ここから出たら
僕は今グランエルの南西にある魔法で作られた建物に覆面を被って待機している。
連れて来られる患者は子供が多い。これは多分体力か免疫力が低い者ほど症状の進行が速いって事なんだろう。
症状の軽い患者から重い患者まで様々な子供を治したけれど、今の所死亡者の報告は来ていない。患者の搬入を手伝っている施設の職員の話によると、どうやらこの辺ではフェアチャイルドさんが一番症状が進んでいた患者らしい。
幸いと言っていいのか今回の疫病は症状が出てから僕の所へ連れてきても間に合う程度の進行速度らしい。ただ、感染から症状が出るまで一日かかるからどれだけ広まっているのかはまだ調査中との事だ。
リュート村方面にはあまり人が行かないためまだ感染は確認されていないらしいけど、ルイスは大丈夫だろうか。赤ちゃんがこんな病気にかかったら……。
……薬が出来れば僕の仕事も減り患者も減るだろう。何とかルイスに感染する前に収まってほしい。
……そして、フェアチャイルドさんは僕の情報漏えいを防ぐために疫病が収まるまで療養施設で過ごす事になってしまった。寮にフェアチャイルドさんだけ帰るとそれだけで怪しまれる危険性があるからだ。
僕はその事を聞いてフェアチャイルドさんに謝る事しか出来なかったけれど、フェアチャイルドさんは気丈にも笑って許してくれた。フェアチャイルドさんも覆面を取って寮の部屋でゆっくりと寛ぎたいだろうに……。
治療を始めてもう一週間だ。せめて寂しくないようにと夜フェアチャイルドさんのいる部屋に顔を出しているけれど、同じ部屋で寝泊まりしているわけじゃない。
何もないあの白い部屋で一体どんな気持ちで過ごしているのだろう。せめて時間があれば本を差し入れに持って行くというのに。
さすがに薬の研究をしている職員の人に用事を頼む訳にもいかない。
神父様とシスターもルゥネイト様の教会から来た人達は患者が来た時に僕に魔力を分けたりフォローに回ったりで離れるわけにはいかず、ラーラ様の教会から来た人は実験の協力で忙しいから無理だ。そして、他の三柱の人達は来ていない。
来ていないのは薄情とかそういう理由ではなくて、今来ている人達は特殊神聖魔法が必要だから来ているんだ。ラーラ様の鑑定魔法にルゥネイト様の魔力を他者に与える魔法。どちらも必要な物なんだ。
マナポーションでいいと思うかもしれないけど、マナポーションだと水がお腹に溜まってしまうので大量に消費する際の回復手段としてはあまり適していない。
時は経ちフェアチャイルドさんの誕生日二日前。外に出れないお陰でフェアチャイルドさんへの誕生日プレゼントも買えていない。どうしよう。と悩んでいた所に本日三人目の患者を治した所で少しだけグランエルに戻って休憩していいとの許可が出た。
どうやら今見つかっている都市外の感染者はもう粗方治してしまったらしい。二、三日様子を見る事にはなるけれど、その後は療養施設にいる患者を全員治して疫病の収束宣言をするらしい。
結局薬は出来ていないらしい。子供を病気のまま置いておいて何していたんだという思いはあるが……そんな事よりもフェアチャイルドさんの誕生日祝いとベルナデットさんの快復祝いの事を考えよう
ローランズさんはどうしているだろう。プレゼントはともかく快復祝いの相談はしたい……って僕が動き回れるのはまだ秘密にしなきゃいけないんだった。安全の為安全の為っと。
って、それじゃあプレゼントだって買えないじゃないか! 覆面をしていればばれない? 駄目だ。買った物でばれるかもしれない。見に行くだけでも危険だ。
ああ、そう考えると症状が第一段階の子達を施設に残しておいたから僕は疑われにくくなったかもしれないのか。どれほど効果があるかは分からないし結果論だけれど。
……安全を考えたらプレゼントは後日にした方がいいか。今日はこのまま街を少し見たら施設に帰ろう。
施設に戻り患者の様子が変わっていないか一通り診回ってから僕はフェアチャイルドさんの部屋へ向かった。
ノックをするとすぐに返事が聞こえた。中に入るとフェアチャイルドさんはベッドに腰かけていた。きっとまた精霊さん達と話をしていたんだろう。
