その日が来るまで
十二月、僕とフェアチャイルドさんの誕生日がある月、新入生が寮にやってくると同じ日に僕達は学校を卒業する。
その為、女子寮に新しい子達が来るまでに荷物の整理をしておかなければならない。
実家に帰る子なら荷物は実家に送ればいいんだろうけど、僕は冒険者になる為荷物を実家に送っても邪魔になるだけだろう。
幸い元々荷物は少ない。旅に必要無い物でまだ使える物は後輩達に譲り、使えず捨てるしかない物は処分した。
フェアチャイルドさんも同じように荷物を整理する。
ふと、僕は手を止めた。
アールスからの三年分の手紙……僕はずっと取っておいていた。どうしよう。取っておくには量が多い。捨てるには……思い入れが強すぎる。
「ナギさんもですか?」
フェアチャイルドさんの言葉に今更僕は気づいた。彼女も同じなんだ。アールスから送られてきた手紙を愛おしそうに撫でている。
「処分したくないね……」
「はい……」
「僕の実家に置いといて貰おうか?」
「邪魔になりませんか?」
「……なる」
倉庫はあるにはあるけれどそんなに大きくないから家の手伝いもできない僕達の荷物を置いておくのは難しいだろう。
「……埋めちゃおうか」
「埋める?」
「うん。金庫を買ってさ、地面に埋めて目印を置いとくんだ。これなら僕の実家でもそうじゃなくても保管できるよ」
「でもお高いのでは?」
「まぁね。でも忘れた? 僕はお金持ちなんだよ?」
ピュアルミナを覚えてから度々呼ばれるようになり、受け取っている治療費は殆どを教会や療養施設に寄付して残りは将来の為に貯金しているんだけれど、金庫の一つくらいは余裕で買える。
「でも私は……」
「金庫なんだからフェアチャイルドさんの分も入れる余裕位あるよ」
「よろしいんですか?」
「うん。そうしないとフェアチャイルドさんの分は処分しなくちゃならなくなるじゃないか」
「……今回はお言葉に甘えておきます」
「うん」
手紙の保管方法が決まり荷物を片付け終わると、これから必要になりそうな物を買いに行こうという話になった。
やはり必要なのは武器や防具だろうと思い僕はフェアチャイルドさんと一緒に休みの日に鍛冶屋へ向う事にした。他にも思いついたらお店を回るかもしれない。
グランエルには武器や防具の専門店というのはない。そういった物を求める場合は鍛冶屋に行く必要がある。
鍛冶屋は誕生日プレゼントを買いに行ったりするので迷う事はない。
鍛冶屋に着き僕達は早速防具を見る。
「フェアチャイルドさんは軽いのがいいよね。革のローブなんかいいんじゃないかな」
「革のローブですか……青銅の方が硬そうで丈夫そうですけれど」
「でも高いし重いよ? 持ってみなよ」
そう言って僕は彼女に青銅の小手を渡してみる。
「……重いです」
「でしょ? 革なら大分ましだと思うんだ。それにアライサスの革なら剣も通さないし……」
アライサスの灰色の革のローブを手に取って重さを確かめてみる。大人用なので彼女が着るには大きいが、重さは両手で持って少し重い程度だ。
「すみません。アライサスの革のローブで、この子に合った大きさの物はありますか」
店員さんに聞いてみるとお店の奥の方からローブを持って来て僕に渡してくれた。持ってきたローブにはフードがついていてどうやらフードローブのようだ。
試着してみていいかと聞くと許可が出たので早速フェアチャイルドさんに今着ている服の上から着てもらう。
灰色のフードローブは少し大きいらしく足元はぎりぎり地面についていないけれど、袖は長さが余って手を完全に隠している。
まぁこれから成長するだろうし最初はこれくらいの方がいいかもしれない。
ただ、フード付きなので長い髪は外には出さないようだ。彼女の髪が見れなくて少し残念か。
「どう? 動きにくい?」
「ん……大丈夫だと思います。あの、似合っていますか?」
「うん。似合ってるよ」
「じゃあ、これにします」
フードローブを脱ぎ店員さんに渡し会計しにカウンターへ向かった。
この間に僕も自分用の防具を見繕おう。
僕も金属の鎧を身に着ける気はない。これから成長期に入るんだ。あまり重い防具を着て成長を阻害したくはない。それに高い。
この国では金属は高価だ。何せ金属が採れるのは北にある山脈か時折残っている過去に栄えていた国の残骸や遺跡からしか入手できない。特に戦いに使う鉄や合金で出来た武器は高級品だ。
学校の都市外授業で借りる事の出来る剣も鉄製で、紛失したり盗まれたりしないように気を付けるのも授業の一環だ。幸い僕達の学年では問題は起らなかった。
ちなみに学校の剣には刻印がされているので、盗んだ者が捕まって学校の物を盗んだとばれたら重い刑罰が課せられる。
さて、話を元に戻そう。
僕は防具にするならフェアチャイルドさんと同じように革がいいと考えている。さらに言えば動きやすいように革鎧にするべきだろう。
どんな鎧がいいだろうかと視線を彷徨わせ見つけた。
胸部と肩の所にだけ厚い革が使われていて、残りの部分は普通の布で覆われている軽鎧だ。僕が成長しても暫くは手直しで対応できそうだ。なにより値段がお手ごろなのがいい。サイズは残念ながら僕よりも大きいから目の前の物を買うとなると直さないといけないけれど。
これと後は頭と腕と足を守る物が欲しい。
会計を終えた店員さんに聞いてみると軽鎧は今は大きいサイズの物しかないけれど、注文すればサイズを合わせて作ってくれるらしい。
