堅牢なる獣 その4
夜、僕は食後の片づけが終わり寛いでいる先生達を横目にいつものようにシエル様と交信をする。
(シエル様、今日新しい魔獣が仲間になりました)
(それはおめでとうございます。名はなんと名付けたのですか?)
(アースです)
(アース……ナスといい身近な女性の名前をもじった名前ばかり付けているのですね)
(いや、僕にそんな気ないですからね? ただの偶然です)
(本当でしょうか?)
(本当です。それでですね、アライサス・ソリッドという種族名で大型の幌馬車くらいの大きさがあるんですよ)
(それはそれは、旅に便利そうな魔獣を仲間にしましたね)
(それは確かにそうですね。けど、大きいのは身体だけじゃないんです。魔力の量も桁違いの量なんですよ)
(魔獣の魔力の保有量は生きた年月に比例します。よほど長生きしているのでしょう。もしくは大量に魔素を蓄え魔力に変換させたか)
(本人はずっと地面の下で暮らしていたから時間の感覚は分からないらしいですけれど、多分後者ですね)
時々気が向いた時に元同族達の暮らしぶりを見ていたらしいけど、見に行く度に住む場所が変わっていたらしいので多分見る頻度は少なかったんだろう。
(ああ、それでいろいろと聞きたかった事があるんですよ)
(はい。何でしょう?)
(えと、何から聞こうかな……取り合えず、今まで何となく深くは聞きませんでしたけれど、なんでシエル様の神聖魔法に光属性の攻撃魔法があるのに普通の魔法には光属性の攻撃魔法が無いんですか?)
(本当に今更な質問ですね。光属性の攻撃魔法の本質は浄化。浄化によって相手の魔素に侵された部分を消しさるのです。ですから魔素に侵されていない生き物には効きません。そして、浄化は私達が与えている力によってしか行えないのです)
(それって魔物にはよく効くってことですか?)
(その通りです。魔獣も体の殆どが魔素に侵されているので魔物ほどではありませんが効きますよ)
(どうして他の神様の神聖魔法では授かれないのですか?)
(それには二つ理由があります。一つは授けられる神聖魔法には数の制限をかけているのです。これは一つの生き物に力を与えすぎないようにする為ですが、制限の所為で攻撃魔法を入れる余裕がなくなったのでしょう。
二つ目は単純に貴方達の様な小さき生き物は普通魔力の量が少なく浄化の力を十全に発揮する事はできないのです。魔物を殲滅するという目的ならば普通の魔法を使った方がよほど効率的です)
(じゃあもし、僕に魔力があれば浄化の力がきちんと発揮されるんですか?)
(その通りです。そのために必要な魔力の量はフォースなら今の二十倍、サンライトなら五十倍、ホーリーなら百倍といった所でしょうか)
(やっぱり高位の魔法になるにつれて消費量が高くなるんですね)
(効果範囲が段違いですから)
フォースでも今の僕の二十倍必要なんだ。けれど、アースなら使えそうだよね。アースにシエル様を信仰してもらえば浄化の力を使えるんじゃないか? 試してみる価値はあるか。
(あの、ホーリーの効果範囲を教えていただけませんか? 範囲魔法だっていうのは分かるんですけど、試し撃ちしてこの目で確かめるわけにはいかないんです)
(ホーリーは発動と同時に任意の大きさの光の環が対象を中心に表れ、そして天を貫く光の柱になります)
(ああ、絶対に目立ちますねそれ)
(物質も透過するので屋内だろうと天まで伸びてばっちり目立ちます)
(なんでそんな魔法にしたんですか?)
(その方が便利でしょう?)