ふと、フェアチャイルドさんから出ている生命力が大量に減っている事に気が付いた。
いつ生命力が見えるようになったのかというと、インパートヴァイタリティを何度かフェアチャイルドさんに対して使ってからだ。最初は白い靄のようなものがフェアチャイルドさんの身体を所々覆っているのに気が付いた。
目を凝らして見ると少しずつ見えてきて、今でははっきりと見えている。どうやら他人の生命力は魔力とは違って見方が分かれば普通に見れるようになるようだ。しかも意識を変えれば見えなくする事もできる。
今日は患者達の生命力を見て回っていて切るのを忘れていたみたいだ。
しかし、この減り方は……。
「フェアチャイルドさん。運動でもした?」
「いえ……していません。汗臭いですか?」
覆面のくちばしの部分に入っている薬草の所為で匂いは分からない。けど確かに部屋の中は彼女の精霊が温度調整を間違えているのか少し暑いかもしれない。
「いや、そういう訳じゃないよ。じゃあ身体の具合はどう? 苦しい所とか、疲れやすくなっているとか感じない?」
「……いえ、特には」
首を傾げているが覆面をしているから表情は分からない。
「ふぅん? なんだろう」
ピュアルミナとインパートヴァイタリティを両方使えるほど魔力は回復していない。どちらを使うべきだろうか?
ピュアルミナは便利過ぎると言ったけれど、あくまでも体内にある害となる物を消すだけだ。例えば毒や病原菌にウィルス、後は腐った食べ物とかも消すと思う。けど、消すだけで体内にある有益となる物を増やすわけじゃない。血液とか、よくは知らないけれど善玉菌とか? とにかく本当に消すだけなんだ。失血や栄養失調等には対応できない。
だからピュアルミナをかけた後は病気で傷ついた体を治すためにヒールをかける事になっている。
僕の場合はそこにさらにインパートヴァイタリティをかける事が出来るわけだ。
インパートヴァイタリティは生命力を分け与える事によって身体に活力を与える魔法だ。何かを治したり消したりする効果はない。けれど、シエル様によると、活力を与える事によって身体の抵抗力と免疫力を作り出す体力が出来るらしい。
シエル様に作って貰った『解析』をフェアチャイルドさんに確認を取ってから使ってみたけれど体調に異常はない。
原因が分からない今インパートヴァイタリティの方がいいだろうか?
「フェアチャイルドさん。手、借りるね」
「は、はい」
「『インパートヴァイタリティ』」
この魔法の欠点は直に肌に触れないと発動しない事だろう。肌から直接生命力を送り込まないといけない魔法なんだ。
送る量は僕がギリギリ活動できる一割までだ。これ以上送ると僕は今回の疫病の第一段階の様に動けなくなってしまう。
「ナギさん?」
「ごめんねフェアチャイルドさん。誕生日プレゼントは誕生日が過ぎてからになりそうなんだ」
「いえ! いえ、それは……それは、もう貰っています」
「え?」
「ナギさんは私は助けてくれました。それだけでもう……」
「助けたのは僕が……君を助けたかったから、ただそれだけだよ」
「その気持ちだけで十分なんです。その気持ちは私にとって何よりの誕生日プレゼントなんです」
ここで、僕がそれでもと言ったらフェアチャイルドさんの気持ちを無視する事になるのだろうか。僕はそれでも、と口にしようとしたけれど言葉にする事は出来なかった。
だって、フェアチャイルドさんは本当に今喜んでいるから。覆面をしていたって声でわかる。手の優しい温もりでわかってしまう。
だから、僕は誕生日プレゼントを贈るのをやめた。いや、助けた事をフェアチャイルドさんの言う通り誕生日プレゼントにする。
フェアチャイルドさんがそう望むのならそういう事にしよう。日頃の感謝の気持ちはたしかに魔法に一杯込めたのだから。
「……じゃあさ、代わりにと言ったらなんだけど、ここから出たらお祝いしよう。ベルナデットさんとローランズさんと一緒に皆でお祝いしようよ」
「……はい」
きっと覆面の下で彼女は笑っている。そう思える自分は少しだけ幸せな頭をしてるんだなと思えた。
次回の更新は次々話が極端に短くなったので同じ日に二話投稿の予定です。