ならばと革の軽鎧と兜、小手、具足を纏めて注文する。
盾はどうしようか。剣術の補講の時はあんまり使っていなかったけれど一応盾の扱い方も習っていた。
放課後などの空いた時間に一人で訓練する時も木の盾を買って練習はしていたから扱えない訳じゃない。
けど自信があるってわけでもない。戦い慣れた剣の両手持ちで行くかこれから練習する片手持ちか。
……盾を見る視線を彷徨わせた先にフェアチャイルドさんが居た。
決めた。盾を買おう。身を守る手段は多いに越した事はない。慣れてなくったって練習すればいいんだ。
盾を購入する事決めてさて次はと考えたけれど、武器も僕用に合わせた物を頼んだ方がいいだろうか? 訓練用の木剣はあるんだけどさすがに訓練用のじゃな。
武器はなるべくいい物を使いたい。そう、例えば魔創鉄で出来た剣だ。魔創鉄で出来た剣なら魔力の通りも良くなり、僕が考えたが実は昔から使われていたという『魔法剣』が使いやすくなる。
……そう、魔力を剣に集中させるのは鉄が安定して採れるようになるまで使われていた木剣などに魔力を通して切れ味を出していたためだ。
今でこそ消費魔力が多い為一般の人からはあまり使われなくなったそうだけれど、魔力の量が多く武器を使う者は皆魔法剣を使えるらしいんだ。
自分で思いついたからって他の人が思いつかない訳じゃないよね。
魔創鉄で出来た武器がないかと聞くと、魔創鉄は高価でこの鍛冶屋では取り扱っていないらしい。
あるとしたらグランエルから北西にある都市スキエルの高級武器屋だろうと言われた。
ならば魔創鉄でなくても魔創銅や魔創木、魔創石で出来た武器はないかと聞くと、魔創木で出来た剣があると答えた。
見せてもらうと僕が持つには少し大きい木剣だった。どうやら僕の身体の大きさになるべく合った物を持って来てくれたようだ。
木剣はいいかもしれない。魔力さえ通さなければ手加減しやすい武器だ。もしも人と戦う時が来ても安心して慣れた武器で戦う事が出来る。
僕は予備に同じ大きさの物をもう一本頼み、後は料理や物を切ったり服を直したりする時の為に細々とした金物を注文し、学校を卒業した後に取りに来る事を確認してから前金を払い鍛冶屋を出た。
ちなみにフェアチャイルドさんは購入した革のフードローブを早速着ている。
鍛冶屋の次は旅用品店に向かった。見落としている物はないかを品物を見て確認するためだ。
けれど、今まで何度も都市外授業を行って、足りないと思った物を購入してきたので特に目新しい物は見つからなかった。
他に何か必要そうな物はあるかとフェアチャイルドさんと一緒にお店の名前を挙げてお互いに何か思い出す者はないかと確かめ合ったけれど何も出なかった。
「ならさ、残った時間は二人でこの街を歩かない?」
「この街をですか?」
「うん。皆で過ごしたこの街を卒業する前に……君と一緒に見て歩きたいんだ。駄目かな?」
「だ、駄目じゃないです」
「じゃあ行こうか」
僕は改めて彼女に手を差し出す。彼女はその手をおずおずといった様子で取り握り返してきた。
街を改めて見るのは……そう、アールスと三人で出かけた時以来か。
久しぶりに見て回る街の景色は三年前から何も変わっていない。懐かしさなんて欠片も思い起こさない程見慣れた街並みだ。
よく利用していた本屋は今日も営業している。
市場は時間が時間だから混雑している。お店を開いている人は定期的に入れ替わるけれど景色を変えるほどの違いにはならない。
住宅街まで足を伸ばすと空き地で子供達が遊んでいた。この辺にはあまり来ないから新鮮だ。
カイル君とラット君の家の前にも行ってみる。二人の家は時々遊びに行くけれどやはり代わり映えはしない。
住宅街から今度は噴水のある中央広場まで行く。広場は今日も様々な人の往来があり賑わっている。
呉服屋は今日は買い物に来た女の子達で溢れかえっている。中にベルナデットさんとローランズさんが居たから挨拶をしておいた。
高級住宅街も見たかったけれどもう時間が遅かった。もう寮に帰らないと。
「何も変わってなかったね」
「はい」
でも不思議と退屈には感じなかった。
「でも、フェアチャイルドさんと一緒に見て回れて楽しかったよ」
「あ……わ、私もです」
「きっと、これからもいろんな物を一緒に見るんだろうね」
「そうですね。これからどんな景色を見れるか楽しみです」
「……フェアチャイルドさん。最後に確認していい?」
僕は彼女と向かい合う。
「はい? 何をですか?」
「僕と一緒に旅に出てくれますか?」
彼女の美しい赤い瞳が揺れた。
「……私はナギさんと一緒に雪を見たいです」
「僕は仲間になってくれる魔獣を探すつもりなんだ。危険な旅になるよ」
「初めから分かっています。魔の平野を越えるんですから」
「雪を見るだけなら超える必要はないんだよ?」
「一緒にフソウまで行くと約束しました」
「……そうだね。そうだよね」
赤い瞳はずっと僕を見つめ続けている。
「一緒に行こう。世界を見に」
「はい。ナギさんと一緒に色んな景色を見たいです」
僕達のこの選択が正しい物かどうかは僕には分からない。もしかしたら僕だけで魔獣を探しに出るのが正解なのかもしれない。
でも僕は……もう少しだけ、せめて彼女がもっと逞しくなり、僕が必要なくなるまでは傍にいたい。