障害物を破壊しないで範囲内にいる相手って事は空中にいる魔物も浄化できると考えれば確かに便利なのかな? 僕にとっては使いにくくなっているけれど。
(やっぱり試し撃ちは出来そうにありませんね)
とにかく情報を聞けて良かった。サンライトとかは今の僕じゃまだまだ有効活用できそうにないな。精々が懐中電灯がわりか。今までと変わらないね。
もし、浄化の力を完全に扱えるようになったら魔物の相手も楽になるんだろうか。そうなればフソウに行く事も簡単になるだろうか。
もっともっと魔力の量を増やさないと。でも、今のペースだとどれくらいかかる事やら。
僕の朝はいつも早い。まだ起きていない先生達を起こさないように静かに起き出した僕はアースを起こし魔力の回復具合を聞いた。
アースはまだ眠たそうにしていたけれど、僕の問いにはちゃんと答えてくれた。完全に回復していると。
僕は確かめる為に魔力の糸を繋ぐ。するとアースの身体の周囲に小山のような魔力が満ちている事に気が付いた。
僕は思わず糸を切った。
止まっていた呼吸を思い出したのはアースが声をかけてくれたからだ。
僕の十倍どころの騒ぎじゃない。次元が違う。こんな、こんな……バケ……。
「!?」
僕はその先を考えないように強く頭を振り回した。アースはアースだ。魔獣だけど、僕の仲間になったんだ。
恐れを何とか飲み込みアースの瞳を見る。
奇しくもアールスと同じ緑系統の瞳。けれど、エメラルドのように透き通っていたアールスの瞳とは違い、暗く濃い深緑の瞳。澄んだ瞳のアールスとはある意味真逆の色んな不純物が混じりあった重みを感じさせる瞳だ。
まるで僕を観ているような瞳。いや、きっと本当に僕を観察しているんだろう。
突然僕の頬をアースの舌が舐めた。
「ぼふ」
しっかりしなさい。そう言ってくる。
「……うん。そうだね」
僕がアースの事を恐れた事に気づいた上で言ってくれたのだろうか?
なんにせよ気を使われてしまった。
「アース、ごめん。それと、ありがとう」
「ぼふ?」
少しすると先生達が起き出したので、先生達の立会いの下アースに土地を元に戻してもらう。
高台が地面に埋もれていく光景はまさに圧巻の一言だ。ものの数分で地面は平らになってしまった。堀になっていた場所は、さすがに植物は元に戻せないから環状に土がむき出しになってしまっている。
これで見た目は一部を除いて元通りに戻った。
けど、今回の騒動でアライサス達は住処を変えないだろうか? そんな疑問に先生は変えたとしても問題はないだろうと言ってくれた。
元々アライサスは群れで生きている訳ではない。ここに残る個体もいるだろうし、去ったとしても生息地域が広がるのは悪い事ではないらしい。
元々魔物によって荒らされていたこの周辺の土地に動物の種類は少ない。草食であるアライサスがこの辺で他の動物と餌の取り合いになるとしたらナビィ位だろう。
他に草食の動物がいない訳ではないけれど、その動物だって牧畜の動物だけだ。そして、牧畜している土地の近くに移動したら人に狩られるだけだろう。
そんな説明を帰る前に先生からされた。
帰り道はナス以外全員アースの背中に乗って帰る事になった。
鞍がないとさすがに座り心地と安定性が悪い。それでも歩いていくよりかは速い。歩いて三時間かかる所を二時間で着いてしまった。
他の皆と合流すると一休みしてからヨーレ村を発つ事になった。
その休んでいる間、カイル君が話しかけてきた。
「どうだった? 元に戻ったのか?」
「うん。完全にっていう訳にはいかなかったけれどね」
「そうか……すごいんだな魔獣って」
「……怖くなった?」
「そ、そんな訳ないだろ」
カイル君は誤魔化そうとしてか僕から顔を背けた。
「僕も、怖いと思ったよ」
「ナギが?」
驚いたような顔で背けていた顔を僕の方へ戻してきた。
「魔力の量を調べた時にね、小山みたいな魔力の量を感じて怖くなったんだ」
「仲間にしても怖いのか?」
「怖いよ。それ位圧倒的な差だったもの。どうしてこんな魔獣が僕の所にって思った」
「どうして、ナギの所に来たんだよ?」
「僕の固有能力の所為だと思う」
固有能力はこの世界の生物が魔物と闘う為の神様から与えられた奇跡の力だと、ツヴァイス様の聖書でそんな風な事が書かれているらしい。
最初の頃は魔獣を仲間に出来ると知ってワクワクしていたんだけれど……。
「もしも好戦的な魔獣に会ったら危ないな……」
思わず零れたため息交じりの言葉。僕の弱気な気持ちを心配してくれたのか自分の腕を組み、口先を尖らせて躊躇いがちな口調で言った。
「そ、その時は俺が守ってやるよ」
「あはは、ありがとう。でも多分無理だよ」
「出来る」
「どうして?」
「それぐらい強くなるから」
カイル君は真剣な眼差しで僕を真っ直ぐ見てくる。
「ふふ、楽しみにしてるよ」




