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叶わない想いでも

 七月。それは卒業後の希望の進路を皆が決める月だ。

 高等学校に行き学問を修める者。

 兵士養成学校に行き国のために働く者。

 家業を継ぐ為に家に帰り働く者。

 技術を身に着ける為に職人に弟子入りする者。

 そして、広い世界を見る為に冒険の道を選ぶ者。

 僕は冒険者になると決めている。自分の為に、もしかしたら起こるかもしれない未来に備え、そして、少しの我儘の為に。


 そんな七月のある日、僕の机の中に一通の手紙が入っていた。何だろうと思いながら封を開け中身を確かめてみる。

 少し汚い、男の子らしい字で今日の放課後に指定の場所に来て欲しい事が書いてあった。


「ナギさん。それなんですか?」


 フェアチャイルドさんが物珍しそうに覗き込んできたので中身を見られないように手紙の角度を変えて見えないようにした。


「果たし状だよ」

「はたしじょう?って何ですか?」

「決闘を申し込む時に送る手紙の事だよ」

「大丈夫なんですか?」

「うん。明日の放課後にだって」

「行きませんよね……?」

「うん。行かないよ」


 心配そうにする彼女に対して嘘をついた罪悪感が胸を締め付けてくる。

 僕は痛みを誤魔化す為につい衝動的に手が動き、彼女の髪を形を崩さないようにそっと撫でた。柔らかい感触にさらに罪悪感が募る。

 嘘をついて勝手に罪悪感を感じて、勝手に彼女に癒しを求めるなんて……最低だ。

 自爆した事を悟らせないために僕は微笑んで何でもない風を装う。


「心配させちゃったかな」

「い、いえ……でも、ナギさんが怪我をするのは嫌です……」

「怪我なんてすぐに治るよ」

「それでも、です」

「冒険者になるんだから気にしてられないと思うけど」

「それでも嫌です」

「う~ん……」


 今無理に説得しなくてもその内嫌でも慣れるかな?

 フェアチャイルドさんは結局冒険者になる事を決めた。精霊術士の事を専門的に学べる高等学校はない為、進学する利点が彼女には見つからなかったみたいだ。むしろ必要なのは生きる為の術であり、冒険者としての知恵だと言っていた。

 それが彼女が考えた末の結論なら僕には何も言う事は何もない。

 真剣な眼差しを向けてくる彼女に言える事なんて僕には何も無かったんだ。


「じゃあなるべく気を付けるよ。それでいい?」

「はい!」


 僕としては彼女こそ怪我をして欲しくないものだけど、過保護すぎるかな?




 放課後、指定された場所に行くと男の子がそわそわした様子で待っていた。

 名前はロビン=アームトロン君。よく一緒に遊ぶ僕の友達だ。

 声をかけるとロビン君はいきなりお辞儀してきて言った。


「す、好きです! 俺と付き合ってください!」


 ロビン君は来年グランエルから近い都市スキエルの商業系の高等学校に通う事になっている。卒業したら僕と合う事はほぼないだろう。


「ごめんなさい。君の思いには応えられない」

「……」


 ロビン君はお辞儀した姿勢のまま震えている声で聞いてきた。


「どうして……」

「僕は冒険者になるから、卒業したら君とは会う機会はないと思う。それに、君の事をそういう風には見れないんだ」

「そっか……」


 ロビン君は顔を上げたと思ったらすぐに後ろを向いた。


「じ、じゃあな!」


 ロビン君が走っていく。校門とは逆の方向に。

 ロビン君が建物の角を曲がって姿が見えなくなった所で僕も踵を返してその場を去り寮へ帰ろうと思った矢先。


「あれ」


 気まずそうな顔をしたカイル君がいた。


「ああ、見てたんだ」

「すまん。偶然だったんだ」


 告白の場所は校舎裏の人目につかない場所というお約束の場所だ。

 カイル君はゴミ袋を手に持っている。恐らく依頼か何かでゴミを捨てに来たんだろう。


「別にいいよ。気にしてないから。ただロビン君には内緒ね?」

「わかった……こういう事、よくあるのか?」

「初めてだよ」

「そ、そうか……にしては平然としてたな」

「狼狽える様な事でもないからね。最初から返事は決まっているし」


 相手は子供だし、元々誰ともそういう関係になるつもりはないから返事に迷う事はない。


「ナギは冒険者になるんだもんな……そりゃ誰とも付き合えないよな」


 冒険者が理由ではないんだけれど特に訂正する必要性は感じなかった。

 本当の理由を話すと僕の秘密にも関わってくる。必要もないのに自分の秘密を公言する気はない。

 フェアチャイルドさんに話したのは一緒に冒険する事によってばれる可能性が高いからとアールスの件があったから。

 アールスに話したのは……あれ? どうしてだっけ? さすがに三年前となると記憶があやふやだな。ただあの時話さなきゃと思ったのは間違いないと思う。


「あいつだってわかってるはずなのになんで告白したんだろうな」


 僕が冒険者になりたいというのは隠していないしむしろ聞かれたら答えていたので周知の事実だ。


「それでも、伝えたかったんだよ」


 ……ああ、そうだ。アールスに話したのは伝えたかったからだ。僕の事をずっと一緒にいたあの子に、遠くへ行くあの子に僕の事を知って欲しかったんだ。

 そして、望みを捨てたくなかったんだ。一緒に世界を見て回るっていう僕達の約束を叶える為に。


「叶わない想いでも、それでも届けたかったんだ……」

「ナギ?」

「……じゃあ僕はもう行くね」

「あっ、うん……」


 あの時の事を思い出して僕は久しぶりにあの綺麗なエメラルドのような瞳を見たくなった。もうすぐ卒業だ。そしたら冒険者になって……会いに行こう。僕の幼馴染に。

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