堅牢なる獣 その2
基本的に魔法の効き目は相手の魔力の量とこちらの魔法に込めた魔力の量が関係する。
魔法に魔力を込めれば込めるほど威力は上がっていく。そして、防御する側も魔力を自分の身体の周りに集めて圧縮させればそれが防壁となる。そして、その防壁がある状態で攻撃魔法を受ければ、その魔法の効果を減衰させる事ができる。
防壁はさすがに防御魔法よりも効果は薄いけれどそれでも相手との差があればあるほど貫く事は難しくなる。これは魔法も精霊魔法も同じだ。
それと、火や水などの魔力で一度生み出した物は消えないけれど、魔力による誘導や圧縮が効かなくなる為、相手にダメージを与える前に消えるか無力化されるので結局は同じ事だ。そんな訳で、魔力による誘導がなくなっても質量をぶつける事が出来る土魔法や氷魔法が一番攻撃に向いているされている。
そして、例外なのが奇跡の力と呼ばれる神聖魔法だ。神聖魔法だけはどんな妨害も受ける事なく十全に効果を発揮する事ができる。
威力に関しては単純な四則演算で計算できるものではない。例えば魔法の形状。同じ魔力を込めたとしてもただの玉を相手にぶつけるよりも矢のように先端を鋭くすればそれだけ相手の魔力を切り裂き本体にダメージを与える事ができる。少ない魔力でも工夫をすれば勝つことはできる。ただそれもある程度の差で留まっていればの話だけれど。
反対に攻撃側は相手の魔力が少なければ魔法の形状なんて気にする必要もなく全力をぶつければそれだけで勝敗が決まってしまう。
精霊魔法はその典型だ。魔力の塊である精霊が扱える魔力の量は人間をはるかに凌駕している。ただし、去年魔法と精霊魔法の違いを学んでいたフェアチャイルドさんの話によると精霊魔法が強力な分精霊術士自身の魔力の総量は少ない傾向がある為魔法使いに比べれば魔法に対する耐性が低くなりやすいし、所詮は借りている力なので威力や範囲の調整が難しいらしい。
ちなみに相手の魔力と自分の魔力の関係はそっくりそのまま魔素に置き換えても通用する。そして、通用するという事は大気中に漂っているはずの魔素も魔法の効果を減衰させる効果があるという事だ。
そのため今回は関係ないが人間が戦う場所はなるべく魔素が少ない場所がいいと学校で習った。
問題の僕と相手のアライサスとの差だけど、子供が岩に剣で挑むようなものと例えれば分かりやすいだろうか。それぐらい圧倒的な差がある……と思う。
何故思うのかというと、ここまで差のある相手と会った事がないし、そもそも僕はナスとナビィ、それと先ほどの普通のアライサス以外に魔法を撃った事がないので比較対象が少なすぎるんだ。
とにかく僕では多分このアライサスには勝てない。僕達を囲む岩の壁。多分アースウォールみたいに地面の土を使い作り上げた物だろう。こんな事が一人でできる人間はまずいない。それだけ桁違いな魔力が必要だからだ。
恐らく壁の外では大量の土が抉り取られているはずだ。皆は無事だろうか? 状況によっては外から助けは来ないかもしれない。
どうしてこうなった。
「ぼふふーーーん!!」
アライサスが行き成りいななきを上げ僕の方へ突進してきた。そのスピードは速く恐らく馬並ではないだろうか。
僕は慌てて横へ逃げる。アライサスは僕のいた場所を通り過ぎて岩の壁へ激突する。
大きな衝突音を出すがそれでも岩の壁は崩れる様子は見せない。
アライサスはゆっくりと後退し傷の出来た岩の壁から離れ、僕の方に向き直る。
僕は避けると同時に第六階位の魔法陣を魔力で既に描いていた。まだ第一階位の魔法ほど早く描けないけれど、それでも相手に隙さえれば展開する事ができる。
複雑な魔法陣の模様は効率よく魔力を循環させるための物。先達者達が研究し効果、威力、範囲を選択し作り上げた知恵の結晶だ。
その知恵の結晶を借り受けて今僕が撃てる最大の魔法、第六階位の炎魔法を放つ。
「『フレアスフィア』!」
僕の魔力がアライサスの周囲を覆う。アライサスの魔力が多い為上手く干渉できずに大きなドームになってしまったけれど。
