになるだろう。

 弾かないで木剣の傾きを変えてアイネの木剣を流しアイネの体勢が崩れた所で自分の体勢と木剣の持ち手を整え、アイネとほぼ同時に攻めの体勢に入る。

 先に攻撃を仕掛けたのはアイネだ。突きを僕はかわしアイネの無防備そうな側面へ木剣を斜め下から切り上げる。

 けれど僕の攻撃はアイネには届かなかった。

 何度も何度もアイネに攻撃をするが全て避けられてしまう。見切られているという事か。

 どうすればいい? このままだと僕は無駄に体力を使うだけだ。九歳のアイネ相手に体力で負けるという事はないだろうからここは守りに徹するべきだろうか。

 僕は攻撃するのを控えアイネの攻撃に備える事にする。すると、アイネも僕の意図に気づいたのか攻勢を緩めてきた。疲れてきたんじゃなくてきっと温存する事にしたんだろう。

 攻撃の代わりにフェイントが増えてくる。何度も惑わされそうになるけれど僕は何とか攻撃を防ぐ。

 やっぱり腕を上げている。フェイントとそうでない攻撃の区別がつきにくい。

 反撃する余裕が全くない。アイネの攻撃を木剣で防ぐのがやっとだ。


「ねーちゃん。今日はあたしが勝つよ」


 そう言うとアイネは攻撃を中断し姿勢を低くした。僕は何か嫌な予感がして木剣を防御の為に構える。


「行くよ」


 アイネが呟くとアイネが消えた。比喩でも何でもなく僕の目の前から消えたんだ。

 僕はとっさに木剣を背後に向かって突き出す。


「嘘……」


 ……手応えがあった。

 遅れて何かが僕の背中に当たった。痛い。

 振りむいてみると丁度アイネの心臓の辺りに僕の木剣が当っていた。アイネは苦しそうに顔を歪めている。

 不味い、と僕は急いでアイネにヒールをかける。回復の手応えは消えるけれど当たった場所が場所だ。これで完全に回復したとは限らない。


「アイネ、苦しくない?」

「だ、大丈夫……」


 大丈夫というがアイネの顔色は良くない。密かに僕の生命力も分けておく。


「なんで、あたしが後ろにいるってわかったの?」

「だってアイネはいつも僕の後ろ取ろうとするじゃないか。だからそこかなって……まぁ賭けだったけど」

「……そっか。いつもの癖が出ちゃったんだ」

「最後の動き、あれは?」

「ん……いつの間にかできるようになってた。先生に聞いたら特殊スキルだろうって。調べてみたらあたしのこゆーのうりょく?が進化してて使えるようになったみたい」

「進化って……やっぱアイネは規格外だな」

「……でもねーちゃんには勝てなかった」

「それはアイネがまだ小さいからだよ。大きくなったら僕よりも強くなるよ」


 それにしてもこの世界の人間の身体能力はおかしい。僕が前世で生きていた世界でもアイネの動きについてこれる人間ってどれぐらいいるんだろう。そんなアイネに対抗できる僕もおかしいけど。

 固有能力とか人の能力を上げる物がある事からして神様が魔物に対抗するために生物全体に何か加護を与えているんだろう。


「大きくなったらまた戦ってくれる?」

「うん。いいよ」

「……ねーちゃんは弱いから心配だよ」

「負けた癖に何言ってるんだよ」


 こつんと軽くたたくとアイネはぷくーっと頬を膨らませた。


「冒険者になったら危険一杯なんだよ? あたしといい勝負できるくらいじゃねーちゃんすぐ死んじゃうよ」

「それは……」


 そうか、アイネなりに心配してくれているのか。


「大丈夫だよ。ナスとアースがいるし、フェアチャイルドさんだっているんだ。危険な目に合っても絶対に生き残ってみせるよ」

「……心配だよ……ねーちゃん優しいから……」

「心配になるほど優しいかな? 僕」

「自覚無い所が余計に心配」

「うっ……そ、そうなのかな」


 無自覚と言われると僕も心配になる。アイネには僕には分からない事が分かってるんだろう。それを否定する事が僕にはできない。


「……本当は勝って教えようと思ったけど、いいよ教えてあげる。ねーちゃんの弱点」

「僕の弱点?」


 なんだろうそれは?


「ねーちゃん人殴るの嫌でしょ」

「……」

「守る時とか相手の武器を狙ってる時は剣筋は鋭いけど、相手を直接狙う時は決まって鈍ってるんだ」

「いつ、気づいたの?」

「覚えてないけどけっこー前」

「そっか……」


 自覚はしていたんだ。人を殴るのは嫌だって。特に試合の相手は子供だ。

 いくら回復魔法があるからって人に痛みを与えていいわけじゃない。まして相手は子供なんだ。僕が無意識のうちに手加減していてもおかしくない……か。

 アイネは本気で来いって言ったのはきっと僕が手加減をしているように見えたからなんだ。


「ねーちゃん優しいから……きっと魔物相手でも強く出れないよ」


 その言葉に僕は反論の言葉を持てなかった。


「……ありがとう。アイネがこんなに僕の事を心配してくれてるなんて知らなかったよ」

「あたしねーちゃんよりも強くなるんだから、いなくならないでよ」

「うん。約束する。アイネ、小指出して」

「こゆび?」

「こう」


 僕が小指を出すとアイネも真似して小指を差し出してきた。

 小指を絡め僕は約束を口にする。


「僕はアイネに越されるまで死なない」

「……約束だよ?」

「うん。約束」


 そして小指を離す。

 また一つ約束が生まれた。破らないように頑張らないと。

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さすがに主人公さん しょっぱすぎ
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