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不思議な言葉

 僕はその日何時もよりも少し早く起きた。夜明け前の時間、隣のベッドからすすり泣く声が聞こえたからだ。

 精霊の作り出した光の玉が隣のベッドの上で薄ぼんやりと部屋の中を照らしている。

 僕が起き上がるとすすり泣く声がやんだ。

 どうしたのかと聞くが彼女は何も答えてくれない。ベッドから降りて近寄ろうとしたけど彼女にしては珍しく大きな声で来ないで下さいと言った。

 けど、見えてしまった。彼女の服の一部とベッドの一部が真っ赤に染まっているのが。

 僕は一言謝ってから部屋を出た。部屋を出る時彼女の僕を呼び止める声が聞こえたけれど敢えて無視した。

 すぐに一階へ行きレノア先生よりも若いけれど女子寮に住んでいる先生の中では一番と年配のグレイシア先生の元へ向かった。

 扉の前に立ち小さくノックする。けれど返事はない。少しずつ音を大きくして五回目のノックで扉が開いた。


「ナギさんどうしたの?」


 グレイシア先生は寝間着姿のまま応対してくれた。眠たそうにはしているけれど迷惑そうな顔ではない。


「朝早くにすみません。あの、僕の部屋に来てフェアチャイルドさんを勇気づけてください」


 きっと僕には無理だ。アレの経験なんてないし関わった事もない。知識として知っているだけだ。

 グレイシア先生は訳が分からないといった顔で僕に詳しく話を聞いてきたけれど僕は敢えて話さなかった。


「お願いします。先生の力が必要なんです」

「……わかったわ」


 先生は諦めたようにそう言うと服を着替えずに僕を伴って部屋に向かった。

 部屋の前について、グレイシア先生が中に入っても僕は部屋の中には入らなかった。

 何の前触れも無かったと思う。本当に突然だ。今はまだ心の整理がついていない。

 僕は大きく深呼吸して気持ちを落ち着かせる。本当に血が出るんだ。血はナビィの血や血のスープで見慣れたと思っていたけれど、見知っている女の子の血だと思うとやはり驚いてしまう。

 でも、悪い事じゃないんだ。ちゃんと成長している証だ。僕の事じゃないんだからしっかりしなくちゃ! 僕が怖がってたらフェアチャイルドさんまで不安になってしまう!

 元気注入の為に僕は自分の両頬をパンと叩く。

 僕は大丈夫だ。大人らしく悠然と構えるぞ。

 気合を入れなおし暫く待っていると中からグレイシア先生が出てきた。


「どうですか?」

「まだちょっと混乱しているわ。私はちょっと取ってくる物があるから……彼女の事少しの間頼める?」


 僕はその質問に自信をたっぷりと言葉に込めて答えた。


「任せてください」


 グレイシア先生と入れ替わりで中に入りベッドの上を見るとフェアチャイルドさんは膝を抱えて縮こまっていた。


「フェアチャイルドさん」


 僕が声をかけると彼女はまるで錆びた古い機械のような動きで僕の方に顔を向けた。


「ナギさん……ごめんなさい。ごめんなさい……」

「大丈夫。僕こそいきなり出て行ってごめんね」


 僕は彼女のベッドに腰かけて何時もの様に背中を一定の調子で叩く。


「嫌いに……」

「ならないよ。あんな事で君の事を嫌いになるもんか。だから、伝えたい事はもっと言っていいんだよ。自分が感じた苦しい事や嫌な事、なんだって僕に伝えていいんだ。もちろん楽しい事や嬉しかった事も、全部」

「……大好きです」


 フェアチャイルドさんはそう言うと僕に身体を預けてきた。


「うん。僕も好きだよ」


 好きという言葉は不思議な言葉だ。それを聞くだけで元気になれる。

 彼女は僕の言葉で少しは元気になってくれるだろうか。

 この後グレイシア先生はすぐに戻ってきてフェアチャイルドさんをトイレへ連れて行った。

 一人部屋に残された僕はする事もなくただ時間が過ぎていく……っていう訳にはいかない。もうすでに日が昇っている。朝のランニングはナスのご飯を作りに行くのも兼ねているのでやめる訳にはいかない。それにアイネだって待っている。

 心配だけれど僕はトイレの前まで行きナスの所まで行ってくると伝えた。




 全速力で寮と学校を往復したので息も絶え絶えのまま自室に戻る。

 部屋ではすでに服を着替えているフェアチャイルドさんの姿があった。


「ご、ごめんね……こんなと、時に……傍にいれ、なくて」

「それは大丈夫ですけど……ナギさんは大丈夫ですか?」


 彼女が心配そうに駆け寄ってきてくれた。僕は大丈夫だと手で制し近いベッドに腰掛ける。


「はぁ……新しい寝巻買わなくちゃだね」

「え? は、はい」

「あっ、シーツどうしたの? 新しいのになってるけど」

「先生が代わりを持ってきてくれました。よくある事らしいので、代わりは沢山あるんだそうです」

「そっか。じゃあ……帰りに寝巻の換えを買いに行こうか。一緒に」

「……あ、あの」

「うん?」

「私、フィアと一緒に買いに行こうと思ってるんですだから、ナギさんとは」

「え」


 まさか拒否されるとは思わなかった。意外とかなりショックを受けている事に気づき自分で自分の事を驚いてしまった。


「その……寝巻以外にも買う物があるんです……それで、フィアさんに聞こうと思って……」

「買う物……あ、ああ! ああ……はい。うんそうだよね」

「ごめんなさい……その、ナギさんと一緒に買いに行くのは……まだ恥ずかしいです」


 彼女は頬を赤く染めてもじもじしている。微妙なお年頃なんだ。当然だろう。


「う、うん。そうだよね。僕男だもんね」


 一応五年生になったばかりの頃に性教育を受けてアレが始まった場合の対処法は習っている。

 実は僕もいつかは買いに行くのかとちょっとドキドキしている。


「それで、気分はどう? 具合悪いとかある?」

「……少し、熱っぽい気がします」

「どれどれ」


 彼女のおでこに手を当ててみると確かに熱があるように感じる。

 念の為に僕の生命力を分けておこう。


「いつもの魔法使うね」

「そんな、わざわざ……」

「『インパートバイタリティ』」

「ん……」


 僕の身体から力が抜けていくのが分かる。逆に生命力を貰うってどんな感覚何だろう。少し気になる。


「どう?」

「少し、気分が良くなりました」

「よかった。ご飯は食べられる? というか立てる?」

「はい。大丈夫です」

「じゃあ一緒に朝ご飯食べに行こうか」


 立ち上がり手を差し出す。すると彼女は手を取り頷いてくれた。

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