アライサスを覆っている僕の魔力が一瞬で燃え上がる。
フレアスフィアは対象を魔力で覆い中のものを焼き尽くす魔法だ。魔力を操作すれば多少は相手の動きについていく事も出来る。
魔法が効かなくても魔法に伴う副次効果、この場合は熱だ。熱までは防ぐ事はできない。人間なら水の魔法で対処するだろうけどアライサスはどうするのか。
僕は距離を取りドーム状の炎から目を離さない。
距離を取ったのは正解だった。炎のドームの中からアライサスは突進を仕掛けてきた。
僕はフレアスフィアの維持をすぐにやめ回避する。
炎から出てきたアライサスは体毛には焦げ一つ無く、呼吸も変わっているようには見えず消耗した様子を見せていない。もしかしたら僕が解らないだけかもしれないけど。
突進を避けられたアライサスはその攻撃を諦めたのか動きを止めた。
まだ繋いでいる魔力の糸から伝わってくる。アライサスの魔力が広がってきている。
大きな魔法が来る。そう判断した僕はライトシールドを自分にかけて何が起こっても対処出来るように身構える。
アライサスの魔力が僕の立っている場所の地面に集まっているのを感じる。
僕は大急ぎでその場を離れる。アライサスの魔力が僕の背後で急速に高まり轟音が鳴り響く。そして地面が動きだし僕は態勢を崩しそうになった。何が起こったのか確認すると僕が立っていた場所に岩の檻が出現していた。
檻で僕を閉じ込めるつもりなのか? アライサスからは殺意は感じられないんだけど、突進なんか食らったら確実に死んでいた。アライサスは僕を一体どうしたいのだろう。
さて、相手の思惑は兎も角としてどうする? 魔法は効かない。剣なんて僕の力じゃアライサスの魔獣に通用するとは思えない。じゃあ魔力を剣に集中させる? それも本当に奥の手だ。アレは消耗が激しくて魔法が使えなくなる。
まだ試していない手段……突進はしてくるだろうか? してきたら壁を壊してもらうとか? いや、自分で作り出した壁だ。自由に治せるかもしれない。
だったら、魔力を使わせて消費させる? この方法なら魔力が減る事によって僕の魔法が効きやすくなるはずだ。
問題はそれまで僕が耐えられるかという事だ。
他に何かあるか? 何か……。
「ぴー!」
突如遠くからナスの甲高い声が聞こえてきた。僕を呼ぶ泣き声。
アライサスもその声に反応したのか岩の壁の方にひし形の耳を向けている。顔は相変わらず僕を見ているから油断しているという事はないだろう。
魔力も絶えず僕を狙っている。
逃げ回る僕にできる事は一体何だろうか。アライサスの狙いがわからない以上捕まる訳にはいかない。
僕はろくに通用しないのを承知で全ての属性の第一階位の魔法をアライサスに向けて放った。嫌う攻撃はないか、目くらましにはならないか、時間稼ぎにはならないか、しかしどの属性も大した効果はないように見えた。何せ身体に当たる前に消えてしまうんだ。ひどい時だとアライサスが魔力を壁のように魔法の前に配置しただけで消えてしまう。
万事休すか? だけど、ナスの泣き声を聞いて僕は諦めたくはなかった。
まだ試していない属性……光が残っている。僕は『フォース』を十個出してアライサスへ放つ。
アライサスは光る球を見てまた魔力の壁を形成させる。けど、決められた範囲の中でしか弄る事のできない魔法陣と違いフォースは僕の思い通りに動く。数個壁を大回りできる軌道に乗せている。これでどうだ?
「ぼっふ!?」
結果は全弾命中した。
魔力の壁を迂回したフォース以外の玉は壁に減衰される事なく突っ切って無防備なアライサスの顔面に当たった。
これは予想外だった。フォースは牽制と思い大して魔力を込めていない。他の魔法より手ごたえがあったら次はもっと魔力を込めて牽制程度には使えるかと思ったんだけど……。
フォースを当てられたアライサスは頭を乱暴に振り僕を見てくる。
「ぼふふ」
中々やるなと言っている。あんまりダメージは食らってないように見えるけどどうだろう。声だけじゃさすがに判断がつかない。
……そうだ! こういう時こそ生命力を見るべきじゃないか!
早速意識を切り替えアライサスの身体から漂っている生命力を確認する。図体も大きいから単純な比較は出来ないけど少なくとも僕よりかは多そうだ。
「ぼふ」
もっと楽しませろ……遊んでいるというのだろうか?
僕はもう一度フォースを出す。今度はさっきよりも魔力を込めて放つ。けれど、同時にアライサスが僕に向かって突進してくる。それだけじゃない。魔力が僕を囲う様に集まっている。
魔力がないのはアライサスの突進してくる方向のみ。きっと壁を作って逃げられないようにするつもりだ。
僕を囲むように岩の壁が僕の立っている地面の土を使いせり上がる。
「『アイスウォール』!」
僕は氷の壁を階段状になるよう複数作り滑らないように魔力操作を駆使し氷の階段を駆け上った。
氷の階段がアライサスの突進により破壊され僕は空中に投げ出された。
落下地点はちょうどアライサスの上だ。アライサスの背中に乗り体毛を掴む。ゴムのように固く弾力があり僕の人差し指ほどの太さの毛だ。ちょっとぬるっとしている。所々に細い毛も生えていて、その毛が僕の肌をくすぐる。
フォースはすでに当たっていたけれどあまりダメージはないみたいだ。生命力は僅かにに減っているように見えるけれどアライサスの動きに乱れがないように見える。
アライサスは僕を振り落とそうと暴れ始めた。僕は必死にしがみつく。
ここなら!
僕は残っている魔力をありったけ込めてアライサスの背中に押し当てている左の手のひらから『サンライト』を放つ。サンライトは懐中電灯のように指向性をもつ光を出す魔法だが、れっきとした攻撃魔法だ。しかも重ねる事でその威力を上げる事ができる。
魔力が空になるまで注ぎ込んだサンライトの光は一瞬で消えた。
効果はあっただろうか? 確認すると生命力は殆ど減っていなかった。手に汗がにじむのを感じた。これなら魔力を集めた魔力剣の方がよかったんじゃないか?
どうする……。
何故か動かないアライサスの背中で僕は再び暴れても振り落とされないように慎重に背中の鞄からマナポーションを取り出し、それを飲み干した。
このマナポーションは昨日のうちにナスのお弁当として僕が作っておいた物だ。マナポーションは込められた魔力の分しか回復しない為満タンには程遠い。
「ぼふ」
アライサスは地面に伏せて僕に降りろと言ってきた。
敵意とか、そういう物を感じられなかったけれど僕は降りる事を躊躇った。これに従ったとして、また襲い掛かってきたら僕に勝ち目は……いや、今の状態でも変わらないか?
迷いつつも降りる事にした。僕が地面に降りるとアライサスは身体を一度起こし僕の方を向いてから再び地面に伏せた。
「ぼっふぼっふ」
中々面白い魔法を使うと言っている。まぁ光属性の攻撃魔法なんて使えるのは僕と……もしかしたら光属性の魔法を扱う精霊ぐらいかな。その精霊にだってフェアチャイルドさんは攻撃魔法を使う精霊なんて知らないと言っていた。
「ぼふー」
「……」
「ぼふ」
僕の配下になると言っている。嘘はない、と思いたい。僕に残された道はないから。
どこを認めたのか分からないけれど、力を認めたっていうのならここは素直に頷くのが正しいのかもしれない。でも……。
「他の皆の無事を確かめたい……もしも、皆に何かあれば僕は君を許せないんだ」
「ぼふ? ぼっふ」
アライサスが確かめてみろと言って壁の一部を消した。
僕は急いで消えた壁の前まで行くと、外の光景を見て思わず後ずさりしてしまった。外の光景は僕の予想を超えるものだったから。
2023/03/07
>しかも魔力を込める事で無制限にその威力を上げる事ができる。
ナーフされたので下の文に修正します
>しかも重ねる事でその威力を上げる事ができる。




